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第三十七話 オロールにて

 中央にそびえる純白の塔が、この街の象徴である「星辰の魔導塔」。そして、その麓に輝く巨大なガラスドームが、ブランシェたちの旅の終着点、オロール中央駅ラ・スタスィオンだ。

 

 構内に滑り込んできた八脚馬の超豪華定期便は嫌でも人々の目を引く。ちなみに、王都から帝都アーヘン行きの帰路の際は、この馬車は『流星号メテオール』という呼称に変わるらしい。

 ブランシェは、駅のホームを覆う巨大な「魔導強化ガラス」と鋳鉄製の花や植物が曲線を描く天蓋を見上げながら、故郷へ帰ってきたことを実感していた。

 

(ここがオロールか……思えば、初めてだよな……)

 

「ブランシェ様。私たち、これからこちらのサロンでデジュネの予定ですの。ぜひご一緒にいかがですか」

 

 カロリーネが輝くような笑顔でブランシェを誘ってきた。完璧な笑顔だったが瞳の奥には有無を言わせない強い光があった。

 

(ガルケの女狐め、早速ブランシェ嬢を取り込みにきやがったな……)

 

「えっとぉ……。デジュネって……お昼ご飯のことですか?」

 

「そうですよ、ブランシェ嬢。私、オロール駅の安くてうまいコンクトワール(カウンター店)を知ってますんでそこで軽くどうですか?」

 

「ハ、ン、ス、さん。……あなたも一緒に行くのですよ」


 結局、ガルケ夫妻の「サロン」に連れられることになった。ハンスのコンクトワール案は、カロリーネの一瞥で跡形もなく消え去った。


 ガルケ夫妻に連れられてサロンの奥へ進むと、そこには「ル・ビュッフェ・ド・オロール」と呼ばれる、駅の喧騒から完全に隔離された黄金の扉があった。

 中に入ると、そこは駅の中だとは信じられないほど静謐な「サール・ア・マンジェ(食堂)」。高い天井からはクリスタルのシャンデリアが輝き、重厚な銀器の触れ合う音だけが心地よく響いている。

 

「わ、私、あの、少々持ち合わせがなくって……」

 

 ブランシェが青くなっていると、

 

「まさか! 私たちが、命の恩人にお食事も差し上げられない人種だと思われていたのが悲しいですわ……」

 

(どこまで白々しいんだ……。しかし、何で俺まで連行されるんだ……。まさか、伝声鏡の件か……)

 

 警戒するハンスを完全に無視しながら、カロリーネは目を細めて微笑んだ。

 

「本当にブランシェ様は可愛らしい方ですね……。後でお召し物も見繕いますので、付き合って頂きますわ」

 

 逃がすつもりなど微塵もない、完璧な淑女の微笑みだった。


 (どうなちゃうのかな、私。今日、魔法兵学校へ行けるのかな……)

 

 巨大な円卓を囲むブランシェたちの前に、燕尾服に身を包んだ給仕たちが音もなく現れる。彼らの動きは完璧に同期しており、まるで一つの意思で動く「滑走陣」のようだ。

 

「――皆様、本日のデジュネでございます」

 

 給仕長の合図とともに、銀色のクロッシュ(皿の蓋)が一斉に持ち上げられる。立ち昇る湯気は、まるで香りのカーテンだ。ブランシェの目の前には、絵画のように美しく盛り付けられた一皿が置かれた。

 

「これだ、このソースだ! オロールに来たという実感が湧くよ。ブランシェ殿、遠慮せず食べてくださいよ。あなたがいなければ私は今日、ここに居なかったのですから」

 

 と、ブルーノ・ガルケが上機嫌でワインを傾ける。

 

「ブランシェ様。今日はこのまま真っすぐ、魔法兵学校へ向かわれるのですか? もし本日ご宿泊の当てなどがないようでしたら、オロールの拙宅へお泊りいただきたいと存じます」

 

「あっ、はい……。師匠から、オロールへ着いたらすぐに魔法兵学校へ向かえと言われてますんで……」

 

「それは残念ですわ。じゃあ身の回りのものも、今日中に揃えなくちゃね」

 

「あっ、あの……。実は、今日は長いこと会ってない友達に会いに行こうと思っていて……。セリアっていうんですけど、たぶんオロールに住んでると思うんですけど……」

 

「いやいや、ブランシェ嬢、そりゃ無理ってもんですよ。一体オロールにどれだけ人が住んでると思ってるんですか」

 

「お友達のセリア様……ですか。お名前以外に、何か手がかりはありまして?」

 

「ルプスエトワール家のセリアっていうんですけど……わかります?」

 

「ルプスエトワールだって!?」

「ですって!」

 

 ハンスの声とカロリーネの声が、奇妙な和音となって食堂に響いた。

 

「……ルプスエトワール家のセリア嬢と言えば、五大星公爵家サンクエトワール筆頭の家柄で、王国史上初の『紫電』の顕現者……そんな方とご友人……?」

 

「本当に……。ブランシェ様には驚かされますわ……。これほどの縁、ただの食事だけで終わらせては、ガルケ商会の名が廃りますわ……。ふふ、覚悟していただきますわね?」

 

(あちゃー。ブランシェ嬢、天然なんだから……。駄目だよ、女狐の前でルプスエトワールなんて名を出しちゃ……)

 

「ブランシェ様、差し出がましいようですが、それであればお屋敷へ行かれても無駄ですわ。御令嬢様は魔法兵学校の寮にいらっしゃるはずですもの」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「確かに。創立以来、どんな大貴族といえども魔法兵学校の生徒は全員寮に入る決まりらしいですよ。なにしろ、現ロスナーサ王も学生時代に入寮したそうですからね」

 

(それなら話が早いな。すぐに兵学校へ向かわないと。……しかし、ガルケ夫人がこのまま解放してくれるのかな……)

 

 給仕長がデザートを運んできた時、サロンの重厚な扉が急きょ開かれた。

 現れたのは、仕立ての良いフロックコートを着た初老の男だった。真っ直ぐにカロリーネの元へ歩み寄る。

 

「……あら、マイヤーさん。一体どうしましたの?」

 

 カロリーネが驚きでフォークを置く。

 マイヤーは短く一礼すると、カロリーネの耳元で何かを囁いた。

 楽しげに笑っていたカロリーネの顔から、すうっと温度が消えた。

 跪いたマイヤーの耳打ちを数秒、無言で受け止める。

 

「……無粋ね」

 

 ポツリと零された独り言には、先ほどまでの甘さは微塵も残っていなかった。

 

「あら……。わたくしとしたことが、世俗の騒がしさをここまで持ち込ませてしまいましたわ。教育が行き届いていなくて恥ずかしい限りです」

 

 カロリーネは立ち上がり、ハンスの傍まで来ると耳元で、

 

「……例の『あれ』。せっかちなパトロンがせっついてますの。一旦今日、私に預けてくれませんこと?」


(……やられた! これがガルケ商会のやり口か)

 

 外堀を完全に埋められたハンスには、カロリーネの言う通りにする以外の選択肢などあろうはずはなかった。

 

「ブランシェ様、水を差されましたわ。わたくしの時間を邪魔するなんて、よほど無粋な商談のようですこと」

 

 カロリーネは忌々しげにマイヤーを睨んだあと、ブランシェに甘い微笑みを向けた。

 

「魔法兵学校へはハンスさんに案内させますわ。マイヤーからガルケ商会の小切手をお渡しておきますので、必要なものは全部それで揃えてくださいな。続きはまた今度……約束ですわよ?」

 

 颯爽と食堂を後にするガルケ夫妻を見送りつつ、ブランシェとハンスはついさっきまでの異常な空間から抜け出せたことを二人で喜び合った。

 

(助かった……)

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