File 14 最新機材を調達せよ!
「いつも応援ありがとうございます!さくら台駅前ペット探偵事務所、第14話です。今回は困難な状況の中、ヒカルが緻密な分析をします。お楽しみください!」
『……アイヴィ・総合探偵社、桐生だ』
「あー、もしもし桐生か!? さくら台のイナガキだけど。お前が持ってきたあの『泥沼の案件』の件なんだけどよ……子猫の命がかかってるんだ。お前たちが持っている『Jスコープ』と『高感度集音マイク』を貸してくれ!」
電話の向こうで、桐生は呆れたように息を吐いた。
『……厚かましい男だ。会社の最新備品を、素人に貸すわけにはいかないが。……一時間後に駅前のコインロッカーに、私がたまたま置き忘れておく。開錠の暗証番号は……今からショートメッセージで送る』
ピコン、と俺のスマホにメッセージの受信音が鳴った。 俺は目を丸くし、スマホの画面とヒカルを交互に見た。
「……あいつ、マジでツンデレにも程があるだろ」
「……機材の確保、完了。イナガキさん、当該ロッカーからの回収と、もう一つ。……『壁をミリ単位で切削するための精密なノコギリ』の調達が必要」
「ノコギリ……よし、心当たりがある!」
*
大手の機材をロッカーで回収した俺たちは、そのまま定食屋『さくら亭』へ飛び込んだ。 事情を聞いた大将のゲンさんが、裏から立派な工具箱を持ってきてくれた。
「俺の工具、全部持っていけ! DIYで店を自作した俺のノコギリなら、ミリ単位で切れるぞ!」
「助かるよ、ゲンさん!」
すると、ヒカルが自らカウンターにドカッと座った。
「ゲンさん。生姜焼き定食の提供を要求」
「えっ!? お前、いっつもプロテインしか飲まねえのに……」
「……これから、図面データと音響の反射から壁の内部構造を立体的に推定する。極度の集中による低血糖を予測。事前の糖質摂取が必要。……至急」
ゲンさんは顔をくしゃくしゃにして歓喜すると、超特急で山盛りの生姜焼きを作り上げた。ヒカルはそれを無言でかき込み、莫大なエネルギーを脳へと充填した。
*
再び現場の壁の前。
ヒカルは『Jスコープ』の細いケーブルを、壁のわずかな隙間へと滑り込ませた。
「……対象の呼吸音、著しく低下。タイムリミットまで残りわずか。急ぐ」
ヒカルの瞳の焦点が外れ、空間の一点を捉える。 内視鏡の断片的な映像と、集音マイクの反響音。それらを脳内で立体的に組み上げ、最短の救出ルートを弾き出そうとする。
しかし――。
ヒカルの額から、滝のような汗が吹き出した。
「……エラー。度重なる『増改築』による複雑な内部構造が、僕の構築した立体モデルと完全に矛盾……! 計算式が、繋がらないっ」
未知の構造という巨大なノイズが、ヒカルの脳に凄まじい負荷をかける。
「……極度の集中による低血糖……処理能力、限界……ショート……」
フラッ……と、ヒカルの体が大きくよろめいた。
ゲンさんの生姜焼きで充填したはずのエネルギーが、異常な情報処理速度によって、文字通り秒単位で燃え尽きてしまったのだ。
「おい、しっかりしろヒカル! 間に合わなくなるぞ!」
額に脂汗を浮かべたヒカルが、荒い息を吐きながら俺を見た。
「……糖質の緊急充填が必要。イナガキさん、先ほどの『パン』の提供を……至急」
「はあ!? お前、カスミちゃんのパンを『非合理』って拒絶してたじゃねえか!」
「……緊急事態における最適解だ。早く」
俺は慌てて紙袋から『冷やしレモンクリームパン』を取り出し、倒れそうなヒカルの口に無理やり押し込んだ。
ヒカルは無表情のまま、それを咀嚼し、飲み込む。
その瞬間――。 真っ黒にシャットダウンしかけていたヒカルの瞳に、バチバチバチッと鮮烈な光が駆け巡り、一瞬にして全てのシステムがオンラインに強制再起動した。
「……レモンのクエン酸と、過剰な糖質。脳への急速なエネルギー供給を確認。……思考、再開」
完全に座標を特定したヒカルは、壁の前に立つ俺に、一切の迷いのない声で指示を出した。
「南から三番目の柱を基準点とし、右へ14.5センチ。床から高さ82センチの地点。……そこに、直径15センチの円形でノコギリの刃を挿入。誤差はミリ単位まで許容」
俺は息を呑み、『ゲンさんのノコギリ』を構えた。 刃を少しでも深く入れすぎれば、壁の裏にいる子猫を切り裂いてしまう極限の緊張感。
「右へ14.5センチ――そこ!」
額に冷や汗を流しながら、慎重に、そして大胆に壁を円形にくり抜いた。
パコッ……。 丸く切り取られた壁板が外れる。
「……!!」
俺が入れたノコギリの刃のわずか十数センチ奥に、スッポリと挟まっている子猫の姿があった。
俺がそっと手を伸ばそうとしたが、穴のサイズと奥行きから、直接手は届かない。
「クソッ、微妙に手が届かねえ!」
「……イナガキさん、機材バッグから『捕獲用の網』を」
ヒカルの指示に、俺はすかさず先端にネットのついた特殊な捕獲網を取り出した。
「ああ、紐を絞って袋状にできるやつだな!」
俺は直径15センチの穴から慎重に網を差し込み、子猫を傷つけないよう優しく掬い上げた。そして手元の紐をキュッと絞り、子猫が飛び出さないようにしてから、ゆっくりと穴の外へ引き出した。
穴から出てきた網の中から、ヒカルがスッと両手を差し入れた。極度の集中で限界のはずの彼の手には、一切のブレはなかった。
「……対象の心拍数、異常値。筋肉の硬直。極度なストレス状態」
ヒカルは無表情のまま、しかし、その細い指先で子猫の微細な緊張を正確に読み取り、一番安心する角度でそっと抱き寄せた。
「……もう、危険なノイズはない」
「ミャア……」
怯え切っていた子猫は、ヒカルの腕の中でスッと余計な力を抜き、安心したように鼻を鳴らした。
「ああああっ……! よかった……本当によかった……っ!」
泣き崩れる吉田さん夫婦。
しかし、ヒカルの腕の中で子猫がぐったりと目を閉じた。
「……ストップ。対象の呼吸が浅い。長時間の高温下での閉じ込めによる重度の脱水症状。……至急、医療機関での点滴が必要」
「ヤバいな。吉田さん、すぐ病院へ連れて行った方がいい。……保護したこの後、この子はどうしますか?」
茂三さんが、ポツリと苦しそうに口を開く。
「……イナガキさん、本当にありがとうございました。でも……私たち、この子を飼うことはできないんです」
「えっ……」
「この子はただ迷い込んだ野良猫で、私たちの飼い猫ではありません。私たちのような年寄りが、これから十数年も生きるこの子の最期まで面倒を見てやることはできません。」
茂三さんは俯いた。
「それに……年金暮らしの身で、壁の修理代だけで手一杯で……お恥ずかしい話、この子の高額な治療費すら、払ってやれないんです……!」
俺は少し困って頭を掻いた。
「ここまで読んでいただきありがとうございました!
次回、ヒカルはどうなる?子猫は……!?
もし『続きが気になる!』『このコンビ、面白い!』と思っていただけましたら、下部の☆☆☆☆☆から【評価】や、作品フォロー&ブックマークをしていただけると、執筆の励みになります!ぜひよろしくお願いします!」




