第四十六話 茶話会
「俺は認めんぞ! あんな奴が準決勝に進んだなどと! インチキ臭い魔法を使いやがって! ソルセルリーリヴァルを舐めてやがるのか!」
第一生徒館の公爵家専用の応接室で、セリアの叔父バティスト火狼突撃中佐の怒声が、テーブルのティーカップを震わせる。
その剣幕は、生徒どころか若手将校でも震え上がってしまうほどだが、姪はゆっくりとルテを口に運んでいた。
「ブランシェは私の恩人であり、友人です。侮辱することは、叔父様であっても許しませんよ」
ジロリと上目遣いで叔父を睨む。紫水晶のような瞳が、亡き母オレリアを彷彿とさせる。
「そ、そもそも……何でお前は出ねえんだ」
「ブランシェが優勝するに決まってるからです」
セリアは、五年前に帝国から戻って来てからずっとこの調子だった。
何かと言えば『ブランシェが……』だ。聞けば、同い年の正体不明の少女が閉ざされていた自分の魔力を開放してくれて、帝国軍とアインズィードラの目の前で「神域の魔法」を振るったのだという。バティストには到底信じられる話ではなかった。そして、あろうことかその得体のしれない少女が、アンヴァリッドの恤兵部に編入してきたのだ。
「オレリアンのオヤジに理由を聞いたら、案の定、帝国のあの爺さんの推薦だそうじゃねえか。けどな、準決勝であんなインチキ魔法が通用するわけねえ! ヤシヌの奴だっているし、アンヌに勝てる奴なんてお前ぐらいしか……」
「叔父様は、全く何も分かってらっしゃらないのです……」
セリアは深くため息をつき、長い睫毛を伏せて瞳を閉じた。父と違い、陰に日向に不器用ながらも優しく接してくれる叔父には感謝している。しかし、帝国でブランシェと出会わなければ、自分はあのままどうなっていただろうか。公爵令嬢の身分もルプスエトワール家の誇りも、地下牢で全部剝ぎ取られ、どこかの国へ売り飛ばされていただろう。
「お前は変わっちまったよ」
「変わらなければならないのは、叔父様の方です! 私はあの時変われたからこそ、今ここにいるのです。……もう行きますね、ブランシェの準備がありますから」
母オレリアの面影を残す、深紫の髪と紫水晶の瞳。その毅然とした眼差しで射すくめられ、バティストは姪を直視できなかった。
「と、とにかく! 今夜の茶話会で、必ずあいつの化けの皮を剥いでやるからな!」
と、応接室を出ていく姪の背中に、言い放つことしかできなかった。
◆◇◆
「いい、ブランシェ? 今夜の茶話会はオロール中に実況中継されるから、あなたの人間離れした美しさを知らしめる絶好の機会なのよ」
「は、はい……」
セリアは鼻息荒く、ブランシェのサイズに合わせた最高級のシルクで仕立てられたドレスを持参してきていた。純白の髪に合わせ、あえて選んだのは、ライラックのような淡い紫のドレスだ。
(これから、対戦相手との茶話会なんじゃ……)
「わ、わかったから……そんなに引っ張らないで……」
大人びた体躯のセリアに抱え込まれるようにして、ブランシェは鏡の前に立たされた。セリアの細く長い指が、ブランシェの雪のような髪に触れる。
ブランシェの短い髪のサイドを、深紅の瞳と同じ色の、小ぶりな赤い魔石のヘアピンでそっと留めた。
陶器のような白い肌に、淡い紫色のドレス。そして一点の赤。幼さの残る体躯を高貴さと少しの儚さで包むその装いは、守るべき「少女」でありながら、同時に跪きたくなるような「聖女」の風格を纏わせていた。
「どう? ポーラさん」
背後で控えていたポーラは、あまりの神々しさに言葉を失い、両手を口元に当てて震えていた。
「ブランシェ、なんだか本当に、聖女様みたい……!」
「へへへ……セリア、ありがとう……」
ブランシェは、鏡越しに曖昧に笑いかけるしかなかった。
◆◇◆
アンヴァリッドの北側を流れるセクアナ川を挟んだ対岸に、王立大演武場が鎮座している。
古代の巨人が切り出したかのような巨大な白亜の石塊が積み上げられた、圧倒的な円形演武場である。その石壁にはびっしりと青金石の魔導回路が刻まれており、夕闇が迫るとアンヴァリッドの蛍石と共鳴して淡く青い光を放つ。その姿はさながら、地上に降下した巨大な「月」のようにも見えた。
演武場の中段、観客席とフィールドの間に設置され、演武場を見下ろせる貴族専用の空中回廊『サロン・デュ・フェニックス(鳳凰の間)』が、今夜の茶話会の会場であった。
豪華なシャンデリアが輝く会場では、選ばれし四名の猛者たちによる茶話会が始まろうとしていた。この様子は風魔法の魔導具を使った「空中送話局」を通じて、オロール中に実況中継される。
「さあぁ! いよいよ明日はソルセルリーリヴァルの準決勝! 毎年恒例の茶話会中継の時間がやってまいりました。実況のマテューです。隣にはおなじみ魔法解説をお願いしております、ルプスエトワール家の彗星、バティスト火狼突撃中佐をお迎えしています!」
部屋の隅に置かれた真鍮製の送話器が、興奮したマテューの声を、ひび割れた金属音に変えて吐き出していた。
「……バティストだ。明日は魔導軍の威信にかけて、ヤシヌが勝利を収めるだろう。……って、おい、一人人数が足りないみたいだが……?」
「げふん! えーっと、取り敢えず準決勝進出者の方々のご紹介を始めたいと思います。まずはこの方! 昨年の優勝者にして、五大星公爵家のご令嬢。『ウルススの巨壁』の異名を持つ王国の守護者、アンヴァリッド魔導部五年アンヌ・マルティノッジ・ド・ウルススエトワール選手! 美しい黒髪が印象的です」
「続いては、過酷な一般参加枠の予選を圧倒的な実力で勝ち上がった現役の魔導軍将校! がっしりと鍛えられた鋼の肉体と知的な眼差しを持った本物の戦士、ヤシヌ・シャイエ土熊陸軍大尉!」
「そして、帝国勢唯一の準決勝進出者! 帝国魔導士官学校の紅一点! 帝国では、あの『深淵』ことアインズィードラ魔導元帥からの指導も受けたという帝国の秘密兵器! ドロテーア・フォン・ボルヒャルト選手! 青い髪ですが火属性魔法の使い手です」
「遅くなってすみません!!」
——その時、サロンの重厚な扉が開いて、ブランシェたち四人の少女がなだれ込んできた。何やら言い争ってるようだ。
「わたくが関係者としてブランシェと同席すると、さっきから言っているでしょう!」
「だからぁ、あなたはぁ関係者じゃないから入れないってぇ、さっき儀典官に言われてましたでしょぉ?」
恤兵部の一年生が、五大星公爵家の令嬢二人も連れだって現れるという異常事態。その後ろで、ポーラが青くなりながら着いてきていた。
「おおっとぉ!? そして最後は、今大会の台風の目! 恤兵部代表が準決勝へ進出するのは史上初となります、ブランシェ選手です! ……なんと! 他の三名が凛々しい制服姿に身を包む中、彼女だけが夜の舞踏会のようなドレスアップを披露しています!」
会場の視線が一点に集まる。
五年生のアンヌは、微塵の乱れもないアンヴァリッドの制服である黒シルクのローブを纏い、岩のように動じない。帝国のドロテーアもまた、機能美を極めた深緑のジャケットに金の肩章が付いた自国の士官学校制服に身を包み、興味深そうにブランシェを値踏みしている。そして明日の対戦相手のヤシヌ大尉は、略綬章が鈍く光る重厚なカーキ色の陸軍の軍服姿。
その三人のガチガチの空気の中に、ふわふわとした淡い紫のドレスに身を包んだ、幼い体躯のブランシェが迷い込んでいた。
「……ケッ! なんか勘違いしてる奴が一人いるようだが。ここは社交界のパーティー会場じゃないんだぞ。しかも遅れて来やがって!」
解説席のバティスト中佐が、吐き捨てるようにマイクへ声を乗せた。その言葉は風魔法の波に乗り、オロール中の送話器から流れ出す。
「ソルセルリーリヴァルを、着せ替え人形の発表会とでも思っているのか? さすが平民の恤兵部だぜ! 底の浅さが知れるというものだ。戦う覚悟すらできていない小娘を、明日ヤシヌが再教育してやることになるだろうよ」
中佐の嘲笑を浴びながら、ブランシェはきょとんと首を傾げた。雪のような髪に留められた赤いヘアピンが、シャンデリアの光を反射してルビーのように輝く。
「——っ、叔父様!!!」
叔父のあまりの無礼な言葉の数々に、喉が千切れるほどの叫びが、セリアの口から弾け飛んだ。そのまま猛り狂ってバティストのところへ突撃しようとしたが、さすがに茶話会を主催する式部卿府の儀典官に制止され、慇懃に退出を促される。
「……いいえ、中佐。私にはそうは見えません! 見てください、この会場の空気の変化を!」
マテューが立ち上がり、集音器を抱え込むようにして、目の前の光景を見えない聴き手に伝えるため言葉を紡ぎ始めた。
「本来、このソルセルリー・リヴァルの前夜茶話会は、戦いを前にして静謐な心と選手同士の親睦を誓うための、極めて高潔な儀式のはず! 軍服や制服……それは確かに戦士の誇りですが、同時に『拒絶』の側面もあります。しかし、見てください! ブランシェ選手の装いを!」
送話器から流れるマテューの声が、興奮で一段と高くなる。
「儚げな淡い紫のドレス。それは戦場に咲く一輪の花、あるいは荒れた心を静める夜の静寂! 今日、彼女はここへ戦いに来たのではない、この場を慈しみに来たのだと言わんばかりの、あまりに完璧な『もてなし』の装いではないでしょうか!」
マテューの紡ぎだした熱弁は、空中送話器を聴いている恤兵部の生徒達や、平民が圧倒的多数を占めるオロール市民の心に染みていった。中佐の「勘違い」という言葉が、逆に彼の心の狭さを露呈させる皮肉な結果となった。
「……チッ、言葉遊びが過ぎるぞ、マテュー」
苦虫を噛み潰したような中佐を無視し、マテューは確信に満ちた声で続ける。
「幼さの残るその体躯が、今この瞬間、会場の誰よりも大きく、神々しく見えるのは私だけでしょうか! これこそが、恤兵部という『癒やしの魔導』を目指す者が示す慈愛の姿! 彼女は今日、ただ服を着替えたのではない……この茶話会の格そのものを、一人で引き上げたのです!」
茶話会の会場から締め出されて扉の外で立ち聞きしていたポーラは、
「マテューさん……っ! わ、私感動しました……」
と涙を流して拍手をし、その隣でセリアは、
「私が選んだんだから当然よ。マテューとかいったわね……気に入ったわ」
と怒りを忘れて、満足げに腕を組んでいた。
一方、不機嫌そうに腕を組むバティスト中佐の向かい側で、ブランシェは、マテューの熱弁などどこ吹く風。目の前の皿に山盛りになった色とりどりの焼き菓子を、幸せそうに頬張っていた。
「むぐ……このマカロン、すごく美味しい……」
「まともに魔法戦闘をして勝ち上がってきた諸君らには、最大の敬意を表する。しかしながら、ルールの範囲内とはいえ、インチキみてえな魔法でまともに戦ってねえやつが一人いるようだが……」
——サリサリサリ。マカロンを齧るブランシェの咀嚼音だけが、静まり返った会場に響く。
「おい! 貴様に言っているんだぞ、恤兵部の一年生!」
バティスト中佐の怒号が会場に響き、実況のマテューが深刻にさせまいと、少しおどけた調子で
「おっとぉ! 中佐のボルテージがいきなりマックスだぁ!」
と集音器に叫ぶ。
「……ふぇ? な、なんです? まだ食べてる途中なんですけど」
口の周りにマカロンの粉をつけたまま、ブランシェが深紅の瞳をぱちくりさせる。その幼い体躯と緊張感のなさに、中佐の額に青筋が浮かんだ。
「貴様のような平民の小娘がここまで勝ち残るなど、万に一つもありえん! 先の試合も見たが、まともな魔法の痕跡すら残っていない……。何か帝国仕込みの、軍でも把握していない卑劣な『インチキ』を使っているんだろう!」
「インチキ……? 私、一回戦からインチキなどしたことはありませんけど……。それは、私に敗れた選手まで侮辱してることになりませんか?」
ブランシェの深紅の瞳が、スッと細まり、それはまるで二本の血の筋のように見えた。
彼女がバティストに視線を向けた瞬間、部屋の空気が一変した。中佐の肌という肌が粟立ち、頭のてっぺんから爪先まで、冷たい電流が駆け抜ける。肺が押し潰されたように呼吸が止まり、カチカチと奥歯が震えた。
(なっ、なん……だ……こいつの圧は。こ、この感覚は……!?)
バティスト中佐の脳裏で、本能の警報がけたたましく鳴り響く。かつて遭遇した黒瘴龍と対峙した時と、全く同じ感覚だった。一歩後ろへ下がろうとした足は、まるで床に縫い付けられたように微動だにしなかった。
「ブ、ブランシェちゃん、ルテが冷めちゃいますよ! さ、さあ皆さん、時間も押してきましたので明日の試合への意気込みなどを順番に聞いていきたいと思います! まずはこの大会の常連と言っていい、昨年の覇者アンヌさんからどうぞ!」
(こ、怖ええ! あれがブランシェちゃんの本気かよ……! 馬鹿中佐のせいで雰囲気台無しじゃねえか……)
「はい。皆さん素晴らしい魔導師の方ばかりですので、昨年勝てたからと油断せず、これまで鍛錬してきたことを全力で出せればいいなと思います」
アンヌがマテューの意を汲んで、部屋の空気を入れ替えるような回答をしてくれる。
「さすが昨年の覇者、謙虚ですね。明日は帝国のドロテーアさんとの対戦になりますが、何か対策はお考えですか?」
「帝国の士官学校の皆さんとは、交流試合で何度か対戦したことはあるのですけど、皆さん強い方ばかりだったので、全力で頑張ります」
(アンヌちゃん! ほんとにありがとう!)
「ありがとうございました。実に王者アンヌさんらしい意気込みでしたね。さすがエトワールです」
「中佐から見てどうですか、アンヌさんの仕上がりは?」
「……俺は、アンヌとセリアの決勝戦が見たかったんだよ」
(知らねえよ! こうなると、馬鹿も一周回って微笑ましいな)
長い付き合いだからこそ心中で毒づくマテューは、良くも悪くも真っ直ぐな性格のバティスト中佐が嫌いではなかった。
「中佐。私情は挟まないで公平にお願いしますよ。では、第二ブロックを勝ち上がってきた帝国勢唯一の準決勝進出者! アインズィードラ卿から直に指導も受けたというドロテーアさん、どうぞ」
「よろしくー。帝国の奴ら全員負けちまったんで、決勝まで進んで爪痕だけは残したいねえ」
自信に満ちた強い瞳の奥に、獰猛な光が宿っていた。
「と、言うことは……既にアンヌさんの攻略法はできていると?」
「ああ、準々決勝で対戦したマチアスとかいう奴? ずいぶん弱かったからさ。王国のエトワールつっても、全然大したことなかったからさ」
「ええっ? ドロテーアさん、マチアスに勝っちゃたの!? あーあ、もう一回私とやるって言ってたのになあ……」
「何か失礼だなおい。……まあ、順当にいけばお前と決勝戦かもな」
ドロテーアは制服の胸元を少し緩めて「ふう」と息を吐きながら、ブランシェを顎でしゃくった。
「では、丁度流れがきてるようなので、第三ブロックをあれよあれよと勝ち上がってきた今大会台風の目、恤兵部の謎の編入生ブランシェ選手に移りたいと思います」
サリサリサリ……。
「ちょ、ブランシェちゃん?」
「ふぉんとに、ひゅめみふぁいです。がんばります」
「ぷっ! あはははははは! 腹痛てえ! さすがアインズィードラの爺さんに五年も連れ回されてただけのことはあるぜ。壮行会でも、爺さんこいつの話ししか、してなかったからな!」
ドロテーアが長靴の細い脚をテーブルの上に投げ出して、大笑いしだした。バティスト中佐が睨みつけるが、他国の人間である彼女にはどこ吹く風であった。
「先ほどから名前が出ております帝国のアインズィードラ卿についてですが! 聴き手のみなさんでご存知ない方に説明しますと、まず、年齢不詳。先々代の皇帝陛下から今上陛下に至るまで魔導元帥として仕えている人物でして、『深淵の隠者』の異名でも呼ばれている、魔導師の頂点と言ってもいい御仁であります!
そんな人物の元で五年も修行を積んだブランシェ選手を評して、なんとおっしゃってましたかドロテーアさん?」
「規格外だってさ。で、明日の決勝戦は必ず見に来るらしいぜ。こいつが決勝まで進むことは、微塵も疑ってなかったみてえだったな」
「もういいよこいつの話は! アインズィードラ卿って言ったって、もう相当な爺さんだろう? その爺さんと五年も田舎を回って、インチキ魔法を教わってきたわけか。だがな明日の対戦相手は現役軍人のヤシヌだからな。インチキは通用しねえぞ。もっともヤシヌの方でも、インチキ対策も立ててるようだしな」
バティスト中佐は、ブランシェに関する話題はもうウンザリといった様子で無理矢理話を終わらせた。
「わかりました。アインズィードラ卿の来訪の件は治部卿府が把握しているのか気になるところではありますが……では、お待たせしました! 第四ブロックを勝ち上がってきました昨年の準優勝者で現役の土熊陸軍大尉のヤシヌ・シャイエ選手です! 昨年に引き続き準決勝進出ですが、どうですか手応えは?」
「そうですね。昨年と同じくアンヌ選手と決勝戦になりそうですので、是非アンヌ選手には去年の借りを返したいですね」
ヤシヌは、まるで彫像のように不動の姿勢のまま淡々と語る。
「なるほど。準決勝の相手は、眼中にないと?」
「ないですね。既に対策済ですから」
短く刈り上げた頭髪と、冷徹に見える銀縁の眼鏡が、知的な計算高さを裏打ちしていた。
「ブランシェ選手への対策は、もう済んでいると?」
「ええ、完璧です」
「頼もしいねえ。さすが元魔導部出身者だ。万に一つも、恤兵部の奴に後れを取るわけがねえ」
バティスト中佐が、再び恤兵部を蔑む発言を蒸し返す。
(全く。こいつらときたら、何でこう傲慢で高圧的なんだろうなあ。ブランシェちゃんは次元が違うっていうのに、それすら気づいてないとは……)
マテューはバティスト中佐のことは憎からず思っているが、それでも貴族の傲慢さはどうしても滲み出るものなのだ。それほど彼らにとって、それは「当然のこと」なのだ。
「魔導部の後輩を応援したい気持ちもわかりますけど、ブランシェ選手も言ってみれば後輩でしょ?」
「いいや! 『魔導部に非ずんばアンヴァリッドに非ず』だ。卒業後も軍で将校と呼ばれるのは魔導部出身者だけだからな。恤兵部は所詮サン・トワール(不浄兵)だからな!」
(言っちまいやがった! 生放送で! 軍人貴族ってのはこんなのばっかだな。まあエトワールだから、何のお咎めもないんだろうな……)
その時、会場の空気がビリビリと震え出したような気配がした。
魔導ガラスの向こうで、セリアが鬼の形相でバティスト中佐を睨んでいる。
「いいですよ。『恤兵部に非ずんばアンヴァリッドに非ず』ってことを、明日、あそこの演武場で見せてあげますよ」
ずっと焼き菓子を食べていたブランシェが、バティスト中佐の言葉をそっくりそのまま叩き返した。
「いいぜ。明日、お前がヤシヌに勝てたら、恤兵部の一年全員に頭を下げて謝ってやるよ」
(よしっ! ここだ! 今しかない! 早く締めないと!)
「はいっ! 中佐、言質を取りました! ではお時間もきましたので、今のバティスト中佐のお約束で締めさせていただきます! それでは聴き手の皆様、明日、準決勝(第二十七試合)は正午から生中継でお届けです。それではまた!」
(ふうっ! なんとか無事終わった~。ほんとあの星持ちのボンボン勘弁してくれよ。会場が姪っ子に消し飛ばされるところだっただろ……)
会場の扉が開かれ、三々五々参加者が出てくると、中佐を今にも紫電で黒焦げにしそうなほど殺気立ったセリアが仁王立ちしていた。
「叔父様!!!」
「おう! なんだセリアか。どうした?」
「オロール中に聞こえてるのに、魔導部に非ずんばアンヴァリッドに非ずなんて発言、よくできましたね! それに……サン・トワール(不浄兵)だなんて……!」
セリアは会場から出てきたブランシェの姿を見て、怒りよりも身を焦がすような恥ずかしさと申し訳なさで一杯になってしまった。
「いいのいいの、セリア。それよりお菓子一杯もらったから一緒に食べよ」
「叔父様は明日、恤兵部のみなさんに謝る言葉を今から考えておいてください! 行きましょう、ブランシェ!」
「なあ、マテュー。あいつ、何をあんなに怒ってるんだ?」
心底訳が分からないというように、人差し指で頬をかきながらマテューに尋ねる。
(この御仁、全く悪気がないんだろうな。ほんとこういうとこ憎めないわ)
「セリア様だって、お友達を悪く言われればそりゃお怒りになるでしょ普通」
「セリアは五大星公爵家だぞ。友達もそれなりに選ばにゃならん。あの恤兵部の一年じゃあ相応しくないだろ」
今日ほど、心の底から明日が楽しみだと思ったことはないと、マテューはセクアナ川の水面に映るコロセウムの青い光を眺めた。




