File 30 優しい誘拐犯
「いつも応援ありがとうございます!さくら台駅前ペット探偵事務所、第30話です。突破口は見つかるか?お楽しみください!」
その時だった。
ミツコさんがこたつの上にみかんを置き、ニヤリと不敵に笑って立ち上がった。
「フフッ、あんたたち甘いわね。酒飲みに正月休みは関係ないのよ! うちは元日から夜だけ店を開けてたんだけど……昨日の夜、うちで飲んでた『夜更かしの常連客』が、こんなことを言ってたわ」
「常連客が?」
「『一昨日の深夜、駅裏のコンビニにタバコを買いに行ったら、近所の一人暮らしのシズエおばあちゃんが、ニコニコしながら犬用の缶詰とペットシーツを買ってた』ってね! しかもその常連客、『ここ数日、シズエさんの家から可愛い犬の鳴き声がする』とも言ってたわよ!」
「シズエおばあちゃん!? ああ、4丁目の古い平屋に一人で住んでるシズエさんね! うちの不動産屋で物件の管理をしてるからわかるけど、あのおばあちゃん、犬なんて飼ってなかったわよ!」
「そうそう! 先月うちの美容室に来た時も、『お正月に誰も遊びに来なくて寂しい』って、一人暮らしの愚痴をこぼしてたもの。急に犬を飼い始めるなんておかしいわね」
「犬を飼ってない一人暮らしのおばあちゃんが、正月の深夜に犬用品を買って、家から犬の鳴き声がする……?」
部屋の奥。ヒカルのタイピング速度が一気に跳ね上がった。
点だった情報が一本の線で繋がり、ヒカルの思考が「シズエおばあちゃんの平屋」へ収束していく。
「……十分だ。座標は絞れた」
正月で鈍っていたはずのFBI情報網が、一気に繋がった。おばちゃんたちの恐るべき連携プレイにより、対象が潜んでいる可能性の高い場所がピンポイントで特定されたのだ。
「とはいえ、おばあちゃんが偶然、正月に別の犬を拾ったり、急に飼い始めた可能性もある。探してるモコだと『間違いない』とまでは言えねえな……」
「……正解。だが、現在の手持ちのデータにおいて、これ以上の有力なベクトルは存在しない。不確定要素の確認作業の必要あり」
「ああ。他にあてもないし、とりあえず話を聞きに行ってみるか!」
*
四丁目の古い平屋。午後。
生垣の隙間からのぞくと、縁側の日向で、シズエおばあちゃんが犬を大切そうに抱いていた。
「おや、探偵さんかい?」
おばあちゃんは俺たちを見ると、シーズーの背中を撫でながら、寂しげに、けれどひどく優しく微笑んだ。
「この子はね、元旦の日の朝、うちの前の道端でブルブル震えていたんだよ」
おばあちゃんのしわくちゃの手が、シーズーの柔らかな毛並みをゆっくりと梳く。
「毎年お正月にはね、遠くに住んでる息子夫婦が、孫を連れて遊びに来てくれてたんだよ。でも、今年は孫の受験があってね。誰も来ないお正月なんて何年ぶりか……こたつで1人でテレビを見てても、ちっとも面白くなくてね。そんな時、この子が庭に迷い込んできたんだよ」
おばあちゃんは目を細め、愛おしそうにモコをぎゅっと抱きしめる。
「冷え切った体をこたつに入れてやったら、この子が私の膝の上で丸くなってね。その重みと暖かさが、たまらなく嬉しかったんだ」
そう言って、おばあちゃんは静かに笑った。
「……一昨日の夜中、この子にご飯を食べさせたくて、コンビニまで歩いたんだけどね。なんだか、足取りがすごく軽くてさ。久々に『誰かのために何かをしてあげる』ってことが、こんなに幸せなことなんだって……神様がくれた、お年玉だと思ってね……うちの子にして、一緒に暮らそうと思っていたんだよ」
悪気は一切なく、ただどうしようもない孤独と寂しさから、迷い込んできた命を「善意」で保護してしまっていたのだ。
元の飼い主である香織さんに返さなければならない気まずい空気が流れる。
しかし、下手に「犬の連れ去りだ」などと言えば、おばあちゃんのささやかな幸せの記憶ごと、心を深く傷つけてしまう……。
俺はゆっくりと歩み寄り、おばあちゃんの前に静かにしゃがみ込んだ。
「おばあちゃん。この子がこうして今、元気にしっぽを振っていられるのは、おばあちゃんがこの凍えるお正月に、暖かい部屋に入れて、美味しいご飯を食べさせてくれたおかげです。おばあちゃんが保護してくれなければ、この小さな子は今頃、寒さで命を落としていたかもしれない」
俺は、おばあちゃんのしわくちゃの手に、自分の手をそっと重ねた。
「……この子の命を救ってくれて、本当にありがとうございました。命の恩人ですよ」
俺が深く頭を下げると、おばあちゃんはハッとしたように目を見開き、やがて、その目からポロポロと大粒の涙をこぼした。
「そうかい……。私みたいな年寄りでも、お役に立てたのかい。よかった……本当によかった……」
おばあちゃんは涙を拭うと、シーズーの頭を最後に1度だけ優しく撫で、笑顔で俺の腕の中にそっと預けてくれた。
「この子を、元の飼い主さんのところへ返しておくれ。……お正月、暖かく過ごせて楽しかったよ。ありがとうね、探偵さん」
「……おばあちゃん。また寂しくなったら、さくら台の駅前にあるうちの事務所に、いつでも遊びに来てください。お節介でうるさいおばちゃんたちが、みかんを山ほど用意して待ってますから」
俺がニヤリと笑うと、おばあちゃんは「ふふ、それは賑やかそうでいいねえ」と、心から温かく微笑んでくれた。
*
1月20日。 窓の外では、冷たい冬の北風がさくら台の駅前を吹き抜けている。
ガチャリとドアが開き、上品なブラウスにコートを羽織った冴子さんが入ってきた。
「ヒカル、イナガキさん。今月もお疲れ様です。……はい、今月の『事務所の経費』と、『イナガキさんのお給料』。それと、『ヒカルの生活費』ね」
冴子さんは微笑みながら、三つの封筒を机に並べ、俺に手渡した。 俺は給料袋を受け取ると、胸を張って報告した。
「お姉さん! あれから近所の案件だけでも順調に依頼が続いて、今月は今日までで『8件』もこなせたんです! いずれ、俺の給料だって、探偵の稼ぎだけで払えるようになりますよ!」
冴子さんは目を丸くし、それから心から嬉しそうに、温かく目を細めて微笑んだ。
「まあ……! ふふふ、本当に、自立した立派な探偵事務所になってきたのね。イナガキさん、いつも弟を支えてくれて、本当にありがとうございます」
「へへ、どういたしまして!」
俺が鼻をこすっていると、冴子さんが持ってきた温かい『寒鱈の粕汁と、だし巻き卵』を啜りながら、ヒカルがいつものように無表情で口を開いた。
「……イナガキさんの自立心による売上の増加。だが、僕の資産の運用益から見れば、依然として――」
「ゴサノハンイ! ゴサノハンイ!」
ステラがヒカルのセリフを横取りして、鳥かごの中で嬉しそうに羽をパタパタさせながら叫ぶ。
「だからステラ、お前がヒカルのセリフを横取りすんな! 俺たちが死ぬほど這いつくばって稼いだ金は、誤差じゃねえ!」
俺のツッコミに、冴子さんが「ふふふ」と楽しそうに声を上げて笑う。 ヒカルは少しだけ気まずそうに目を逸らすと、静かに箸を進めた。
窓の外では、落ち葉を揺らす冬の冷たい風が、さくら台の駅前を優しく、優しく吹き抜けていった。
「ここまで読んでいただきありがとうございました!
『さくら台駅前ペット探偵事務所』もCASE9の掲載を終えました。いよいよ次は、第一部完結です。
もし『続きが気になる!』『このコンビ、面白い!』と思っていただけましたら、下部の☆☆☆☆☆から【評価】や、作品フォロー&ブックマークをしていただけると、執筆の励みになります!ぜひよろしくお願いします!」




