File 19 魔界の剣
「いつも応援ありがとうございます!さくら台駅前ペット探偵事務所、第17話です。今回はいつものカスミちゃんとのやり取りに異変が?お楽しみください!」
10月中旬。高く澄み切った秋晴れの空。
今日はあの騒がしい『さくら台FBI』は不在で、事務所はひっそりと静まり返っていた。 俺はソファでため息をつきながらボヤいた
。
「今月もう2件やったのに売上たった4万円ってどういうことだよ! 本来なら一件8万で、16万入ってるはずなんだぞ!なんで来る客みんな最初から『2万円でお願いします』って言ってくるんだ?」
部屋の奥では、ヒカルがヘッドホンをつけ、無表情で複数のモニターの為替チャートを眺めながらプロテインウォーターを飲んでいる。
「……基本料金8万円も2万円も、僕の資産の運用益から見れば誤差の範囲。全く問題ない」
「お前の資産の話じゃなくて、探偵事務所としての稼ぎの話をしてるんだよ。これじゃ、いつまで経っても給料が上がらないだろ!」
プルルルル……! その時、事務所の固定電話が鳴った。
「はい、さくら台駅前ペット探偵事務所です」
『もしもし……あの、美容院のヨシエさんに、一日2万円で探してくれる名探偵がいると聞いてお電話したんですが……』
(来る客みんなが最初から『2万円』って言ってくる犯人、あのおばちゃんたちだったのかよ!!)
宣伝してくれるのはありがたいが、勝手に価格破壊して安物請け合いさせられてると思うと、素直に感謝できねえ!
「……は、はい。どのようなご用件でしょうか……?」
『え? トタンの張替え? いやいや、犬を探してほしくて……』
高齢らしき依頼人は、かなり耳が遠いようだった。
「犬ですね! どのようなご用件ですか!!」
俺が声を張り上げると、相手は申し訳なさそうに言った。
『え? ようかん? いや、ようかんじゃなくて、うちの15歳になる老犬のマックが迷子になりましてね……。目も耳も悪くて、もうほとんど見えないし聞こえないはずなんですが……』
「えっ、目も見えないし、耳も聞こえない!? それは心配ですね!!」
『え? サンマが食べたい?』
「誰がサンマ食いたいって言いましたか! 心配ですねって言ったんです!!」
「キコエナイ! ミエナイ! サンマ!」
俺が大声で叫んだ言葉を学習したステラが、間の抜けた声でオウム返しをする。
「……イナガキさん。声のボリュームが過剰。僕の思考のノイズになる」
「宣伝のせいでおかしくなりそうだよ!」
*
大声でのやり取りの末、俺たちは機材を持って事務所を飛び出した。
すると、向かいの『さくらベーカリー』からエプロン姿のカスミちゃんが駆け寄ってきた。
「あ、ヒカルさん、イナガキさん! 秋の新作です! よかったら休憩中にどうぞ!」
カスミちゃんが差し出した紙袋の中を見て、俺は思わず二度見した。 そこには、こんがり焼けたフランスパンの生地から、『サンマの尻尾』だけが何本も突き出ている、まるで魔界の剣のような異様なパンが鎮座していた。
「な、なんだこれ!?」
「お父さんが急に新作に目覚めちゃって……。中に『サンマの蒲焼き』を細かく刻んで、大葉と山椒、秋のキノコと一緒に『和風バター』でたっぷり炒めて詰めてあるんです」
ヒカルは空間の一点を見つめたまま、そのカオスなパンをじっと観察した。
「……サンマのEPA、大葉のβカロテン、山椒による胃腸活性化。疲労回復としては極めて合理的。……だが、フランスパンから魚の尻尾が突出している視覚情報と、食欲を刺激する嗅覚情報が脳内で矛盾……ッ!」
彼の脳内マップで、カオスな情報がバグを起こす。
「……ショート。処理能力、限界……」
プシュー、と。ヒカルは知恵熱を出したようにフラつき、俺が慌てて支えた。
「うわっ! ヒカルのそのスーパーコンピューターが、パンを見ただけで処理不能になったぞ! どんな破壊力だよ、親父さんの新作!」
「……でも、蒲焼きと和風バターの匂いはめちゃくちゃ美味そうだな。ありがとなカスミちゃん、後で俺が食うからさ!」
俺はヒカルの頭をはたき、パンを受け取って現場へと急いだ。
*
依頼人である田中さんの家は、古い平屋の日本家屋だった。
庭先で、白髪の小柄な田中さんが、不安そうな顔で立ち尽くしていた。
俺はメモ帳を取り出し、先ほどの電話の反省を活かして、少し大きめの声で丁寧にヒアリングを行った。
「田中さん! お電話いただいた探偵です! さっそくですが、マックちゃんのことを詳しく教えてください!」
俺が大きい声ではっきりと口を動かして言うと、田中さんは
「ああ」
と頷いた。
「すいませんね、少し耳が遠くて。うちのマックは今年で15歳になりましてね。目も耳も悪くて、もう自分の足じゃほとんど歩けないはずなんですが……」
「犬種と、性別はわかりますか!?」
「え?」
「犬種です! け・ん・しゅ」
「……ああ、犬種ですね。ゴールデン・レトリバーの血が入った大型の雑種です。毛は長くて、金色みたいな色をしています。15歳のオスで、若い頃に去勢は済ませてありますよ」
ヒカルがおもむろにノートパソコンを開き、無表情でキーボードを叩く。
「……ゴールデン・レトリバーのミックス。大型犬。15歳。オス、去勢済み。基礎データ入力完了」
「田中さん! マックちゃんがいなくなった時の状況を、詳しく教えてもらえませんか!!」
田中さんは、庭の隅にある古びた犬小屋を指差した。
「ええ……昨日の夜8時頃でした。いつも通り、庭のあの犬小屋に夕飯を持っていったんです。そうしたら、小屋の中が空っぽで。……いつも繋いでいる首輪の金具が、古くなってサビていたせいで、外れてしまったみたいなんです」
俺は時計を見た。すでに半日以上が経過している。
「15歳とはいえ、大型犬だ。昨日の夜からなら、ゆっくり歩いていたとしても、もうかなり遠くまで行っちまってるかもしれない。急いで広範囲を探さないと……!」
「ここまで読んでいただきありがとうございました!
次回、ヒカルの推理は……!?
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