File 34 2件目の依頼
「いつも応援ありがとうございます!さくら台駅前ペット探偵事務所、第34話です。今回は別の依頼人が事務所に訪れます。お楽しみください!」
ムギの保護から数日後。 別の依頼人、西城さんが、血相を変えて事務所にやってきた。
「悪質な探偵業者に騙されたんです! 最初は『すべて込みで15万』と言われてお願いしたのに、二日目になって『難航しているから応援を呼ぶ』と追加で50万円を請求されました。ワラにもすがる思いで払ったのに……報告書だけ渡されて、『まだ見つからない』って……! 」
莉子さんのムギの時と全く同じ、いや、それ以上に悪辣に金を絞り取る搾取マニュアルだ。
怒りを噛み殺しながら、俺は手元のメモ帳を開き、大人の男の落ち着いたトーンで尋ねた。
ヒカルは、西城さんから報告書を見せてもらい、断定した。
「……この内容は、真実に即していない」
「でっちあげってことか?」
「……正解。データの矛盾が多すぎる」
ヒカルは報告書の文字列を指先でなぞりながら、冷淡な声で指摘し始めた。
「まず、対象はボーダーコリーのオス、3歳。極めて運動量と知能が高い犬種。パニックによる突発的な逃走であれば、最初の数時間で数キロは移動する」
ヒカルは一度言葉を切った。
「……だが、この業者は脱走翌日の報告書に『自宅から半径200メートル以内の路地裏や室外機の裏を重点的に捜索した』と記載。……これは猫の捜索(領域)のマニュアルだ。犬の捜索(軌跡)の基本から完全に逸脱している」
「犬を探すのに、猫の探し方で報告してるってことか!」
「……さらに、報告書に添付されている捜索現場の画像データ。メタデータ(Exif情報)を抽出したが、撮影日時は3年前。GPS座標はここから500キロ離れた別県を示している。ネット上のフリー素材の使い回し」
「本当か!」
「テキストの構文解析も実行。文章の基本構造が、以前解析した『ネット上の他の詐欺被害者がアップしていた報告書』と99パーセント一致。犬種と日付という変数を差し替えただけの、自動生成テンプレート。……奴らがまともな捜索活動を一切行っていないことは、データが完全に証明」
(許せねえ!こいつらは命をビジネスにしている。)
俺は怒りでジャージの膝を強く握りしめ、西城さんを真っ直ぐに見据えた。
「西城さん。俺たちが必ず見つけます。まずは『いつ、どんな状況でいなくなったのか』、詳しく教えてください……それと、ワンちゃんの名前も」
「名前は『カイ』です。4日前の夕方です。散歩から帰ってきて、私が家の鍵を開けようとした瞬間……遠くで鳴った大型バイクの爆音に驚いてパニックになり、リードを振り切って『西』の方向へもの凄いスピードで逃げてしまったんです」
ヒカルがキーボードを叩く。
「……ボーダーコリー。4日間移動を続けていれば、40キロ以上離れていても不思議じゃない ……初期ベクトルは西。イナガキさん、まずは目撃情報という『点』を集めて『ベクトル』を引く」
「ところで、費用はどれくらいになるんですか?」
俺は西城さんにきっぱりと言った。
「いりません。これは、俺たちの戦いでもあるんです」
「えっ?本当ですか?でも、ただというのは申し訳ない」
「それであれば、うちの事務所は日当2万円で調査を受けることが多いです。ですから、その金額でお願いします」
「そんなに安くて良いのですか?ありがとうございます。お願いします」
*
俺たちはすぐに現場周辺へ向かい、ポスター張りと聞き込みを開始した。
ボーダーコリーのような目立つ犬なら、誰かが見ているはずだ。
「駅の西口を南へ曲がるのを見た 」
「南南西にある二丁目の交差点で見た」
といった、数日前の目撃情報(『点』)が順調に集まってきた。
逃走直後は西。だが、そこから南へ折れた目撃情報が連続していた。
ヒカルはその情報を元に地図上に線を結び、次の移動ベクトルを正確に推測する。
「……対象の移動速度とこれまでの点から、南南西へ向かうベクトルで確定。だが、目撃情報は数日前のもの。もっと移動している可能性もある」
ヒカルは三つの地点にピンを立てた。
「まずは、3キロ先の河川敷、5キロ先の隣町グラウンド、あるいは10キロ先の山林エリアと複数の候補地点を想定。ベクトル上の確率の高い地点から潰していく」
「分かった。明日の朝から調査に向かう」
*
翌日の朝。
俺は機材バッグを背負い、ヒカルの引いたベクトルに従って、路線バスを乗り継いで南南西のエリアへと向かった。
まずは、午前中のうちに3キロ先の河川敷。
身を隠せる葦の茂みを棒でかき分け、橋の下の暗がりまでヘッドライトで照らして探したが、痕跡は一切ない。
俺はスマートフォンで事務所のヒカルへ通話を入れた。
「ダメだ、ヒカル。河川敷には何もない……」
午後からはさらにバスを乗り継ぎ、5キロ先の隣町グラウンドへ。
散歩に訪れる飼い主たちに片っ端から聞き込みを行ったが、やはり誰も見ていなかった。
「……グラウンド周辺も空振りだ」
そして、バスの終点から歩き、10キロ先の山林エリアの入り口に着いた頃には、すでに夕方だった。
獣道をヘッドライトで照らし、暗がりを探し回ったが、やはり影も形もない。ある程度探したところで、俺はスマートフォンを耳に当てた。
「ヒカル、日が暮れた。初日の捜索は朝から丸一日動きっぱなしだったが、これ以上暗い山林を探すのは効率が悪すぎる。今日の捜索はここまでだ。事務所に戻るぞ」
『……了承。だがイナガキさん、そこからさくら台へ向かう路線バスの最終便は、30分前に運行を終了している』
「……は? マジかよ。ってことは、ここから10キロ、自分の足で歩いて帰るしかねえってことかよ!」
ブツッ、と通話が切れる。 目撃情報の点と、ヒカルのロジカルな推測による線引き、そして俺の足とバスを使った丸一日の地道な捜索。
それなのに、なぜか予測した場所には影も形もなく、一切見つからない。
俺は重い機材バッグを背負い直し、真っ暗な夜道を、痛む足を引きずりながらトボトボと10キロ歩いて帰路に就いた。
「ここまで読んでいただきありがとうございました!次回、イナガキが足を使って調査をするが……!?
もし『続きが気になる!』『このコンビ、面白い!』と思っていただけましたら、下部の☆☆☆☆☆から【評価】や、作品フォロー&ブックマークをしていただけると、執筆の励みになります!ぜひよろしくお願いします!」




