第4話 負傷してゆく仲間たち
「なっ──」
ホウキが後退する。
「私も参りますわ!」
アイリスが叫び、幻影の反逆を発動した。
金色の狐耳を立て、本体と二体の幻影が三方向から同時に突撃する。
レイピアの切っ先が三本、サキュバスクイーンの各所を狙う。
しかしサキュバスクイーンは、まるで水の中を泳ぐように滑らかに動いた。
三本のレイピアを全て躱し、その動作の延長線上に手が伸びる。
幻影の一体が弾き飛ばされ、アイリス本体が衝撃波を受けて石畳を滑った。
「アイリス!」
「問題ない……ですの」
金色の狐耳が伏せられ膝をついた彼女だが、苦悶とした声色で悠真に返事をしながらも、歯を食いしばりながら立ち上がる。
「援護するよ! 豊穣の賜り物──千荊縛鎖!」
シャルルの長杖から、無数の茨の蔓が射出された。
棘を帯びた蔓が、サキュバスクイーンに絡みつこうとする。
だがサキュバスクイーンは、翼を一度羽ばたかせた。
それだけで、蔓が根元から断ち切られる。
シャルルの魔力が削られ、彼女が一歩後退した。
「――デッドアイ・シュート、発動!」
アウラの魔眼が起動し、七発の魔弾が装填される。
引き金を引くたびに、弾丸がサキュバスクイーンへと正確に飛ぶ。
しかし、いつもならば確実に当たるはずの弾丸が、サキュバスクイーンの翼に阻まれ、あるいは僅かな体捌きで全て躱されていく。
「くそっ……当たらない! 速度と反応速度が、計測値を大幅に超えている! 通常の射撃理論が通用しない!」
珍しく苛立ちの声を、彼女は漏らした。
猫耳が逆立ったまま、青灰色の瞳が分析を続けている。
「今度はアタシが行く!」
シュンリンが吠えた。
燃えるような赤いツインテールを振り乱し、龍化第一段階の鱗が両腕に浮かび上がる。
硬質な爪の拳に深紅の魔力を凝縮させ、真正面からサキュバスクイーンへと突進した。
拳がサキュバスクイーンの腹部に直撃する。
確かな手応えを感じた様子。
だが──サキュバスクイーンは、僅かに後退しただけだった。
深紅の瞳が、シュンリンを見下ろす。
その表情は変わらない。
まるで赤子の拳を受け止めたかのような、余裕の表情だった。
次の瞬間、翼が振り下ろされる。
「シュンリン!」
悠真が叫んだ時には、彼女の体が壁まで吹き飛ばされていた。
石壁に激突した衝撃で、龍化の鱗が数枚剥がれ落ちる。
燃えるような赤いツインテールが乱れ、赤金色の大きな瞳が一瞬焦点を失った。
「っ……まだ、やれる」
壁を背に立ち上がろうとするが、シュンリンの膝は笑っている。
悠真は即座に状況の把握を試みた。
ホウキは太刀の軌跡が全て弾かれ、再突入のタイミングを計っている。
アイリスは膝をついたまま幻影を再展開しようとしているが、魔力の消耗が顔に出ていた。
シャルルは茨の蔓を再び展開しようと杖を構えているが、翠色の瞳に疲労が滲んでいる。
アウラは射撃を続けているが、弾道を読まれ続けており、七発のうち六発目に差し掛かっていた。
シュンリンは壁際で体勢を立て直している。
全員が明確に消耗していた。
それに対してサキュバスクイーンは、白磁のような肌に傷一つない。
深紅の瞳は依然として余裕の光を湛え、ゆったりと漆黒の翼は揺れている。
「……こいつ」
歯を食いしばりながら、悠真はデッキケースを握り直した。
これまでの戦いで培った経験が、この状況を冷静に告げている。
今の仲間たちの攻撃では押し込めない。何か、別の手が必要だと。
『やばい、全然通じてない……』
『サキュバスクイーン強すぎる』
『悠真くん、頼む……』
『仲間たちが傷ついていく……』
『絶対諦めないでくれ』
コメントが流れていた。
サキュバスクイーンが、ゆっくりと悠真へと視線を移す。
深紅の瞳が、彼だけを捉える。
まるで、最後に残った獲物を確認するかのように。
「簡易領域能力──クイック・デュエル・フィールド!」
悠真の足元に魔法陣が展開された。
青白い光が円形に広がり、デッキケースが輝く。
その瞬間だった。
素早くホウキが動く。
桜花千凜の参ノ型を発動しようと、大きく地を蹴り上げた彼女だが、その脚は着地の瞬間に大きく滑った。
先程の翼による衝撃で石畳に亀裂が入っており、踏み込んだ足場が崩れたのである。
支えを失った体は、そのまま無防備に沈む。
膝が割れた石の縁へと叩きつけられた。
鈍い衝撃の直後、裂ける感触。
衣服が破かれ、皮膚が削がれ、鋭利な石片が深く食い込む。
血が、滲むのではなく溢れた。
赤い筋が膝から流れ落ち、砕けた石畳の隙間へと滴る。
「悠真様──」
ホウキが叫ぶより早く、サキュバスクイーンが動いていた。
両手を頭上で交差させ、深紅の瞳が閉じられる。
漆黒の翼が最大限に広がり、全身から魔力が収束し始めた。
それは漆黒の塊である。光ではない。
闇が凝縮されたような、見る者の意識を根底から揺さぶる漆黒の塊が、両手の間で渦を巻いている。
空気が震え、床の紋様が軋む音を立てた。
重力が歪んでいるかのような感覚が、悠真の全身を圧迫する。
あれを受ければ死ぬ。
理屈ではなく、彼の本能がそう告げていた。
加護も防御魔法も、あの規模の前では意味をなさない。
生身で受ければ、即座に命が終わる。
悠真は手を震わせながらも、デッキケースから五枚のカードを引き抜いた。
一瞬だけ目を走らせる。
(──駄目だ)
手札が見事なまでに事故っていた。
今すぐ戦力として使えるカードが、この五枚の中に無い。
彼は舌打ちをした。
しかし僅かに悩んだ末に、一枚のカードを場に伏せる。
それだけして、デッキケースを素早く外套の内側に戻す。
次の行動は、一つしかない。
「ホウキ!」
悠真は地を蹴り上げる。
サキュバスクイーンの両手から、漆黒の魔法が解き放たれようとしている。
収束した闇が形を成し、それ自体が意志を持った捕食者のように、ホウキへと狙いを定めている。
彼の足が石畳を叩く。一歩、二歩、三歩。距離が縮まる。
漆黒が膨張した。
ホウキは膝をついたまま太刀を盾代わりに構えようとしていたが、その薄い刃一枚で防げる代物ではないことは悠真でも理解できる。
あの規模の前では、太刀など紙片と同じだと。
そして彼はホウキの傍に着くと、彼女の身体を確実に掴み一回転すると、そのまま遠心力を利用して力の限り遠くへ投げ飛ばし、その反動で自身も横へと飛ぶ。
その刹那、漆黒の魔法が、二人が居た場所を通過する。
石畳が根こそぎ消えた。
爆発ではない。崩壊でもない。
ただ、存在が消えた。
漆黒が触れた部分の石畳が、まるで最初からそこになかったかのように、跡形もなく消滅していたのである。
直径三メートルほどの虚無が、床に口を開けていた。
「……っ”」
荒い呼吸を整えながら、地に転がる悠真は、視線を周囲に配る。
「悠真様……」
投げ飛ばされて地面に横たわるホウキは、か細い声で無事を知らせるが、それと同時に切れ長の黒い瞳が、消えた石畳を見つめていた。
「……無事か?」
「少しだけ足を負傷しましたが……問題ございません」
それだけ言葉を交わすと、二人は素早く立ち上がろうとする。
「今のは……」
掠れた声でシャルルが呟く。
翠色の瞳が虚無と化した床を凝視している。
「石畳が、消えた……。物質的な破壊ではない。魔力による存在の消去だ。あれが直撃すれば、肉体ごと消滅する……」
低く震える声でアウラが言い切った。
猫耳が固まったまま、青灰色の瞳が分析を続けている。
「冗談じゃないですわ……。悠真、今のは無茶すぎますの。もし、貴方まで消えていたら──」
金色の狐耳を伏せながら、アイリスが蒼い瞳で彼を見た。
「ああ、分かってる……」
短く悠真は答える。
前髪を掻き上げ、サキュバスクイーンを正面から見据えた。
サキュバスクイーンは、微動だにしていない。
静かに漆黒の翼を揺らし、深紅の瞳が悠真を見ている。
その表情には依然として変化がなく、あの極大の魔法を放った後でさえ、魔力の消耗を微塵も感じさせなかった。
「あれが最大出力じゃない……かもしれないな。あの余裕っぷり……まだ、本気じゃないって顔だぜ」
壁際から立ち上がりながら、シュンリンが赤金色の大きな瞳を細める。
燃えるような赤いツインテールが乱れたまま、龍化の鱗が肩口に浮かんでいた。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




