File 4 FBI襲来!!
「いつも応援ありがとうございます!さくら台駅前ペット探偵事務所、第4話です。今回はFBI登場により、イナガキが頭を抱えます。お楽しみください!」
6月。梅雨の合間の晴れの日。いつものように、穏やかな空気が漂っている探偵事務所。 バンッ!と勢いよくドアが開かれた。
大家のタエ子さんを筆頭に、美容院のヨシエさん、居酒屋のミツコさんがズカズカと上がり込んでくる。
「イナガキ所長! 私たち、さくら台の平和を守る『さくら台FBI』よ!」
「ちょっと聞いてちょうだいよ!」
突然の謎の組織の登場宣言に、俺は思わず後ずさった。
「は、はい……? FBI?」
「そうよ! 不動産屋の 福田!」
「 美容院の 坂東」
「 居酒屋の 石井!」
「三人揃って、『さくら台FBI』よ!」
三人は胸を張り、声を合わせてポーズを決めた。
「エフビーアイ! エフビーアイ!」
部屋の隅で、オウムのステラが間の抜けた声で合いの手を入れた。
(……不動産屋の福田、美容院の坂東、居酒屋の石井。ご丁寧に、職業と名前の頭文字まで揃えてきやがった)
謎の完成度の高さに、開いた口が塞がらない。
「あのね、最近うちの裏路地をうろついてる野良猫がいるのよ! 夜の9時ごろにゴミを漁る、黒と白のブチ猫なんだけどね!」
と、タエ子さん。
「ちょっとタエ子さん、私がよく見るのは夕方の4時ごろよ。美容院の裏の室外機で寝てる、丸々と太った『茶色い猫』だったわ!」
と、ヨシエさん。
「二人とも違うわよ! 私がすれ違ったのは深夜の2時! 店を閉めて裏口から帰る時、暗くて柄なんか見えなかったけど、なんだか『カツオ出汁』みたいな匂いがしたわよ!」
と、ミツコさん。
(夜9時のブチ、夕方4時の茶色いデブ猫、深夜2時の出汁の匂い。……時間も体型も、柄も匂いもバラバラじゃないか。これ、絶対に3匹の別々の猫の話をしてるぞ……?)
俺は呆れたが、おばちゃんたちは気にも留めない。
「もう何匹でもいいのよ! 夜中にギャーギャーうるさいし、ゴミは漁るし、もう限界なの!」
「だからイナガキ所長! あの野良猫を捕まえて、どこか遠くへやってちょうだい!」
俺はため息をついた。
「いやいや、ちょっと待ってくれ。うちは『迷子のペット』を探す探偵であって、野良猫の駆除業者じゃ――」
「ゴミ!エサ!オイシイ!」
ステラが鳴いた。
「なんだ、お前のご飯も明日からゴミにしてほしいのか?」
部屋の奥。無表情でプロテインウォーターを飲んでいたヒカルが、空間の一点を見つめたままボソリと口を開いた。
「……その発声パターン。特定個体の摂食行動と一致」
「は? おいヒカル、それどういう意味――」
俺が聞き返すより先に、タエ子さんがすごい圧で詰め寄ってきた。
「とにかく、お願いね! イナガキ所長なら絶対なんとかしてくれるって信じてるから!」
「いや、頼まれても困るって。うちは基本料金一日8万でやってるんだぞ。百歩譲って受けるにしても、費用は誰が――」
「はあ!? お金取る気!? 周辺の環境保全は住民の義務でしょ!」
「そうよ! どうせ仕事もなくて暇してるんでしょ? 住民のために働きなさいよ!」
有無を言わさぬおばちゃんたちの怒涛のコンボに、俺は完全に押し負けた。
「あーはいはい! じゃあヒカルちゃん、所長をよろしくね!」
『さくら台FBI』の面々は嵐のように去っていった。残されたのは、ぽかんと立ち尽くす俺と、いつものように無表情のヒカルだけだ。
「……おい。マジでただ働きかよ。うちはボランティアじゃないんだ。全く割に合わねえぜ! 」
俺は頭を抱えて愚痴をこぼした。
「どうするんだよ、これ。ヒカル、野良猫の退治なんてうちの仕事じゃないし、1円にもならねえ。断るぞ」
「……『3匹の別個体』。テリトリー重複率の許容オーバー。……『単一個体』。証言データの完全な矛盾。……エラー」
「だろ」
「……だが、『指定エリア内の特定個体の確保』へタスクを変換。……矛盾した証言は不快なバグ。エラーの解明と排除は有益。……受理」
「受けるのかよ!」
人間の泥臭い感情は1ミリも理解できないくせに、自分の理屈さえ通れば「ただ働き」でも動いてしまう。こいつのこういう「危ういズレ」には、本当に振り回される。
「おい、ちょっと待てって! ヒカル!」
俺の制止を無視し、ヒカルはノートパソコンをパタンと閉じた。
ヒカルが、ビー玉のように透き通った瞳で俺を真っ直ぐに見据える。
その瞳の奥で、さくら台駅周辺の精緻なマップが展開され、半径100メートル圏内の複雑な路地裏や室外機の隙間が、青白いグリッド線で次々とスキャンされていくのがわかるようだった。
「犬は軌跡。……猫は領域」
ヒカルは淡々と告げた。
「テリトリーを持つ猫は、遠くへは行かない。特に、大きな音の鳴る踏切や線路の向こう側へテリトリーを広げる確率は極めて低い。半径50から100メートル以内の『領域』を潰す。……即時、捜索開始」
有無を言わさず事務所を出ようとするヒカルを見て、俺は大きく息を吐き出して、機材バッグを背負った。
「……あーあ。また俺がただ働きで『足』としてこき使われるわけか」
*
猫の捜索の基本は、猫と同じ目線になって現場を這いつくばることだ。俺は膝をつき、建物の隙間や縁の下などを頭に装着したLEDヘッドライトで丹念に照らしていく。
「……おいヒカル。あったぞ、タエ子さんが言ってた通りだ。『白と黒の毛』が落ちてる」
俺がピンセットで慎重につまみ上げた数本の毛を、ヒカルは機材バッグから取り出した『透明なチャック付きの小さなポリ袋』に丁寧に入れ、空気を抜いて素早く密閉した。「採取地点:事務所ビル裏・ゴミ捨て場/座標データおよび時間」と表面のラベルにマジックで淀みなく書き込む。
「よし、対象の痕跡はあったな。早速、このゴミ捨て場の死角に一つ目の『赤外線カメラ』を仕掛けるか!」
俺が機材バッグに手を伸ばそうとした、その時。
「……ストップ」
ヒカルが冷たい声で俺を制止した。
ヒカルは、空間の一点を見つめながら言った。
「……たとえこの事務所ビルの敷地内であっても、管理者の明示的な許可のないカメラの設置は不法侵入およびプライバシー侵害のリスク大。探偵業のライセンスに関わる致命的なバグ。非合理的」
「うっ……た、確かにそうだけどよ。でもここの大家って、一階のタエ子さんだろ? さっき俺たちに野良猫なんとかしろって押し付けてきた張本人なんだから、カメラ置くくらい許してくれるだろ」
「……推測での行動はエラーの元。明示的な許可が必要。イナガキさん、一階へ。対人交渉のタスクを要求」
「……はいはい。わかったよ」
*
俺たちはビルの一階にある『福田不動産』に入り、お茶を飲んでくつろいでいたタエ子さんに直談判した。
「タエ子さん。俺達も住民として、環境保全に全力を尽くしたいと思っている。だから、あんたに頼まれた野良猫を探すために、まずはこのビルのゴミ捨て場にカメラを置かせてほしい」
「もちろんよ! 私が頼んだんだから好きに置きなさい!」
「助かる。それともう一つ、猫の移動ルートを特定するために、商店街の通路や路地にもカメラを置かせてほしいんだ。あんたの顔の広さで、商店街のみんなに許可を取っておいてくれないか?」
「カメラ? そんなの、通路に置いたらご近所さんが嫌がるに決まってるじゃないの」
タエ子さんが渋い顔をした。
「ここまで読んでいただきありがとうございました!
次回、猫捜索のリアルとは……!?
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