File 33 静かなる難敵
「いつも応援ありがとうございます!さくら台駅前ペット探偵事務所、第33話です。
第一部最終話です。お楽しみください!」
莉子さんを送り出した直後、事務所の静寂を破って、固定電話がけたたましく鳴り響いた。
「はい、さくら台駅前――」
『……お前たちのような、泥にまみれて這いつくばることしか脳にないバカが、依頼人を騙すような真似をするはずがないからな』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、冷徹でありながら、熱を伴った鋭い声だった。
「……おいヒカル、桐生からだ」
俺は電話をスピーカーホンに切り替える。
「桐生。お前、何が言いたいんだ」
『……SNSで蔓延しているお前たちの不快な悪評を見て、嫌な名前を思い出した。あの悪評を流しているのは、おそらく、以前から別件で内偵を進めていた連中だ……だが、足取りが巧妙で、決定的な「ネット上の尻尾」を掴みきれていなかった』
俺はニヤリと笑った。
「だったら、ちょうどいい土産があるぜ。ヒカルがさっき、奴らのボット工作のサーバー情報と、詐欺サイトの運営者情報を完全に紐づけたところだ」
『……! なるほど。そのデータを私に送れ』
桐生の声に、微かな熱が帯びたのがわかった。
『……私が裏から、奴らの資金洗浄ルートと、お前たちから受け取った詐欺の証拠を完全に固めてトドメを刺す……』
「わかった。さっき俺たちは、そいつらの被害者から猫の保護の依頼を受けたところだ」
『お前たちは現場で、その下劣で泥臭いやり方で、奴らより先にその可哀想な猫を保護しろ』
ガチャリ、と。 スピーカーホンの向こうで電話が切れた。
*
「捜索開始。猫の捜索は『領域』。半径100メートルを対象と推定」
ヒカルがノートパソコンの画面を俺に見せる。そこには、莉子さんの家を中心とした『半径100m』の円が、赤いグリッド線で明確に縁取られていた。
「よし。俺は足で潰す。お前は頭で囲え 」
俺とヒカルは、ムギの捜索を開始した。
俺はまず、ムギの写真を入れた迷子ポスターを手に、近所の家を一軒一軒回った。
「すいません、『さくら台駅前ペット探偵事務所』のイナガキと申します。この辺りで、茶トラの猫を見かけませんでしたか?」
「茶トラ? いやぁ、見てないねえ」
「そうですか。もし見かけたら、このポスターの番号に連絡をお願いします」
インターホン越しにそっけない返事が続く中、俺は電柱や掲示板にも許可を取りながらポスターを貼り込んでいく。 そして、通り道になりそうな獣道に『トレイルカメラ』を仕掛けるときは、その敷地の所有者に了解をとってから、設置した。
同時に、泥だらけになりながら民家と民家の隙間、室外機の裏、ゴミ箱の陰まで、考えられるすべての隠れ家をLEDヘッドライトで照らして回った。
「ムギちゃん……! ムギちゃん!」
身を潜めて呼びかけながら光を当てるが、暗がりからは何の反応もない。これくらい狭い範囲なら、プロの俺がポスター配りと目視のしらみつぶしをやっても2、3時間もあれば終わる。
だが、結果は完全な空振りだった。
夜間には事務所で、ヒカルと交替で、一晩中事務所のパソコンでトレイルカメラの映像をモニターを監視し続けた。
だが、猫の毛一本すら見つからず、『トレイルカメラ』にはネズミ一匹映らない。
ポスターを見た住民からの目撃情報の電話もなければ、鳴き声一つすら聞こえないのだ。
「クソッ……! たった半径100メートルの範囲を完璧に探して、聞き込みもポスターも全部やって、夜通しモニターまで張ってたのに、影も形もねえ! 本当に近くにいるのかよ!?」
夜が明け、朝の陽射しが事務所に差し込んでも、状況は変わらなかった。
「……エラー。手がかりが完全にゼロ」
ヒカルが充血した目で、静かに呟いた。
「完全室内飼いの猫は、外界の刺激でパニックに陥ると極限のフリーズ状態となり、鳴き声すら一切出さない。生命活動を最小限にして隠れ続けるため、カメラのセンサーにすら引っかからない。目視での発見もほぼ不可能」
犬のように広範囲を動き回って痕跡を残すわけではない。
物理的に探すのが難しいのではない。
いくら探して夜通し監視しても、カメラに映らず、音もしない。「何一つ情報を得ることができない」という状態こそが、猫の捜索における最大の壁なのだ。
まるで、ムギが最初からこの世界に存在しなかったかのように、完全に世界から消滅してしまったかのような錯覚。
居場所を特定する情報が完全に途絶え、これからどうすればいいか全く分からないまま、時計の針だけが無情に進んでいく。
そして、午前10時。
徹夜明けで疲労困憊になり、絶望的な手詰まりに沈んでいた俺たちの元へ、バンッと勢いよくドアを開けて『さくら台FBI』の三人がやってきた。
「イナガキ所長! 美容院のお客さんで、最近ちょっと変なこと言ってた人がいたのよ!」
ヨシエさんが持ち込んできたのは、猫の居場所ではなく、地元住民にしか分からない「街の微細な異変」だった。
「猫を見たって人は誰もいないんだけどね……高橋さんの家の裏にある古い空き家の敷地で、ここ数日、明け方になると近所の野良猫たちが集まって、ある一角に向かってシャーッて威嚇してるらしいのよ」
その曖昧な情報を聞き、ヒカルが何かに気づいた顔をした。
「ここまで読んでいただきありがとうございました!
第一部終了しました。また、引き続き第二部も作成してしますので、しばらくお待ちください。
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