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第三十九話 恤兵部二十一番目の生徒

「……い、いきなり触ったりするから。この先生、イゾラントと……その、同じってことですよね?」

 

 ブランシェはバタバタと振っていた手をやり場なく胸元で組み、所在なげに視線を彷徨わせた。

 

「一体、君は何者なんだね!?」

 

 気を失ったメシエを必死に支えながら、ギランはブランシェを睨みつける。

 

(いや、私のせいって言われても……。触ってきたのはそっちだし……)

 

 すると、昏倒したはずのメシエが、ガクガクと体を震わせて、いきなりカッと目を見開いた。

 

「……光が……真っ白な、何も見えないほどの光が見えました……」

 

 メシエは焦点の合わない瞳で虚空を凝視し、うわ言のように繰り返す。

 

「この生徒の魔力は……ゼロ。いいえ、沈黙者スィランスです……」

 

沈黙者スィランス……だと?」

 

 教官たちが失笑し、呆れたように肩をすくめる中で、オレリアン校長だけはデスクから身を乗り出し、食い入るようにメシエを見つめている。

 

「……メシエ君、今、確かに『真っ白な光』と言ったのかね?」

 

「は、はい……。何もかもを塗り潰すような、恐ろしいほどの白でした……」

 

「ふむ……」

 

 校長は満足げに、そして深く喉を鳴らした。

 

「ふふふっ、『深淵』め。やってくれるわ。……実に面白いじゃないか」

 

 メシエを介抱していたギラン副校長や他の教官たちがオレリアン校長に詰め寄ってくる。

 

「校長! 魔力のない生徒をどうするつもりです!」

 

沈黙者スィランスを入学させるなど前代未聞ですぞ!」

 

「やはり、この姿は魔力が枯渇した者の象徴」

 

「アンヴァリッドの権威に関わる」

 

 と騒ぎ立てるのを、校長は片手で制した。

 

「諸君、よく考えたまえ。メシエ君はなぜ倒れた? ブランシェ君がただの沈黙者スィランスなら、先生は欠伸をして終わりだったはずじゃないかね」

 

 校長は静かに、だが抗いようのない威圧感で告げる。

 

「分かっているよ。ある程度の秩序は守らねばならない。……ならば、彼女は恤兵部に編入してもらおう。あそこなら、君たちの言う『アンヴァリッドの権威』を汚すこともないだろう?」

 

 教官たちは「それならいいか」という雰囲気になる。

 

「ブランシェ君、希望に沿えなくてすまないが恤兵部でもいいかね?」

 

「あっ、はい。むしろその方が私にも合っていますし……」

 

(よかった……バレてないよね……)

 

「では、この話は終了だ。ブランシェ君は第二生徒館へ行って明日からの生活に備えたまえ。今日から君は恤兵部第一学年の二十一番目の生徒だ」

 

 オレリアンは椅子を回し、窓の外に広がる「栄誉の中庭」で魔法演習を行っている豆粒のような魔導部の生徒たちを見つめた。

 

(メシエを一瞬で昏倒させる魔力に、紫電の顕現者との宿縁、ふふっ、アインズィードラよ……貴様、この『ブランシェ』を使ってこのアンヴァリッドを、いや王国全体を一体何色に染めるつもりなんだ……)


 ◆◇◆


 ブランシェが教官室を出て、裏門側の第二生徒館へ向かおうと廊下を歩いていると、

 

「おい。……生きてたか?」

 

 廊下の陰に隠れて待っていたルシアンが声をかけてきた。

 

「ルシアン! 待っててくれたの?」

 

 驚きに目を丸くするブランシェに対し、ルシアンは気まずそうに顔を背けた。

 

「……別に。一度裏門に戻ったら、エティエンヌ先輩が心配だから見てこいって、それで……来ただけだ」

 

 そっけない口調とは裏腹に、その声には長い沈黙を破った時特有のわずかな掠れが混じっていた。

 

「ルシアンと同じ、恤兵部に編入になったよ。二十一番目の生徒だってさ。第二生徒館へ行って明日に備えておくようにって」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ルシアンの眉間の険しさがふっと和らいだ。隠しきれない安堵が口元をわずかに緩ませ、瞳にはさっきまでの焦燥とは違う、柔らかな光が宿る。

 

「……ふん、二十一番目か。恤兵部は二十番まででキリが良かったんだけどな、半端な奴が入ってきたもんだぜ」

 

 言葉こそぶっきらぼうだが、その声はどこか弾んでいて、彼は自分の喜びを振り払うように勢いよく歩き出した。

 

「第二生徒館の寮の部屋割りなんだけどさ、二人一部屋なんだけど、丁度女子が独りで入ってる部屋があるからそこへ入れてもらえばいいさ」

 

 ルシアンは一気にまくしたてるように言った。その淀みのない説明は、ブランシェが教官室にいる間、彼がどれだけ彼女の待遇を心配し、情報を集めていたかを雄弁に物語っている。

 

「……あ、そうなの? 良かった。第二生徒館へ行けとだけ言われたから、ちょっと不安だったんだ」

 

 ブランシェが心底ほっとしたように微笑むと、ルシアンは途端に決まりが悪そうに視線を泳がせた。

 

「勘違いするなよ、別にわざわざ調べたわけじゃない。……ただ、恤兵部の連中は噂好きだからな、嫌でも耳に入ってくるんだよ」

 

 煤けた腕章を直しながら、ルシアンは足早に歩いて行く。

 

「……いいかブランシェ、起床は五時だ。一分でも遅れたら、俺たち全員で裏門の掃除だぞ」

 

「ご、五時……」

 

「それから、来週の月曜。大講堂の壁面に全生徒の順位が浮かび上がる。それが『マルク・ド・ラン(序列の刻印)』だ。一番から四〇〇番まで……いや、今日から四〇一番だな。それを見たら、自分がこの学校の底にいることを嫌でも実感するぜ」

 

 ブランシェが黙って歩いていると、ルシアンはふと足を止めて、高くそびえる壁の向こうを指差した。

 

「さっきも通ったけど、あっちが第一生徒館だ。向こうには金ぴかの食堂があり、王宮から来たシェフがフルコースを作ってる。だが、俺たちの食堂も、教室も、演習場もすべて別だ。あっちの廊下に足を踏み入れるなよ。恤兵部が第一生徒館を汚したなんて言いがかりをつけられたら、退学じゃ済まないからな」

 

(なるほど、セリアはあそこにいるわけか……)

 

 ブランシェは懐かしい魔力反応を探ってみるが、数百ものワイヤーフレームが重なり合って見えるだけで、個人の特定まではできなかった。

 

 やがて二人の前に、無骨な石造りの建物が現れる。

 

「ここが第二生徒館。お前の新しい家だ。……安心しろ、一人きりじゃない。先客が一人いるからな」

 

 ルシアンが第二生徒館の重い扉を開けると、

 

「おかえりルシアン! その子が噂の二十一席目か!」

 

 という声が響き、廊下の左右にある部屋から、白いローブを着た生徒たちが次々と顔を出した。

 

「二十一席目? 本当にいたのか!」

 

「うわ、真っ白だ! 綺麗だな」

 

「雪の精霊かと思ったぜ」

 

 どやどやと廊下に溢れ出してきた生徒たちは、身長も年齢もばらばらだったが、一様に目が輝いていた。貴族の御曹司然とした魔導部とは対照的な、泥と薬草の匂いが染みついた白いローブ。そこに宿っているのは、選ばれた者の誇りではなく、毎日の労働で鍛えられた、どこか頑固な温かさだった。

 あっという間に、ブランシェは囲まれてしまった。

 

「おい、ブランシェが困ってるだろ。手続きで疲れてるんだ、散れ散れ!」

 

 と追い払いながらも、ルシアン自身もなぜか少し誇らしげにしている。人混みの中に小柄な少女を見つけると、大声で呼びつけた。

 

「おい、ポーラこっちに来い。お前の相方を連れてきたぞ、部屋まで案内してやってくれ」

 

 人混みをかき分けて現れたのは、ブランシェとほぼ同じ背丈の少女だった。ふんわりとした栗色の髪に、少し幼く見える丸い輪郭。はにかむように伏せられた睫毛が、彼女の控えめな性格を伝えていた。

 

「あ、えっと……ポーラ・アロイジアです。今日から、よろしくね」

 

 恐るおそる差し出された手と、ブランシェの視線がちょうど同じ高さでぶつかった。


「こちらこそよろしく。リエヴァン出身のブランシェです」

 

(なんだか、みんな暖かそうな雰囲気だな……。旧駐屯地跡か、古い石壁に染みついた汚れ、磨き甲斐があるじゃないか……ここが新しい『職場』か……)

 

「ここが、私たちが過ごす……その、お部屋だよ」

 

 ポーラが扉を開けて振り返る。同じ目線の高さで、二人の瞳が真っ直ぐ重なった。

 

「……ふふ、やっぱり。私と同じくらいだと思ってたの」

 

「私の予備の制服、一着貸してあげる。……ほら、サイズもきっと……ううん、絶対ぴったりだよ」

 

 ポーラが差し出してくれたのは、汚れ一つない真っ白なローブだった。受け取って袖を通すと、驚くほどしっくりくる。肩の位置も、指先が出る長さも、全部が彼女と同じ。

 

「……あ、似合ってる。やっぱり、私と背丈も、全部いっしょだね」

 

 ポーラは自分の胸元にある、蛇が二匹杖に絡みついた銀色の紋章をそっとなぞり、それからブランシェの胸元の同じ紋章を、壊れ物を扱うような手つきで整えてくれた。

 

「……ふふ、私たち、今日から双子みたい」

 

 ブランシェがローブを受け取る時、指先が彼女の丸い指先に触れた。

 その瞬間。

 凪いだ海の下に渦巻く、巨大な水圧のような、圧倒的な魔力がブランシェに流れ込んできた。


(何、この魔力!? ……今は無意識に閉ざしてるけど、とんでもない量だ……!)

 

「ねえ、ポーラはどんな魔法が得意なの?」

 

「えーっ、得意? 私は十歳の時、魔力測定ノブレスリットが水色だったけど……治癒と回復しかできないわ」

 

「そっか。……じゃあ、究極の水魔法が使えるようになるかもねっ!」

 

「きゅ、究極?」

 

「落ち着いたらやりましょ。……それより、、私これから行かなきゃいけないところがあるから」

 

「行かなきゃいけないって、どこへ?」

 

「第一生徒館よ」

 

「ええっー!?」


 ◆◇◆


 ――数分後、気づけば二人は第一生徒館の入口にいた。


 止める間もなくブランシェが歩き出したので、ポーラはローブの裾を掴んだままついてきてしまったのだ。

 

「ポーラさ、何でついてきたの?」

 

 ポーラは心細そうに、白いローブの胸元にある蛇の紋章を握りしめた。

 

「……だ、だってブランシェが心配で……」

 

 入口の寮監が目敏く二人を見つけて誰何してきた。

 

「何だ! 貴様ら!」

 

「恤兵部第一学年のブランシェです。魔導部のセリア・オレリア・ド・ルプスエトワールに取り次ぎをお願いします」

 

 さも何でもないような淡々とした調子で伝える。

 

「……っ! じ、恤兵部の生徒風情が、ル、ルプスエトワール家の御令嬢に面会だとっ! 駄目に決まっとるだろうがっ! 早々に立ち去れ!」

 

 第一生徒館の寮監を務める憲兵隊の下士官が、血管が切れそうになりながら怒鳴った。

 

「えーっ、友達に会いに来ただけですけど? 立入禁止なんだったらさっさとセリアに取次いでくださいよっ!」

 

「ブ、ブランシェ! 駄目だよっ! 捕まっちゃうよ」

 

 ポーラがブランシェの背中に隠れながら震えている。

 

「貴様! 何回言わせる! 立ち去れと言っとるだろうがっ!」

 

「だーかーらー、私は友達のセリアに会いに来ただけって言ってるでしょ!」

 

 入口で大声で言い合う寮監とブランシェの騒ぎを聞きつけて、魔導部の生徒たちが建物の窓から顔を覗かせ始めた。何人もが窓から顔を出し、ブランシェの真っ白な姿も相まって騒ぎがどんどん大きくなる。

 

「何だ、何の騒ぎだ?」

 

「何? あの子、髪が真っ白じゃないの!」

 

「恤兵部の一年だってよ」

 

(……計画どおりっ! これだけ騒ぎを起こせば、絶対セリアの耳にも入るだろう。そろそろ引き揚げるとするか……)

 

「じゃあ、もういいですよ! わからずや! 帰りますよっ!」

 

 ブランシェは一方的に話を終わらせるとさっさと帰ろうとする。

 

「なっ、待て! 貴様ら名前を名乗れ! 後ほど寮監部から教官部へ通告するから覚悟しておけっ!」

 

「さっきから名乗ってたでしょ! 恤兵部一年のブランシェですよ!」

 

「お、同じくポーラ・アロイジアで、ですっ!」

 

「ええ……っ。ポーラは名乗らなくてもよかったんじゃないの?」

 

「で、でもぉ……」

 

 涙目になったポーラは、ブランシェのローブの袖をぎゅっと掴んだまま呆然としていた。

 

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