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13/39

File 13 勝利の後で

「いつも応援ありがとうございます!さくら台駅前ペット探偵事務所、第13話です。今回は、桐生に勝利した余韻と今後の予感。お楽しみください!」

「バカな! 完璧な『カーミングシグナル』だと……!?」


桐生の視線はヒカルを捉えている。


「我々プロも現場で使う基本技術だ。だが……人間なら必ず生じるはずの『ブレ』が一切ない……!極度の恐怖状態の動物に、ミリ単位で完璧に同調し続けている……!」


そして、呆然とつぶやいた。


「あいつは自分自身を、機械のように制御しているのか……!」


大手のマニュアルや最新機材では絶対に再現できない、異常なまでの『個人の技術』を見せつけられた瞬間だった。


「あんたらの最新のデジタル機材じゃ、動物の心(シグナル)までは読めねえ。……ましてや、それに完璧に応えることなんてな」


俺は、泥だらけの顔で立ち上がり、ニヤリと笑った。

桐生は、手元のタブレットと、ヒカルに抱かれるマリーを交互に見比べた。 完璧に構築された自らの理屈が、音を立てて崩れ去っていく。


「…………」


数秒の、完全な沈黙。 やがて桐生は、ゲッソリと疲労した顔でゆっくりと息を吐き出した。


「……負けだ。我々は効率とシステムを極限まで追求した。だが君たちは……『地域社会』という有機的なノイズや個人の能力を武器にした」


桐生は呆然とつぶやく。エリートとしての確固たる分析と、深い葛藤。


「理屈では理解できる。……だが、我々には到底マネできないやり方だ」


桐生は震える手で懐から革の財布を取り出すと、1万円札を2枚引き抜き、俺のジャージの胸ポケットにねじ込む。


「……約束の2万円だ。だが勘違いするな。次は必ず我々が勝つ。……だから、あの女たちだけは勘弁してくれ……」


桐生は引きつった顔でそう言い残し、逃げるように黒いワゴン車に乗り込んで去っていった。


*


「マリーッ!!」


宝生邸で待機していた依頼人の静さんが、ヒカルの腕からマリーを受け取り、顔をくしゃくしゃにして泣き崩れた。


「ああ……本当によかった。外の世界を知らないから、遠くへ行って車にでも轢かれていたらどうしようかと……。イナガキさん、ヒカルさん、本当にありがとうございました……!」


「いえいえ。マリーちゃん、怪我もなくてよかったですよ」


俺が大人っぽく微笑んでみせると、その傍らで、一緒についてきていた『さくら台FBI』の三人が、さっそく静さんを取り囲んでいた。


「宝生さん、この町にお引っ越しされたばかりなんでしょ? 私は不動産屋の福田! おうちのリフォームや空き家管理の相談なら、いつでも乗るわよ!」


「私は美容院の坂東! マダムのお出かけ前の素敵なヘアセットは、ぜひうちのサロンにお任せくださいな!」


「私は居酒屋の石井! ちょっと一杯飲みたくなったら、うちの店に寄ってね! 焼き鳥には自信があるわよ!」


三人は満面の笑みで、静さんに次々と自分のお店のチラシやショップカードを握らせていく。


「あらあら、まあ……! ふふふ、ありがとうございます。この町は親切で賑やかな方ばかりで、引っ越してきて本当によかったですわ」


静さんも涙を拭い、マリーを抱きしめながらパッと笑顔を咲かせた。


大手の桐生も筋は通すし、マリーも無事に戻って、依頼人もこの町のノイズに触れて笑顔になった。最高の結末じゃねえか。


俺は手元の2万円を見つめ、満足げに笑った。 次の瞬間、ハッと我に返る。


「……って、よく考えたらうちの基本料金は一日8万だっつーの!! お前が勝手に2万で勝負受けるから6万の赤字じゃねえか! お前の金銭感覚どうなってんだよ!!」


俺のヒカルに対する情けないツッコミが、初夏の高級住宅街に響き渡った。


*


数日後の、7月20日。 ガチャリ、と事務所のドアが開いた。


「ヒカル、イナガキさん。今月もお疲れ様です」


薄手のカーディガンを羽織ったヒカルの姉、冴子さんだった。


「はい、今月の『事務所の家賃・経費』と、『イナガキさんのお給料』。それと、『ヒカルの今月の生活費』です」


冴子さんは微笑みながら、三つの封筒を机に並べた。 俺はその中から自分の名前が書かれた封筒を受け取ると、月給20万円キッチリ現金で入った重みを確かめた。


「助かります……! これで今月も、離れて暮らす息子に胸を張って養育費が送れますよ!」


数日前の「赤字のボヤキ」が嘘のように、給料の入った分厚い封筒の重みを確かめ、誇らしく笑う俺。


「ヨウイクヒ! ハチマンエン!」


「だからステラ、リアルな数字は言うなって言ってるだろ!」


「ふふ、イナガキさんもお父さんとして頑張ってくださいね。あ、これ、差し入れです。今日は暑かったので『夏野菜(トマトとナス)と豚肉の冷しゃぶ』を作ってきました。ちゃんと季節のものを食べて栄養をつけるのよ?」


冴子さんが綺麗なタッパーを机に置く。


その横で、ヒカルがいつものように空間の一点を見つめたまま口を開いた。


「……トマトのリコピンとクエン酸、豚肉のビタミンB群。炎天下の捜索で消耗した体力の回復において、極めて合理的なシナジー効果」


「素直に美味そうって言えよ」


「……消費したカロリーの、適切な補充」


ヒカルは少しだけ気まずそうに目を逸らすと、静かに割り箸に手を伸ばす。


「カロリーノホジュウ! ホジュウ!」


鳥かごの中でステラが甲高い声で鳴いた。


(桐生が、あのまま引き下がってくれればいいけどな……)


季節は真夏へと向かっていた。

「ここまで読んでいただきありがとうございました!


さくら台駅前ペット探偵事務所、とりあえずCASE3まで公開いたしました。



今後の展開もガチな動物行動学と人情話で盛り上げていきます。


もし『続きが気になる!』『このコンビ、面白い!』と思っていただけましたら、下部の☆☆☆☆☆から【評価】や、作品フォロー&ブックマークをしていただけると、執筆の励みになります!ぜひよろしくお願いします!」

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