第7話 死者蘇生
「……待って」
シャルルが顔を上げる。
何かに気づいたように、翠色の瞳が一点を見据える。
「まだ……まだ終わってない……!」
震える指先が、とある一点を指した。
全員の視線が、そこへ自然と集まる。
悠真が戦闘の冒頭、手札事故の際に静かに伏せた一枚のカード。
誰も気にする余裕がなかったそのカードが、今も微かな光を放ち続けていた。
「ま……まさか、悠真様は……」
ホウキが息を呑む。
「そんな……」
アイリスが、蒼い瞳を見開いた。
「手札事故を起こしながらも、敢えてあのカードを残した……? つまり最初から……自分が死ぬことを想定して……?」
アウラの声が、低く震える。
全員が悠真の死体の周りに集まった。
誰も言葉を発しない。
ただ、そのカードを見つめている。
次の瞬間、カードが輝いた。
これまでの青白い光とは異なる、金色の輝きである。
暖かく、力強く、まるで命そのものが凝縮されたような光が、階層内を照らす。
そして場に伏せられていたカードがオープンする。
そこに描かれていたのは、天使のような存在が死者の手を取り、光の中へと引き上げる姿だった。
カードの名称が、空中に浮かび上がる。
──リターン・オブ・ザ・ソウル。
「……やっぱり、悠真くんは……分かってたんだ。自分が死ぬかもしれないって……だから事前に……」
シャルルが声を震わせた。
そしてオープンされたカードは静かに消えてゆく。
だが同時に悠真の身体に変化が起きた。
まず傷口が塞がり始める。
漆黒の魔法が貫いた痕が、ゆっくりと、しかし確実に修復されていく。
皮膚が再生し、骨が戻り、失われた血が補われていく。
全身を蝕んでいた死の気配が薄れていく。
「……悠真様……聞こえますか……!」
ホウキが前に膝をついた。
切れ長の黒い瞳が、悠真の顔を凝視している。
「悠真くん……! 戻ってきて……!」
シャルルが彼の手を両手で握り締めた。
長く細い耳が立ち、翠色の瞳が涙を流しながらも、希望の光を宿している。
「おい……悠真……! 聞こえてるか……!」
シュンリンが悠真の肩を揺さぶった。
燃えるような赤いツインテールが乱れ、赤金色の大きな瞳が懸命に彼を見つめている。
「目を開けなさいな……! まだ終わっていませんわ……! ダンジョンクリアの報告を、みんなで一緒にしなければなりませんの……!」
アイリスが彼の傍に膝をついた。
蒼い瞳が涙で溢れ、金色の狐耳が前方へ向いている。
「悠真、聞こえるなら返事をしろ。命令だ」
アウラが短く、しかし声を震わせながら言った。
猫耳が逆立ち、青灰色の瞳が悠真の顔を見つめている。
『カードが光った……!』
『死者蘇生……?』
『悠真くんが復活するの……?』
『頼む頼む頼む』
『傷が治ってる……!』
『起きてくれ悠真くん……!』
『視聴者全員が願ってる、起きてくれ……!』
『ずっと応援してた、だから……起きてくれ……!』
コメントが爆発した。
悠真の傷が、完全に塞がった。
死の気配が、消える。
代わりに、胸が静かに上下し始めた。
「呼吸してる……。呼吸してるよ……! 悠真くんが!」
シャルルが息を呑む。
五人全員が固唾を飲んで、悠真の顔を見つめた。
傷の一つも残さず修復された顔が、静かに眠っているように見える。
彼の前髪が、微かな呼吸に揺れた。
そして茶色の瞳が、ゆっくりと開き始める。
焦点が合わない。だが天井は見えた。
石材が砕けた跡がある。
(……どこだ、ここは……)
次の瞬間、悠真の全身に感覚が鮮明に戻る。
痛みではなかった。
むしろ、何も痛くない。傷がない。
あれほど全身を蝕んでいた死の感覚が、跡形もなく消えていた。
そして、記憶が戻る。
漆黒の魔法。ホウキを庇い、両手を広げて。
あの瞬間の、世界が終わるような感覚。
「し……死にたくねえええ!」
勢いよく彼は起き上がった。それは心からの叫びである。
本能が、肉体が、魂が、生への渇望を絞り出した叫びだった。
「悠真くん……!」
シャルルの声が、真っ先に届く。
「悠真様……!」
続いてホウキの声。
「悠真……!」
続いてアウラの声。
「悠真……!」
続いてアイリスの声。
「悠真!」
最後にシュンリンの声。
五つの声が、同時に悠真の名前を呼んだ。
その声を聞いた瞬間、彼は混乱していた頭が、急速に冷静さを取り戻す。
冷静に周囲を見渡した。
砕けた石畳。亀裂の走った壁。
消えたサキュバスクイーンの残滓。
そして、涙まみれの顔で自分を見つめる五人の仲間たち。
『起きた……!』
『悠真くんが……!』
『生きてる……本当に生きてる……!』
『泣いた、声出して泣いた』
『悠真くんおかえり……!』
『サキュバスクイーンも倒された……ということは……本当にクリアしたのか……!?』
『全部終わったのか……全部……』
配信端末の光が点滅している。
コメントが流れていた。
ゆっくりと悠真は状況を把握する。
床に漆黒の霧の残滓が漂う。
サキュバスクイーンの姿は、どこにも存在しない。
床の紋様が、戦いの終わりを示すように、静かに光を失っていた。
「……倒した、のか」
静かに彼が呟く。
「ええ、当然ですわ。私たちが……倒しましたの」
涙で濡れた蒼い瞳で、アイリスが答えた。
ゆったりと金色の狐耳が揺れている。
悠真は五人の顔を順番に見渡した。
ホウキの黒いポニーテールが乱れ、和装の至る箇所に血が滲んでいる。
切れ長の黒い瞳が涙で潤んだまま、彼を見つめていた。
シャルルの髪が石畳に垂れ、長く細い耳が伏せられている。
翠色の瞳から、まだ涙が伝い続けていた。
アウラは制服が各所で裂け、猫耳が伏せられたまま、青灰色の瞳が悠真を捉えている。
アイリスは金髪が乱れ、金色の狐耳が伏せられていた。蒼い瞳が涙で輝いていた。
シュンリンの赤いツインテールが乱れ、龍化の鱗の痕が腕に残されている。
赤金色の大きな瞳が、涙でぼやけながら悠真を見ていた。
全員が満身創痍の状態である。
それでも全員は確かに、そこに立っていた。
「……よく、頑張ったな。本当に……お前たちなら、やれると信じていたぞ」
一人ひとりに視線を向けながら彼は静かに、しかし感情を込めた言葉を重く発する。
そして悠真は自分が死んだ後の出来事を確認するべく、素早く配信端末を弄りアーカイブを確認して、サキュバスクイーンが倒された決定的な瞬間に目を通した。
「ホウキ。膝の損傷を押して、奥義まで使ってくれたみたいだな。ありがとう」
「悠真様……っ」
「シャルル。あの状況で最大の攻撃魔法を展開した。お前の豊穣の力が、決定打になったはずだ」
「悠真くん……うぅ……っ」
「アイリス。幻影の連携、完璧だったぞ。あの動き、シャルルとアウラの攻撃への布石になったはずだ」
「……もう、黙りなさいな。貴方が褒めると……泣いてしまいますわ」
「アウラ。魔弾は全て決まったか?」
「……ああ、六発命中だ。しかしまあ……なんだ。最後の一発は……許せ」
アウラが短く答える。猫耳が僅かに持ち上がった。
「そうか、さすがだな。……じゃあ、許してやるよ」
「……」
猫耳がぺたりと伏せられ、彼女が顔を逸らす。
微かに頬が赤くなっていた。
「シュンリン」
「……なんだよ」
ぼそりとシュンリンが答える。
赤金色の大きな瞳が潤んでいた。
「お前の最後の一撃が、決めたんだろう?」
「……そうかもな」
「よくやった」
「……うるさい」
彼女が顔を背ける。燃えるような赤いツインテールが揺れ、その耳が赤くなっていた。
沈黙が流れる。
次の瞬間、ホウキが声を上げた。
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