第15話 現れる、異世界人たち
「まず、人数を確認します。……点呼を取りますので、呼ばれたら返事をしてください」
硬質な声を出しながら彼女は、この場に居る全員に目を配る。
千秋の中の教師という役割が、極限の状況の中で唯一残された、砦となっているようだ。
「安斎……」
「……はい」
「井上……」
「います……」
「羽佐田……」
「いるって」
彼女の呼びかけに対して、殆どの者が声に詰まりながらも、なんとか返事をしている。
その度に重い現実が、千秋の視線に影を落としてゆく。
「……東雲悠真」
「はい、いますよ」
最後に自身の名を呼ばれると、悠真は数秒の沈黙ののち小さく手を挙げた。
それは乾いた声であり、誰一人として振り返る者はいない。
そして千秋は小さく頷いて点呼を終えるが、全身が僅かに震えている。
「……全員、無事です」
その言葉が放たれた瞬間、空気に少しだけ、安堵のような波紋が広がった。
「……これは……紛れもなく現実での出来事です……」
千秋の声が深く、低く、響く。
その言葉が安堵のような波紋の余韻を、一瞬にして粉々に打ち砕く。
「夢でも、幻でも、ましてや何かの冗談でもない。皆さんも感じているでしょう? この空気、匂い、温度、身体の重さ……」
周囲に視線を配りながら千秋は、自身を抱きしめる仕草を取りながら、喉奥から必死にか細い声を捻り出す。
それを聞いて誰もが沈黙すると、結晶の淡い光が一瞬だけ強く脈打ったように見えた。
「この場所は確かに”現実”に存在しています。そして私たちは、どういう手段であれ……ここに来てしまった」
そう言うと千秋の顔が僅かに引き攣る。それでも必死に平静を装おうとしていた。
「……ねぇ……あの、変な女……あいつ、言ってましたわよね? ダンジョン攻略がどうとかと……」
一軍女子の姫香が低く唸るように声を出す。
だが、その言葉を引き金に周囲がざわめく。
「まじかよ、本当にあれ、やらされんのかよ……?」
「冗談でしょ?ゲームじゃあるまいし……」
「なんかのドッキリ番組とか……」
誰もが疑念と恐怖の間で言葉を失い掛けていた。
「……私たち全員が、こうして、こんな妙な場所に居る時点で……あそこでのやり取りは本物……」
生徒達が困惑する中で、ひときわ低く、はっきりとした声が再び千秋から放たれる。
「だから……あの女神様が言っていたダンジョン攻略をしないと……私たちは……元の世界に帰れない……」
彼女の声が大きく震えた。
その瞬間、誰もが言葉を失う。
張り詰めていた空気が、今にも弾けそうな緊張を帯びる。
そんな担任の姿に一部の女子生徒たちが声を出して泣き出す。
「む、無理だよ……帰りたい……」
「お母さんに……会いたい……」
啜り泣きの声が青白い洞窟の中に響く。
――だが、その時である。
集団の最後尾で呆然と蠟人形のように立ち尽くしていた数人の男子たちが、突如として生気を取り戻したかのように甲高い声を上げて周囲の状況に困惑していた。
そう、彼らは女神との対話中に気絶していた連中であり、普段からクラスで目立たず他の生徒たちとも接点がない陰キャグループの面々だ。
「……あ、あれ……」
田中恭一が口を開く。唇が震え目は虚ろで、焦点を結んでいない。
「……夢じゃ、なかったのか……。あの、異空間のような場所……女神……魔法陣……」
藤島透も囁くように口を開いた。
「頭の中に……直接声が入ってきて……噓だろ……全部、現実だったのか……?」
佐伯兼は膝をつき、地面に手をついたまま、嗚咽をこらえている。
「むり……むりむり……俺、帰りたい……お母さん……!」
森永航は、その場で頭を抱えると必死に、親に助けを求めるように泣いた。
そんな彼らの様子に周囲が一瞬、静まり返る。
それは単なる混乱ではなかった。
女神の力――それは彼らが気絶している間に直接脳内へと、異世界転移の事実を刷り込むという強引かつ残酷な方法で彼らに真実を伝えている。
だからこそ、彼ら陰キャグループは、ここがどこかで、何が起こったのかを完全に理解していた。
「帰りたい……帰りたい……っ」
眼鏡の奥で目を潤ませた恭一が膝を抱えて泣き出す。
周囲の一軍女子と男子や中立グループの生徒たちが、戸惑いと若干の軽蔑が混じった目で彼らを見下ろす中、ただ一人悠真だけがその様子を無言で見ていた。
彼の表情に嘲笑はなく、同情でもなく、ただ冷静な観察者としての視線だけがある。
――同じ人間でありながら、悠真は既に距離を置いていた。
しかし、そんな重たい空気感の中、突如として何処からともなく無数の金属音が鳴り響く。
甲冑が岩肌に擦れ合う音、硬い足音、そして規則的な行軍の響き。
反響する音が次第に増幅し、岩盤の内側に潜む空気すら震えているようだ。
「な、なんだ……?」
誰かが息を呑む。直後、洞窟の奥に漂う薄い霧の中から姿を現したのは、鋼の鎧に身を包んだ――露出度の高い女性たちだった。彼女たちは十人。
全員が精悍な体格をしており、誰もが明らかに戦闘の訓練を積んだ事を、一目で理解させる圧を纏う。
だが最も印象的だったのは、その装いだ。
胸部を包む金属のプレートは最小限に抑えられ、その下からは豊満な双丘が誇示するように押し上げられている。
胸部には防具の繋ぎ目があるものの、臍の周辺は完全に露出しており、戦場の衣とは到底思えぬ大胆さだ。
スカートは鋼のように見えるが、わずかに揺れる余裕のあるデザインで、太腿の殆どを晒している。
腰には細身の剣、あるいは両刃の曲刀を佩き、ブーツは膝下まである黒革製で、歩くたびに甲冑の縁から太腿が艶めかしく覗いた。
顔は全員が仮面――いや、兜の中に隠されている。
だが整えられた金の房、銀の巻き髪、赤胴色の三つ編みなど、髪型から察せられる限り、いずれも女性であり、美貌を備えていることは明白だ。
その姿は、まるで神殿の騎士でありながら、娼婦のように奔放。
矛盾のような色気と神聖さが同居していた。
洞窟内の空気が、にわかに緊張する。
淡く脈動する青の結晶に照らされた岩盤の広場――そこに集まりし二年一組の生徒たちは、全員が揃って警戒感を剥き出しにした。
「おい、囲まれてねぇか……?」
樟葉が低く唸り手近に落ちていた岩片を拾い上げる。
奏恵も肩を寄せ合うようにして、彼の背中に身を寄せ目を細めた。
騎士たちは沈黙のまま歩みを進め、一組を半円状に取り囲む。
洞窟の湿った地面に金属の靴音が乾いた音を響かせ、彼女達の歩調は一糸乱れぬ軍律のように統一されていた。
「はっ……! なによあれ、何かのショー?」
鈴音が不安を隠すかのように軽口を叩く。
麗華は既に屈み込んで、弱気を露わにしている。
姫香は彼女の肩を抱きながらしきりに周囲を警戒していた。
「くっ、あんな格好して……ふざけてんのかよ。なんか言えよッ!」
一人の男子生徒が声を張る。
その声は震えがちで、挑発と恐怖が、半々に混ざっていた。
しかし次の瞬間、騎士達の数人が腰に携えられている剣へと手を伸ばす。
その動きに迷いはなく、刃を抜くための動きは滑らかで、致死の意思を孕んでいた。
「ッ……おい、まじでやばくねぇか……?」
「……こ、交渉……誰か英語でも通じる奴いないのかよ……」
騒然とする空気。誰もが戦闘の可能性を悟り身構えた刹那――
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