第14話 異世界転移、完了
(それでも……やるしかねぇ。俺の手札は、もう配られてんだ)
腰のデッキホルスターに触れる事で悠真は、カードの魔力を感じ取り静かに目を閉じる。
「……さてと、これで異世界転移前の準備は全部終わったのう」
フォルトゥナの声色が笑みを引いた事で少し硬質になった。
艶やかな声帯に宿るのは、古き神性の響き。
「では、そろそろお主らをユグ=リオニアに飛ばすとしよう。なぁに、心配しなくとも大丈夫じゃ。向こうでは我を信仰している信徒たちが大勢居るからのう」
彼女が軽く両腕を広げると、その背後の空間に金糸のような光が生まれた。
そしてフォルトゥナの言葉を聞いて、周囲の者たちはざわめきを見せる。
麗華が唇を噛み、鈴音が不安げに視線を宙に泳がせた。
その場で舌打ちをして樟葉は口元を歪め、奏恵は口を開けたまま目を点にさせて呆然とする。
そして担任の千秋は未だに、この状況自体が信じられない様子だが、それでも生徒たちを庇うように一歩前に出た。
しかし誰も女神の行いを止める事は出来ない。
フォルトゥナの前では、いかなる意思も力も無意味である。
「お主らがユグ=リオニアに着いたら最初に、そいつらに会うように運命を定めておく。だから異世界についての詳細は現地の者に聞け。無理に思い悩む必要はない。目の前の現実に、従え」
フォルトゥナは淡く笑いながら話を続けた。
けれど彼女の言葉を聞いて、悠真は微かに眉を寄せる。
運命を定める――その言い方が、どこか引っ掛かるのだ。
自らの意思ではなく、誰かに導かれる生の始まり。
自由に見えて、予定調和の枠に押し込まれる事への、名状しがたい違和感。
「そして、我が信徒たちから能力の扱い方や、ユグ=リオニアでの生き方を学び、ダンジョン攻略を目指すのじゃ」
フォルトゥナは、その眼差しで一望し、最後の悠真へと視線を止めた。
まるで次の舞台で彼だけに、特別な期待をよせるように。
「ではな、若き人の子らよ――お主らがダンジョンを攻略した暁には、また再び我と会えるじゃろうて」
彼女のその言葉は祝福にも呪詛にも聞こえる。
だがその刹那、空間の温度が変化した。
肌に触れる空気が金属的な緊張を含み、皮膚の裏側をなぞるような感触に変わった。
フォルトゥナが静かに息を吸い込むと、両手を高々と天へと向けて突き出す。
その瞬間、天が割れた。
上空に展開された魔法陣は直径五十メートルを優に超え、円環状の外縁には見慣れぬ古代文字が大量に刻まれている。
その文様は脈動するように輝きを放ち、中心から放射線状に広がってゆく。
黄金色。それは神の権能を象徴する神聖の輝きでありながら、どこか禍々しく見る者の精神を削るような威圧感を孕んでいた。
しかし次の瞬間――光が砕ける音が耳鳴りのように悠真の脳内を満たす。
瞬きすらできぬほどの強烈な閃光が視界を焼き尽くし、白の余韻だけが残像のように眼底に貼り付いた。
空間がねじれ軋む。
そして不意に全身を包んでいた温かな膜のような感覚が断ち切られ――東雲悠真は真空の空間へと落とされたかのような浮遊感と胃袋がひっくり返るような落下感覚に飲まれた。
「う……ぅぐ……ッ!」
叫びすら喉につまり酸素の届かない場所で体が落ち続ける。
自分の身体がどこにあって、どちらが上で、何をしているのか――その全てが曖昧になってゆく。
最初に消えたのは重力、次に平衡感覚、そして最後に意識だ。
まるで長い夢から落ちるように、悠真の思考は暗転する。
――時間がどれほど経ったのかは分からない。
現実の時間という概念が、この空間に存在するのかすら定かではないのだ。
だが、ふと、鼻腔を掠めた冷気と、頬を打つ乾いた微風が、悠真の眠りを破る。
「……ぅ……ん……」
まぶたが重い。
だが、それでも力を込めた目を開ける。
ぼやけた視界の中に、最初に映るのは青白く脈動する光の柱だ。
淡い青の光が空間全体に不規則なリズムで灯りを与えている。
それは天井から垂れ下がる無数の結晶だ。
水晶のように透き通る鉱石が岩盤のあちらこちらに根を張り、洞窟の天井から氷柱のように伸びて、淡く発光している。
そんな光景を見つつ悠真は、ゆっくりと体を起こした。
服に付着した汚れを払い落としながら彼は周囲を見渡す。
そこは巨大なドーム状の地下空間である。
地面と岩と砂利で出来た不規則な起伏のある広場。
周囲の壁は漆黒の石に覆われており、所々に青白い結晶の蔦が絡み、まるで呼吸する生き物のように波打っている。
天井は遥かに高く、二メートルはありそうだ。
遠くの壁面には水脈のように青く光る筋が走っており、地下水がどこかから流れているのだと直感的に理解できる。
気温は十五度前後だろうか。
空気はひんやりとしているが、息苦しさはない。
湿度もほどよく、洞窟特有の閉鎖感は、意外にも薄かった。
「……ここが、異世界……ってことか」
誰に向けるでもないが悠真の呟きが、岩の壁に反響して戻って来る。
そのまま腰を浮かせて立ち上がると、脚に少し力を込めるが、まだ全身が僅かに痺れていた。
だが、それでも直ぐに消える。
転移の後遺症の一種だろう。
その後、悠真は視界を凝らして周囲を観察する。
少し離れた場所には、他の生徒達が既に散らばっていた。
クラスメイトたちが、それぞれ思い思いに動いている。
数人は岩壁に手を添えて空間を確認していた。
一軍の女子たちは三人揃って、その場に座り込み何やら話し合っている様子。
一軍の男子の樟葉と奏恵と共に、慎重に洞窟の奥へと通じるらしき通路を確認していた。
そのどこにも悠真の姿を気に留める者はいない。
「……ああ、そう。外れ者は誰にも心配される事も、起こされる事もないってか」
ぼやきながらも彼は、頭をぼりぼりと掻き溜息を吐く。
「はぁ……やれやれ。まあ、慣れっこだけども」
自嘲気味に笑いながらも悠真は、地面に転がる結晶の一つに手を触れる。
その表面は冷たく、指先を通して僅かな震えのような脈動が伝わった。
人工物ではない、完全に”この世界の物質”だ。
――ここは紛れもなく現実なのだと、否応なしに思い知らされる。
そして数分が経過すると地面を踏み鳴らすような革靴の音が響く。
「全員、集まりなさい!」
唐突に鋭い声が、静寂を裂いて木霊する。
すると自然と悠真の視線は、音の方へと向かう。
そこには立っていたのは、担任の千秋であった。
「早く、全員、私の周りに集まって!」
怒声とも取れる声だったが、そこには明らかな焦燥がある。
そしてそれは、生徒達の中にも伝染する。
ばらばらに散っていたクラスメイトたちが、ざわめきながらも動き出す。
一軍男子の樟葉は舌打ちしながらも、奏恵と共に通路の奥から引き返した。
一方で一軍女子たちは何処か気怠そうに腰を上げると、お尻に付着した土汚れを手で叩き落とす仕草を見せる。
やがて全員が千秋の周囲に、半円状に集まった。
妙な冷気が少しずつ体温を奪い去る中、緊張が地面から地のように立ち上がっている。
そんな光景を少し離れた岩の影で見ていた悠真だが、やがて溜息混じりに歩み出て輪の末端に加わった。
その時――千秋はゆっくりと口を開く。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




