第6話 ついに倒される、ラスボス
「……私のせいだ。私が足を滑らせたから……私の不覚のせいで……悠真様が……っ」
ホウキが石畳に拳を打ちつける。
切れ長の黒い瞳から、涙が止まらない。
黒いポニーテールが乱れ、東の国風の和装の袖が、悠真の身体に触れた。
そしてアウラは、ただ黙している。
猫耳が伏せられ、青灰色の瞳が悠真の倒れた姿から離れない。
下唇を噛み締め、震える手で銃を握り直す。
アイリスは、金色の狐耳を限界まで伏せたまま、蒼い瞳に涙を溜めながらサキュバスクイーンを見据えていた。
シュンリンは、石畳に拳を叩きつけたまま、顔を伏せている。
燃えるような赤いツインテールが揺れ、肩が激しく上下していた。
サキュバスクイーンの笑い声が続く。
だがその声が、彼女たちの何かに火をつけた。
徐にシュンリンが立ち上がる。
ゆっくりと、しかし確実に。
赤金色の大きな瞳が、涙で潤んだまま、サキュバスクイーンを真っ直ぐに捉える。
額の両側の龍角が、これまでにない深さで赤みを増していた。
「……笑うな」
それは低い声である。
「悠真の前で、笑うな……ッ!」
咆哮と共に、彼女の全身から深紅の光が爆発した。
龍化が始まったのである。
第一段階、第二段階、第三段階が、瞬く間に進行してゆく。
鱗が全身を覆い、翼の骨格が広がり、三本目の角が額に生える。
五分の制限時間など、今の彼女には関係なかった。
「サヴェージ・デストラクション……最大解放……!」
その瞬間、地面が爆ぜる。
音速に迫る速度でシュンリンの身体が、サキュバスクイーンへと突進した。
龍化した両腕に全魔力を凝縮させた拳が、サキュバスクイーンの腹部に叩き込まれる。
今度は違った。
サキュバスクイーンが、後退したのである。
石畳が割れ、衝撃波が壁面に亀裂を走らせた。
漆黒の翼が歪み、深紅の瞳が初めて驚愕の色を見せる。
彼女は追撃を止めない。拳、肘、膝、そして尾。
体の全てを武器にして、連続で叩き込んでいく。
龍化の熱が空間を焦がし、衝撃の余波が床の紋様を次々と砕いていった。
「っ……ホウキ!今ですの!悠真の仇を取りますわよ!」
アイリスが叫んだ。金色の狐耳が逆立ち、蒼い瞳に炎が灯る。
「……承知ッ!」
膝の損傷を押して、ホウキは無理やり立ち上がった。
膝からの出血や、痛みに耐えるように歯を食いしばり、太刀を構える。
切れ長の黒い瞳が、涙に濡れたまま前を向いた。
「足は動かないが……技の発動だけなら問題はないッ! 桜花千凜──奥義、千刃乱桜……!」
これまでとは比較にならない量の花弁が、彼女の全身から爆発的に溢れ出す。
散った花弁が空間を埋め尽くし、それぞれが鋼鉄の刃へと変じる。
千を超える刃が、シュンリンの攻撃でよろめいたサキュバスクイーンへと、一斉に降り注いだ。
漆黒の翼が、何枚もの刃を受け、初めて傷を負う。
黒い霧のような血が散り、サキュバスクイーンが苦悶に顔を歪める。
「そこですわ……っ!」
身を僅かに沈めて、アイリスが瞬時に駆け出した。
「幻影の反逆……全力展開……!」
本体と二体の幻影が、それぞれ異なる角度から、サキュバスクイーンへと迫る。
三本のレイピアが、傷ついた翼の隙間を縫って、急所を狙い続ける。
一体が防御を引きつけ、一体が牽制し、本体が最も無防備な瞬間に深く突き込んだ。
サキュバスクイーンが叫んだ。声にならない叫びが、階層内を震わせる。
「今だッ! シャルル!」
喉を潰す勢いでアウラが叫ぶ。
「うん、分かってる……!」
シャルルが立ち上がった。
長く細い耳が逆立ち、翠色の瞳が涙を残したまま燃えている。
長杖を両手で握り締め、これまで以上の魔力を込めた。
「豊穣の賜り物──毒棘絞殺……!」
足元から無数の茨の蔓が爆発的に生える。
棘に猛毒を帯びた蔓が、サキュバスクイーンの全身に絡みつき、翼を縛り、腕を封じ、全方位から締め上げた。
蔓が締まるたびに毒が注入され、サキュバスクイーンの動きが初めて目に見えて鈍った。
「……これで最後だ。クソアマ」
アウラが前に出た。
銀灰色の長髪が揺れ、猫耳が鋭く逆立つ。
魔眼が発動し、青灰色の瞳が深紅の魔法陣へと変質した。
再び弾倉に七発の魔弾が装填される。
「──デッドアイ・シュート……全段収束……! 信じているぞ、悠真ッ!」
そう言うと彼女は引き金を引き、全ての魔弾が銃口から放たれてゆく。
最後の一発は悪魔が操り、自分が最も愛する者を撃ち抜くことを理解していながら。
そして放たれた弾丸は、それぞれが独自の軌道を描き、シャルルの蔓に拘束されたサキュバスクイーンの急所へと吸い込まれていく。
翼の付け根、首筋、両肩、心臓部、太腿、そして額の角の根元。
六発が確実に命中した。
しかし、最後の一発だけは大きく軌道が逸れて、悠真へと目掛けて飛んでゆく。
その弾は彼の心臓部へと撃ち込まれ、その反動で遺体が僅かに浮く。
「……っ”!」
そして数々の魔弾を受けたサキュバスクイーンは、深紅の瞳を大きく見開いた。
漆黒の翼が力を失い、白磁のような肌に無数の傷が走る。
蔓の毒が内部を蝕み、魔弾が急所を貫いていく。
「トドメはアタシが刺すッ!」
シュンリンが、上空から降下した。
全身に残存する魔力を右拳に凝縮させ、落下の加速を乗せて振り下ろす。
「悠真の分まで……く”ら”え”ッ”!」
その拳がサキュバスクイーンの頭頂部に炸裂した。
階層内が爆発的な衝撃に飲み込まれる。
床が砕け、壁が崩れ、天井から石材が降り注ぐ。
衝撃波が空間を満たし、全員が吹き飛ばされそうになるのを堪える。
煙と粉塵が晴れていく。
その中心に、サキュバスクイーンが立つ。
――いや、立てなかった。
漆黒の翼が根元から砕け、深紅の瞳から光が消えかけている。
白磁のような肌が無数の傷に覆われ、黒い霧が全身から溢れ出していた。
「……あ……」
初めて、声が発せられる。
だが人の言葉ではない。ただの、消えゆく存在の断末魔だ。
サキュバスクイーンの身体が、霧へと変じ始める。
足元から漆黒の霧に溶け、形を失い、存在そのものが消えていく。
深紅の瞳が最後に一度だけ五人を見渡し、そして閉じた。
全てが、霧となり消える。
静寂が、戻った。
『うおおおおお!』
『倒した……倒したぞ……!』
『みんな強すぎる……』
『悠真くんの分まで……』
『涙が止まらない』
『サキュバスクイーン討伐された……でも』
『悠真くんは……』
コメントが流れてゆく。
五人は、その場に立ち尽くしていた。
勝利の実感など、どこにもない。
全員の視線が、生気が抜けて地面に倒れたままの悠真へと向いた。
そしてホウキが負傷した膝を酷使するように引きずり、血を流しながら彼の傍に近づくと、その手を両手で包み込む。
切れ長の黒い瞳から涙が止まらない。
黒いポニーテールが乱れて頬に張りつき、それを拭う余裕もなかった。
「私のせいで……私が足を滑らせなければ……悠真様は……」
彼女声が、震えている。
シャルルが隣に座り込んだ。
淡い金色に近い銀髪が石畳に垂れ、長く細い耳が伏せられたまま動かない。
翠色の瞳が悠真の顔を見つめ、涙が次々と石畳に落ちていく。
「悠真くん……」
呼びかける声に、答えはなかった。
そしてアウラは少し離れた場所に立ち、銃を手に持ったまま静止している。
猫耳が完全に伏せられ、青灰色の瞳が地面を向いている。
唇を噛み締め、震える肩を必死に制御しようとしていた。
アイリスは金色の狐耳を伏せ、尻尾を力なく垂らしたまま、悠真の傍に立ち尽くす。
蒼い瞳が潤み、いつもの誇り高い表情が完全に崩れていた。
シュンリンは、龍化を解きかけた状態で、膝をついている。
燃えるような赤いツインテールが乱れ、赤金色の大きな瞳が悠真を見つめていた。
拳を石畳に押しつけたまま、肩が小刻みに震えている。
『悠真くん……』
『信じたくない』
『頼む、生きてくれ』
『勝ったのに……なんで』
『ずっと応援してたのに……』
コメントが静かに流れてゆく。
だが――――その時だった。
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