File 9 ライバル出現!?
「いつも応援ありがとうございます!さくら台駅前ペット探偵事務所、第9話です。冴子さんが事務所に来て温かい空気が流れている裏で、ライバルらしき男が登場します。お楽しみください!」
昼下がり。
「本当に!? あの野良猫、もういなくなったの!?」
事務所に押し寄せてきたさくら台FBIに、俺は得意げにウィンクをして見せた。
「ええ。もう2度と路地裏は荒らしませんよ。さくら台で一番安全で、出汁のいい匂いがする『屋内の特別ルーム』に手配しましたからね」
「どうりで昨日の夜から、裏路地がすっかり静かになったと思ったわ〜!」
「まあ! さすがイナガキ所長ね!」
「……だから、俺は所長じゃないって」
「ショチョウ! イナガキショチョウ!」
鳥かごの中のステラが、真似て鳴く。
「おい、ステラ。間違った肩書を言われても、収入が増えるわけじゃないんだよ!」
「イナガキ所長、ヒカルちゃん、ありがとうねー」
『さくら台FBI』がご満悦な顔で去っていくのを見送り、俺は小さく息を吐いた。
「イナガキさん、ちわーす! 出前お持ちしました!」
そこへ、さくら亭のアルバイトの青年が、巨大なお盆を抱えてやってきた。机に置かれたのは、いつもよりさらに肉が山盛りにされた、特大の『生姜焼き定食』が二つ。
「これ、大将からです! 『今回の件のお礼だ、死ぬほど食え!』って言ってました!」
「へえ、ゲンさんの奢りか。ありがたく頂くとするか」
俺が割り箸を割ると、今回のケースのデータ入力をしていたヒカルもまた、静かにパソコンの画面を閉じた。
いつもなら
「糖質とラードの過剰摂取だ」
「午後のパフォーマンスが低下する」
と長々と分析するはずの彼が、今日は一切の理屈を口にしなかった。
ヒカルはただ無言で箸を持ち、山盛りの生姜焼きをゆっくりと口に運ぶ。俺はそれを見て、ふっと優しく微笑みながら、生姜焼きを口に放り込んだ。
「……にしてもよ。ヒカルは、俺が所長でないっていうのを否定しないし……」
俺は豚肉を白飯と一緒に口へ放り込みながら、ため息まじりにボヤいた。
「今月も結局、タダ働きで1円の売上にもならなかったな。……これじゃあ、また今月の家賃も俺の給料も、全部お前の姉さんからいただくことになる。もっと俺たちでちゃんと稼がないと、探偵事務所としてマズいだろ」
さすがに情けないと肩を落としている俺に、ヒカルは生姜焼きを咀嚼しながら無表情のまま淡々と答えた。
「……イナガキさんの月給と事務所の家賃は、僕の総資産から見れば0.048パーセント。完全に誤差の範囲。無意味なプライドは、カロリーの無駄遣い」
「お前なぁ……せっかくいい雰囲気だったのに、そういうとこだけは本当に可愛げがねえよな」
俺が呆れて肩をすくめると、ヒカルは不思議そうに小首を傾げ、再び無言で生姜焼きを口に運んだ。
*
数日後。6月20日の夕方。
ガチャリ、と事務所のドアが開く。
「ヒカル、イナガキさん。今月もお疲れ様です」
初夏の爽やかな風と共に現れたのは、薄手のカーディガンを羽織ったヒカルの姉、冴子さんだった。
「あ、お姉さん! 毎月わざわざすいません!」
「いいえ。イナガキさんこそ、いつも弟の面倒を見てくださってありがとうございます。……はい、今月の『事務所の家賃・経費』と、『イナガキさんのお給料』。それと、『ヒカルの今月の生活費』です」
冴子さんは微笑みながら、三つの封筒を机に並べた。 俺はその中から自分の名前が書かれた封筒を受け取ると、月給20万円キッチリ現金で入った重みを確かめて、誇らしく笑った。
「助かります……。これで今月も、息子の養育費、胸を張って払えます」
「ヨウイクヒ! ハチマンエン!」
「だからステラ、リアルな金額は言うなって言ってるだろ!」
ステラの茶茶に冴子さんがクスリと笑う。
「ふふ、イナガキさんもお父さんとして頑張ってくださいね。あ、これ、お二人への差し入れです。今日はデパ地下で『初鰹のタタキと、そら豆の塩茹で』を買ってきたから、ちゃんと季節のものを食べて栄養をつけるのよ」
冴子さんが綺麗な包みを机に置くと、ヒカルはいつものように空間の一点を見つめたまま口を開く。
「……初鰹に含まれる鉄分とビタミンB群。および、そら豆の植物性タンパク質。疲労回復と脳の活性化において、極めて合理的な組み合わせ」
「もう。素直に『美味しそう』って言えないのかしらね」
「なんだよヒカル。一丁前に理屈こねてるけど、お前、この間の生姜焼きも結局ペロリと完食したじゃないか」
「……消費したカロリーの、適切な補充」
ヒカルは少しだけ気まずそうに目を逸らすと、静かに割り箸を手に取った。窓の外では、初夏の匂いを帯びた風が、さくら台の駅前を優しく吹き抜けていく。
「カロリーノホジュウ! ホジュウ!」
ステラが叫んだ。
*
一方その頃。
眼下に広がるのは、無数の車のライトが冷たい血流のように行き交う、都心の煌びやかな夜景。
さくら台の埃っぽい雑居ビルから遠く離れた、大手総合探偵事務所の高層オフィスは、静寂と無機質な空気に支配されていた。 フロアには何十台ものサーバーと、AIが弾き出した追跡データが絶え間なく明滅する大型モニターが立ち並んでいる。
その冷たいブルーライトに照らされたスタイリッシュな空間の中央で―
全国展開する大手総合探偵事務所のスタイリッシュなオフィスで、パリッとしたスリーピースのスーツを着こなす男――エース調査員の桐生が、デスクに置かれた一枚の手書きの迷子ポスターを見下ろしている。
「……桐生チーフ。この業者、最近、さくら台の周辺で『一日2万円』というふざけた価格でペット捜索を請け負っている新参の業者のようです」
部下の報告に、桐生は短く吐き捨てた。
「一日2万、だと?」
モニターには最新鋭の熱源感知ドローンの稼働状況や、GPSによる追跡AIのリストが絶え間なく映し出されている。画面の端には『回収率95%』という圧倒的な数字が光っていた。
「ドローン包囲による徹底的な『領域』の制圧。GPS熱源追跡で対象の逃走経路を完全に潰す。……動物を効率よく追い詰めるには、このシステムこそが絶対だ。パニックになった動物の感情など、分析するだけ無駄なのだからな。感情は、追跡精度を下げるノイズに過ぎない 」
桐生は、指先でポスターを弾く。
ポスターには『さくら台駅前ペット探偵事務所』と書かれている。手書きの文字。滲んだインク。最新のオフィスには明らかに場違いな“現場感”が漂っている。
「ノウハウのない素人がデタラメな捜索を行えば、ペットの警戒心を無駄に上げる。移動距離が伸びれば、それだけ回収難度は跳ね上がる。結果として、飼い主の負担は増える」
窓の外の夜景を見下ろし、ネクタイを整える。 桐生の声は冷たく研ぎ澄まされていた。
「……依頼人に寄り添っているつもりなのかもしれないが、やっていることは逆だ。依頼人と動物の距離を、余計に遠ざけているだけだ。……近いうちに、『正しいやり方』を教える必要があるな」
「ここまでお読みいただきありがとうございます!
さくら台駅前ペット探偵事務所、とりあえずCASE2まで公開いたしました。
今後の展開もガチな動物行動学と人情話で盛り上げていきます。
もし『続きも読みたい!』と思っていただけましたら、作品フォローとブックマークをいただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!ぜひ応援よろしくお願いします!」




