第1話 一軍の男子と女子たちの手のひら返し
「よぉ。こんなところで、なぁに油売ってんだよ、雑魚ども」
低く擦れた声が、唐突に背後から響いた。
悠真たちは一斉に振り返る。
そこには──見るも無残な姿となった、かつてのクラスメイトたちが立っていた。
樟葉、奏恵、鈴音、麗華、姫香。
かつての強者たち。そのはずだった。
しかし今の彼らは、まるで敗残兵そのものである。
破れたマント、焦げついた鎧。
血に濡れ、埃にまみれたその姿は、数多の戦いを経てきた証左であると同時に、彼らの消耗を何より雄弁に物語っていた。
「へぇ……悠真、お前まだ生きてたんだ。てっきり、とっくに死んでるもんだと思ってたけどな」
濡れた銀髪の奥から、深紅の瞳を細めて、冷たく樟葉は笑う。
「ここがラスボスの部屋って分かってて来たの? 本気で? うわぁ、ありえないでしょ」
口角を歪めて奏恵も続けた。
蜂蜜色の瞳が悠真を、値踏みするように見下ろしている。
「なにジロジロ見てんのよ。とっとと行きなさいよ、雑魚パーティー。アンタたちが詰む瞬間、見届けてあげるわ」
ワインレッドの髪をかき上げながら鈴音は、赤金色の瞳に皮肉の光を宿して言い放つ。
「マジで最悪……お前らの顔なんて見たくなかったし」
水色のツインテールを押さえながら、麗華は苛立たしげに足を鳴らす。
丸い水色の瞳が揺れていた。
「ふぅん……まさか、こんな最下層でお会いするとは。わたくし、目を疑いましたわ」
黒紫の髪を乱したまま姫香は、深い赤紫のワインレッドの瞳で、虚ろな笑みを浮かべながら悠真を見た。
挑発的な口調、見下す目。
彼ら彼女らの態度は、全く変わっていなかった。
どれほど傷つき、消耗していようとも。
「どうした? なにビビってんだよ」
わざとらしく笑いながら、樟葉が血の付いた聖剣を肩に担ぐ。
「……別に」
悠真は答えた。
静かに。だがその声音には、確かな決意が宿っていた。
背後で仲間たちの視線が彼に集まる。
ホウキが太刀の柄を静かに握り直し、アウラが猫耳を立て、アイリスの金色の狐耳が逆立ち、シャルルの長く細い耳が前方へ向く。
シュンリンが赤金色の大きな瞳で、樟葉たちを真っ直ぐに見据えた。
彼女らの表情には、一軍を前にした恐怖など微塵もない。
ただ、目の前にある扉、その先に待つ存在だけに意識が向いていた。
「……なんだよ、その顔。調子乗ってんな」
悠真の表情を見て、樟葉は鼻を鳴らす。
「はぁ? 調子に乗ってるのはどっちだよ」
淡々と彼は返す。刹那、沈黙が流れる。
樟葉の口元が、ぴくりと歪んだ。
だが悠真は、それ以上言葉を続けない。
今、重要なのは彼らではないからだ。自分たちが、ここまで歩いてきた理由。
信じ、支え合い、共に戦ってきた仲間との絆──それだけが、この先に進む力となる。
彼は背を向け、再び扉へと向き直った。
『アイツらも出てきたか……!』
『邪魔すんなよ』
『でも……なんかただ来ただけじゃなさそう』
『悠真くん無視して進め!』
『待って、アイツらの様子おかしくない?』
コメントが流れてゆく。
重く、鈍く響く扉の鼓動が確かに、その先に何かがいることを告げていた。
「は、はぁああ!? ちょ、ちょっとあんた達! 配信、見た!? あれ、今すぐ見てみなさいよッ!」
突如として、耳を破壊するような威力を秘めた甲高い声が響く。
その声を上げたのは鈴音。
ワインレッドの髪を乱したまま、震える手で魔導端末を取り出す。
赤金色の瞳が画面に釘付けになった。
「……う、うそでしょ。視聴者数……一千万!? アイツの配信、視聴者数一千万人突破してるぅ!?」
「えっ!? は? ちょっ、え、なにそれ!? どんなバグ!?」
画面に顔を近づけて、麗華が絶叫する。
水色のツインテールが乱れ、丸い水色の瞳には焦りの色が滲んでいた。
「コメント欄……”悠真の方がアイツらより圧倒的に強い”だと……?」
青ざめながら奏恵が呟き、蜂蜜色の瞳を見開いて、手のひらで額を覆う。
中性的な整えられた顔が、みるみるうちに歪んでゆく。
「なんですって!? そんなこと、そんなことがあるはずございませんわ! わたくし達こそが選ばれし者、エリートチームでしてよ! 視聴者の皆様の目が節穴なのではなくて!」
声を裏返しながら姫香が、黒紫の髪を振り乱して、ヒステリックに訴えかける。
深い赤紫のワインレッドの瞳が、信じられないとばかりに、画面と悠真を交互に見比べていた。
「くそ……こっちは命懸けで潜ってきたってのに……なんで……」
忌々しげに樟葉は銀髪を掻き上げると、深紅の瞳が悠真を睨みつける。
しかしその視線には、これまでのような余裕の色が完全に消えていた。
「……あたし達……配信でも……負けたの? 噓でしょ……そんなの認めない……認めないんだからぁ……!」
鈴音が膝を折る。ワインレッドの髪が地に垂れ、赤金色の瞳が画面の数字を見つめていた。
『一千万おめでとう悠真くん!』
『アイツらより悠真パーティーの方が圧倒的に強かった』
『ここまでの旅、全部見てたよ』
『悠真くん絶対クリアしてくれ』
『アイツらの反応やべえ! ちょー面白れぇや!』
コメントが悠真の配信端末にも流れ続けている。
そして彼は一歩前に出ると、無言で樟葉たちを見つめていた。
視線は冷静そのものである。
これまで見下され続けた過去を経て、ついに対等以上の立場へと変貌した者の、静かな誇りがそこにあった。
「……なんだよ、あの顔。ムカつく」
樟葉が奥歯を噛み締める。
悠真は答えなかった。
仲間たちは既に扉へと向き直る。
ホウキが太刀の柄を握り直し、アウラが猫耳を立て、アイリスの金色の狐耳が前方へ向く。
シャルルの長く細い耳が揺れ、シュンリンが拳を握り締めた。
「行こう。俺たちには、やらなきゃならないことがある」
悠真の声は、凛とした静けさの中に響く。
最終決戦を前に、彼と仲間たちは、もはや過去に囚われることなく、ただ一歩、未来へと進もうとしていた。
しかし突如として、一軍の男子と女子たちによる衝動的な言動が不自然な収まりを見せると、この場には束の間の静寂が訪れたが、それは不気味な程に静かなものである。
だがそんな中、最初に動いたのは樟葉だ。
銀髪を整え、深紅の瞳に張り付いたような笑みを浮かべながら、ゆっくりと悠真の元へと近づいてゆく。
「……なあ、悠真」
その口調は、これまでと明らかに違った。
馴れ馴れしく、どこか媚びるような響きがある。
「今まで色々とあったけどさ……ここは俺たち、一組として団結すべきじゃないか? 一緒にボスを倒そうぜ! なぁ? 俺たちが力を合わせれば、絶対にクリアできる! 一組の揺るぎない結束力を、この世界の人々に見せつけようじゃないか!」
両手を広げ、まるで古い友人に語りかけるように、彼は続けた。
(──ああ、そういうことか)
悠真は無言で、樟葉の姿を見ている。
配信の視聴者数。
コメント欄に流れた”悠真の方がアイツらより強い”という評価。
それを見て、彼らは計算したのだ。悠真がいれば、ボスの攻略が容易になると。
「そうだよ、悠真くん! ここは一緒に行こうぜ!」
奏恵が続いた。蜂蜜色の瞳に親しみやすい笑顔を作り、悠真の隣に並ぼうとする。
「今まで俺たち、すれ違ってたけどさ。もう過去は水に流そうよ。ほら、同じクラスの仲間じゃないか!」
何処から現れたのか続々と、クラスメイトたちも姿を見せて、媚びた声を上げ始めた。
見知った顔が、次々と悠真に向けて、手を差し伸べてくる。
「一緒に行こうよ、悠真くん!」
「頼む、力を貸してくれ!」
「俺たち、ずっと仲間だったじゃないか!」
その中でも特に積極的だったのは、一軍の女子たちだった。
ワインレッドの髪をかき上げながら、鈴音が悠真に近づく。
赤金色の瞳が甘く細まり、声のトーンが明らかに変化している。
「ねえ、悠真くん……あなたってすごいのね。配信見てたんだけど、カード使いとしてのセンス、本当に尊敬するわ。……ねぇ、一緒に行きましょ? 私ずっとあなたのこと……気になってたんだから」
彼女の細い指が、悠真の腕に、そっと触れた。
「悠真くん、お願い……。わたし怖くて……。あなたがいてくれたら、安心できるの」
反対側から麗華が近づいてくる。
水色のツインテールを揺らし、丸い水色の瞳を潤ませながら、上目遣いで見つめた。
「悠真様……あなたの実力、わたくしの目に狂いはございませんでしたわ。ここは一緒に参りましょう。あなたのような殿方と共に戦えるなら……わたくし、どんなことでも」
扇を広げるように優雅な動作で、姫香は悠真の前に立つ。
黒紫の髪が流れ、深い赤紫の瞳が妖しく輝いている。
彼の肩に手が置かれ、腕に絡みつかれ、正面から甘い視線を向けられた。
数分前まで”雑魚”と呼んでいた口が、今は甘言を並べ立てている。
『手のひら返しすぎて草』
『さっきまで雑魚って言ってたじゃん』
『悠真くんどうする!?』
『断ってくれ頼む』
『一軍の女子たち必死すぎてクカ』
『悠真くんの判断に全俺が注目してる』
コメントが爆発的に流れていた。
そして悠真は、一軍の男女やクラスメイトたちに取り囲まれながら、静かに息を吐いた。
前髪を一度掻き上げ、全員の顔を順番に見渡す。
樟葉の張り付いた笑み。
奏恵の計算された親しみやすさ。
鈴音の色仕掛け。麗華の上目遣い。
姫香の妖艶な視線。そして周囲から押し寄せるクラスメイトたちの声。
それらは全部、見えていた。
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