第9話 当たり散らす一軍の男子と女子たち
「盛り上がっているところ残念じゃが、これは一区切りに過ぎんぞ」
気怠げな、しかし確かな重みを持つ声が空間に響く。
「なんせこの世界には、この他にも数多くのダンジョンが存在しておるからな。お前達には今後も我の暇つぶしとして、各地のダンジョン攻略を頑張ってもらうぞ」
一拍置いて、フォルトゥナは口元を歪めた。
「ははっ、お主たちの日本帰還への道のりは、まだまだ遠いことよ」
それだけ言うと、女神は虹色の魔法陣の中へと、優雅に踏み込んでゆく。
やがて光が収束し、消えた。
静寂。
しばらくの間、誰も動かなかった。
やがて、あちこちから声が漏れ始める。
「……あれが女神様……」
「本当にいたんだな……女神が……」
「信じられない……あの方が……」
野次馬たちの声が、感嘆と畏敬に満ちて響く。
悠真の仲間たちも、それぞれが女神の残した空気の余韻に浸っていた。
「……美しかった。本当に女神様って感じで……」
ゆったりと長く細い耳を揺らしながら、シャルルが翠色の瞳を輝かせている。
「確かに圧倒的な存在感でしたな」
静かに言いかけて、ホウキはふと口を閉じた。
切れ長の黒い瞳が、わずかに細まる。
「……いや、待ってくだされ」
「どうした、ホウキ?」
「悠真様から以前、お聞きした話を思い出しました。あの方こそが……悠真様を含む異世界の方々を、一方的にこの世界へと送り込んだ張本人では……」
彼女の声が、静かだが確かな温度を帯びた。
沈黙。
「……そういえば悠真から聞きましたわ。ある日突然、何の断りもなく異世界に飛ばされたと」
アイリスが金色の狐耳を、ぴくりと動かす。
「それが、あの女神の仕業……ということか。確かに暇つぶし……と、言っていたな。さっきも」
アウラが低く言い切った。猫耳が逆立つ。
「お主たちの日本帰還への道のりは遠い……とも言っておりました。つまり……悠真様たちをこの世界に呼び込んで、ダンジョン攻略をさせているのは、全てあの方の気まぐれということに」
静かにホウキが続けた。
「……なんですの、それ。じゃぁ……悠真が何度も死にかけたのは……女神様の暇つぶしのため……?」
アイリスの声が、珍しく冷たくなる。
「そういうことになりますな」
静かだが確かな怒りを込めてホウキが答えた。
「随分と……身勝手な話ですわね」
震える右手をアイリスが静かに握り締める。
「まあ……確かに見た目は素敵だったけど……やってることは、かなり問題ありだよね」
長く細い耳を伏せながら、シャルルが翠色の瞳を細めた。
「ああ、全くもって同意だ」
「ほんとそれ」
アウラとシュンリンが、彼女の言葉に対して大きく頷く。
「まあ……そういう奴なんだよ、あの女神は」
仲間たちのやり取りを聞きながら、悠真は口元に苦笑を浮かべた。
「悠真様は怒らないのですか?」
ホウキが疑問を口にする。
「怒ってるよ。ただ……あの女神のせいで、お前たちと出会えたのも事実だからな」
そう言いながら彼は、仲間たちを見渡した。
沈黙が流れてゆく。
そして、その沈黙を最初に破ったのはシャルルであり、彼女は自分の口元に手を添えながら笑った。
「……確かに。それは認めますわ」
「私も……同様にございます」
アイリスとホウキが静かに頷く。
一方で一軍の男女たちは依然として、その場で硬直していた。
女神の言葉の意味を、まだ処理しきれていないようである。
『まだ終わりじゃないのか……!』
『でも悠真くんのパーティーなら大丈夫だろ』
『次のダンジョンも配信してくれ』
『一生ついていく悠真くん』
『伝説の始まりだったんだな……今日は』
コメントが再び流れ始めた。
「さて……どうやら次のダンジョンが待ってるらしいぞ」
悠真の言葉に、全員が揃って溜息をつく。
そして全員が同時に笑みを零す。
しかし、その笑いが収まる前に、場の空気が変化した。
一軍の男女たちが、魂が抜けたように立ち尽くしている。
まだ女神の言葉が頭の中で反響しているのか、誰も動かない。
誰も喋らない。虚ろな瞳が、虚空を見ていた。
そして次の瞬間、堰が切れる。
「……は?」
最初に樟葉が声を漏らした。
銀髪が乱れ、深紅の瞳が揺れている。
「話が違うじゃん……」
奏恵が掠れた声で呟いた。
蜂蜜色の瞳が焦点を失っている。
「ふっざけんな! 死ね糞女神! おら、出て来い!」
再び樟葉が叫んだ。その声が、階層内全体に響き渡る。
「ちゃんと説明しろ! 後出しでそんな事を言うのは卑怯だろうがよ! 俺たちが何のためにここまで来たと思ってんだ!」
奏恵が怒鳴り散らす。
普段の穏やかな表情が完全に消え、蜂蜜色の瞳が怒りで燃えていた。
「意味わかんない……私、帰りたい……!ちゃんと帰れるって言ったじゃない……!」
その場に鈴音が座り込む。
ワインレッドの髪が乱れ、赤金色の瞳から涙が溢れている。
「……無理。無理無理無理。帰りたい……パパに会いたい……っ」
麗華が頭を抱えた。水色のツインテールが乱れ、丸い水色の瞳から涙が止まらない。
「くっ……あの女神様、約束を破りましたわね……。わたくし、信じられませんわ! いや、信じたくありませんの!」
笑いともつかない声を上げながら、その場で姫香がくずおれた。
黒紫の髪が乱れ、深い赤紫の瞳が現実を拒絶するように揺れている。
周囲のクラスメイトたちも、次々に声を上げた。
怒声、泣き声、叫び声が入り混じり、階層内が混沌に包まれる。
一部の者たちは行き場のない怒りを発散させるように、壁や床に魔法を放ち始めた。
石材が砕け、焦げた匂いが立ち込める。
(……こればかりは、流石に同情もんだな)
その光景を悠真は、黙って見ていた。
女神は最初、このダンジョンをクリアすれば、日本に帰してやると言った。
その言葉を信じて、全員がここまで必死に戦ってきた。
なのに今になって、他のダンジョンもクリアしなければ帰れないと言い放ち消えた。
約束の反故。後出しの条件変更。
彼の胸の奥が、静かにざわついた。
だが、その時である。
「……」
一つの声が、頭の中に直接届いた。
外には聞こえない。
悠真だけに、そして周囲の日本人だけに届く声。
『真に日本に帰還できる者は、全ダンジョンの制覇者のみ』
それは紛れも女神フォルトゥナの声だ。
気怠げで、どこか愉しげな響きを持つその声が、それだけ告げて消える。
それを聞いた瞬間、一軍の男女たちが完全に沸騰した。
「ふざけんなあああああ!」
壁に拳を叩きつける樟葉。
「姑息すぎるだろ! そういう事は最初に言えよ……!」
天井に向けて怒鳴り散らす奏恵。
「死ね! 本当に死ね! あの糞女神!!」
その場で地団太を踏みながら叫ぶ鈴音。
「訴えてやる……! 訴えるからね……! どこに訴えればいいか知らないけど!」
泣きながら麗華は叫んでいた。
「わたくし、女神様を信じておりましたのに……なんてことですの……!」
憤怒に顔を歪めながら姫香が立ち上がる。
怒声と魔法の爆発音が入り混じる中、その騒乱の向こうから、一つの荒々しい気配が近づく。
しかし、それに気づいた時には、既に悠真の胸倉は掴まれていた。
そう、それは樟葉である。
深紅の瞳が、怒りと逆恨みで燃えていた。
「お前がちゃんと俺達に協力していれば、こんなことにならなかった!」
「……」
「お前が現地人なんかと組んで勝手にボスを倒したから、あの女神が嫌がらせで条件を変えてきたんだろうが! 俺達と一緒にやっていれば、ちゃんと帰れたはずだったんだよ! お前のせいだ! 全部、お前のせいだ……!」
勢いよく彼の口から唾が飛び声が割れる。
その怒声を静かに受け止め悠真は口を開いた。
「……また他人のせいにするのか」
それは限りなく冷めた声である。
怒りでも憐れみでもない、ただ乾いた、確認のような言葉。
「お前は本当に、変わらないな」
羽虫を払うように、彼は樟葉の手を払い除ける。
乱れた外套の前を静かに整えて、悠真は仲間たちの元へと歩いた。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




