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第二十四話 紫電

「――我が娘が、『沈黙者スィランス』であっただと!」

 

 王都オロールの一等地を占める、ルプスエトワール家の豪奢な屋敷の書斎。その重厚な空間に、当主ジャン・バルトロメ・ド・ルプスエトワールの怒声が雷鳴のように響き渡った。

 

「はい……。お嬢様の触れられた魔力鉱石イゾラントは光を放たず、完全に透明なままでした……」

 

 執事のメートルは申し訳なさそうに頭を下げ、その絶望的な事実を伝えた。

 

「兄貴。そんな大声を出さなくてもいいんじゃねえか? 廊下にまで響いて、セリアに聞こえちまうぜ?」


 書斎のソファに腰かけていた男が、やれやれと肩をすくめて窘める。セリアの正式な魔力測定ノブレスリットを控えて、身内だけの秘密試行プレテストに駆けつけていた、当主バルトロメ公爵の弟バティスト・レイナールだった。

 

「ふん! 能天気なやつめ。バティスト、これが我が公爵家にとってどれほど緊急事態かわかってるのか?」

 

「何かの間違いじゃねえのか、メートル? その石っころが不良品だったとか?」

 

「滅相もございません……。こちらは最高品質のイゾラントで、憲兵隊の正式なノブレスリットでも使用されるものと全くの同等のものでして……」

 

「ちょっと貸してみろ」

 

 バティストは魔力遮断の手袋をはめると、イゾラントを窓から差し込む陽光の光に透かしてみたり、指先でくるくると弄んだりした。だが、鉱石は、確かに傷一つない本物だった。

 

「……なんとかせねばならん。十五歳で王の御前に出る『星冠叙爵の儀』までには、絶対にだ」


 バルトロメ公爵は青白い顔のまま、書斎の床を激しい足取りで行ったり来たりしながら、爪を噛んで低く呻いた。

 

「もし、王の前で五大星公爵家の直系が『沈黙者スィランス』などという恥さらしな姿を露呈してみろ! 名誉ある我がルプスエトワール家の名誉と権威は、一瞬にして地に堕ちるのだぞ……っ!」

 

「そう深刻になるなよ、兄貴! ――よしっ、俺がもう一度、セリアの部屋へ行って直接確かめてきてやる!」

 

 言うが早いか、バティストはソファから立ち上がり、風のように書斎の扉を開けて出て行ってしまった。

 

「……あの馬鹿は放っておけ。メートルよ、急ぎ対策を練らねばならん」

 

 バルトロメ公爵は歩みを止めると、執事のメートルを鋭く見据えた。その瞳には、父親としての情愛など微塵も存在せず、ただ冷酷な政治家としての異様な光が宿っていた。


「確か……傍流に、セリアと同年代の使い物になりそうな娘がいたな。……最悪の事態にも備えねばならん」

 

「さ、最悪と申されましても……っ! 公爵閣下、セリア様は、亡き奥方様の唯一残された忘れ形見。ゆ、ゆめゆめ、そのようなことをお考えになっては……」

 

 メートルは、この冷徹な主人が、血の繋がった我が娘を闇に葬ってまで、「家名の存続」を考えていることに、全身に鳥肌が立つのを抑えきれなかった。

 

「兄貴ぃ! 光った! 光りやがった!」

 

 バタバタと騒々しく足音を荒立て、先ほど出て行ったばかりのバティストが、興奮で血相を変えて書斎に入ってきた。

 

「何事だ、バティスト! 廊下にまで響くと言ったのはお前だろう!」

 

「だから、イゾラントが光ったんだよ! さっきセリアの部屋へ行って、もう一回だけこの石っころを強く握ってみろって渡したんだ!」

 

「見せてみろ……。 ――ふん、何を言うかと思えば。どこも光ってなどおらん。完全に透明なままだぞ」

 

 バルトロメ公爵は弟の手からイゾラントを引ったくり、片目を細めて凝視したが、最高品質の鉱石は冷ややかに澄み切ったままだった。

 

「そんなはずはねえ! さっき、あいつが握った瞬間に確かに一瞬だけ光ったんだよ! ――『紫』にな!」

 

「……む、『紫』だと? だが、現にイゾラントは透明のままだぞ!」

 

「うむむっ! 俺じゃなきゃ見逃しちまうような一瞬だったからな!」

 

「お前も知っての通り、イゾラントは一度感知した測定結果を一定時間その内部に留めて発光させる性質がある。一瞬だけ光ってすぐに消えるなど、法則上ありえん。お前の見間違いだ」

 

 兄弟二人は、机の上で一個の魔力鉱石を奪い合いながら、激しく言い争いを始めた。

 

「……し、失礼ながら。当ルプスエトワール家の執事として、お二人に申し上げたき儀がございます」

 

「何だ、メートル?」

 

 永年にわたり公爵家に忠義を尽くしてきたメートルが、いつになく改まった、覚悟を決めた物腰で一歩前へと進み出た。そのただならぬ雰囲気に、言い争っていた兄弟もピタリと動きを止めた。

 

「実は私は……若い頃、帝国にて武者修行をしておりました。その際、幸運にもアインズィードラ閣下に直々に手ほどきをしていただいた経緯がございます」

 

「ほう。あの――『深淵の隠者』アインズィードラ卿にか。確か、数年前のレイモン王子の誕生祝いに来賓した卿と会ったことがあるぞ」


 バルトロメ公爵は驚きはしたものの、それが娘の「沈黙者」問題とどう関係があるのか分からず、さほど興味なさそうに顎を引いた。

 

「御意にございます。その修行の折、閣下は私にこうおっしゃられました。『仮に測定器によって非導体ニヒト・ライターと判別された者であっても、中には、生まれ持った魔力が強大すぎるが故に、回路が自らを守るために(絶縁)を起こして閉じ込めてしまっているだけの者がいる。いくら既存の装置を使おうとも、人間の内なる真実は計れぬものだ』と。……ああ、非導体というのは王国でいう沈黙者スィランスのことにございます」

 

「おいおい! ってことは、セリアがその『絶縁体』だってえのか? メートル!?」


 バティストが身を乗り出す。一方で、バルトロメ公爵は執事の昔話に完全に退屈した様子で、不快そうに声を荒げた。

 

「話が見えんな。それが事実だとして、だから今更何なのだ?」

 

「はい。アインズィードラ閣下は当時、その特殊な『魔力の絶縁状態』を解除し、正しく治療する術を心得ていると、確かにおっしゃられていたのでございます」

 

「おいおいおい! 本当かよメートル! だったら話は早い、すぐに荷物をまとめて帝国へ出発だ!」

 

「馬鹿も休み休み言え!!」


 バルトロメ公爵は机を激しく叩き、弟のあまりにも浅慮な発言に怒髪天を突いた。


「我がルプスエトワール家の恥は、そのまま王国の恥だぞ! 我が公爵家の直系が沈黙者かもしれないという致命的な醜聞を、わざわざ他国の重鎮へ自ら宣伝しに行く馬鹿がどこにおる!」

 

「だから、セリアに聞こえるって! そういう声の大きさが一番危ねえんだぞ、兄貴!」

 

「公爵閣下。なれば……これは私の一存による、完全なる『極秘の個人旅行』という形で、裏で密かに進めるというのはいかかでしょうか? セリア様への正式なノブレスリットの期日までは、まだ猶予がございます。それまでに帝国のアインズィードラ閣下の元へセリア様をお連れし、その絶縁を治していただくのです。……正式な測定の日に、立派な結果さえ示せれば、どんな噂も全て綺麗にかき消されましょう」


 バルトロメ公爵は歩みを止め、冷徹な政治家の目で執事を見つめた。しばらくの沈黙の後、彼は感情の消えた声で、ポツリと告げた。

 

「……極めて少人数で、完全なる極秘裏に行われなければならん。そして――道中、何が起きようとも、私は一切預かり知らぬことだ。形の上では、お前が我が公爵家の娘を勝手に連れ出した『誘拐犯』ということになるが……それでも行くか、メートル」


 我が娘の命や安全よりも、家名に傷がつかないための免責を最優先にする父親。

 メートルはその冷酷な言葉に胸を締め付けられながらも、深く、深く一礼した。

 

「――御意。すべては、ルプスエトワール家の未来のために!」


 ◆◇◆

 

 その日の深夜、夜陰に紛れて、セリアの静まり返った寝室にバティストがこっそりと足を踏み入れた。

 彼が暗闇の中でそっと手をかざすと、指先から灯った小さな炎が、ベッドで横になるセリアの端正な横顔を優しく浮かび上がらせた。

 

「……よかったな。メートルの手回しのおかげで、早速、明日の明け方には帝国へ立つそうじゃねえか」

 

 バティストは、いつもの不真面目な口調とは裏腹に、心配そうな眼差しでセリアの顔を覗き込んだ。その幼い横顔には、あまりにも早くこの世を去った彼女の母親、オレリアの気高き面影が色濃く残されていた。

 

「……お父様は、私にこうおっしゃいました」


 セリアは眠っていなかった。シーツを胸元まで引き上げたまま、感情の消えた虚ろな瞳を天蓋へと向け、ぼつりと呟いた。


「『我がルプスエトワール家において、魔力を持たぬ沈黙者スィランスなど絶対に存在してはならん。帝国での治療から戻っても元のままであるならば、そのまま生涯を修道院で過ごしてもらう』と……」

 

「なっ……! クソ、兄貴の野郎……っ」


 バティストは思わず苦渋に満ちた表情で言葉を詰まらせ、拳を握りしめた。

 

「あ、兄貴の奴はな、その……背負っちまった『五大星公爵家』っていう重すぎる家名のせいで押し潰されそうになって周りが何も見えなくなってるだけだ! 俺が……俺が絶対に、そんなことはさせねえから! だからお前は、ばっちり魔力を取りもどして帰ってこい!」

 

「……叔父様は、本当にお優しいのですね」


 セリアはベッドの上でゆっくりと身を起こすと、濡れた双眸で真っすぐにバティストを見つめた。

 

「まるで、本当のお父様みたい。……叔父様が私のお父様だったら、どんなによかったかしら……」


「――っ」

 

 涙ぐんで自分を見つめてくるセリアのその瞳は、かつてのオレリアの姿にあまりにも生き写しだった。

 ――兄バルトロメとの婚礼が正式に決まった、あの、遠い昔の哀しい夜のオレリアに。

 

「ば、ば、馬鹿なことを言ってんじゃねえよ。お前は……っ」


 バティストは、自身の胸の奥底で消えずに燻り続けていた「過去の情念」を必死に振り払うように、わざとらしく大声を上げて後ずさりした。激しく動揺する胸を隠すように、足早に部屋の扉へと向かう。

 

「そ、それじゃあな! 俺は立場上、今回の旅には付いていってやれねえが……。メートルはああ見えて凄腕の魔導師だ。安心して行ってこい」

 

 バティストはそれだけを捲し立てるように告げると、逃げるように寝室を後にした。


 ◆◇◆


 まとわりつくような潮霧に視界を閉ざされた、真夜中のアンファングの港。

 その静寂を破るように、一隻の小さな漁船が滑り込んできた。船は人目を嫌うように港の中央を避け、突堤の影へと身を潜めるように接岸した。


 そこには、潮に洗われた石段が数段だけ顔を覗かせている。

「……セリア様、足元が滑ります。どうか、ご注意を」

 執事メートルが細心の注意を払いながら、令嬢の身体をしっかりと支えて石段の上へと慎重に導く、続いて従僕とみられる若者、そして侍女らしき女性が下船してきた。

 通常の入国ルートを一切使えないセリア一行は、王国の北側から海路を、漁船に偽装した船で荒波を超え、丸一日がかりでようやく帝国へ到着したのだ。

 

 メートルが先頭に立ち、手にしたランタンの灯りで足元を照らしながら、陸に向かってゆっくりと歩き出した、その時だった。

 

「――止まれ(ハルト)!」

 

 霧の向こう側から、夜警らしき男の鋭い誰何の声が響いた。

 

「これは、お役人様。夜遅くまでお役目ご苦労様にございます。何卒、良しなに……」

  

 メートルは卑屈な笑みを浮かべながら、男へ近づき、懐から銀貨が詰まった革の小袋と木製の割符を手渡した。

 男は、受け取った小袋の重さを確かめると、自身の懐からもう片方の割符を取り出し、二つの木片を嚙合わせた。カチリ、と狂いなく嵌る。男は満足そうに深く頷くと、港の検問所から少し離れた、寂れた倉庫街の裏手へと一行を案内した。


 そこには彼らのために手配されていた、行商人を装った幌馬車が静かに佇んでいた。

 腐敗した帝国においては、十分な賄賂さえ払えば大概の不法入国や犯罪行為はすべてまかり通る。

 

 従僕の若者が御者台に飛び乗って手綱を握り、メートル、セリア、そして侍女の三人が幌馬車の薄暗い荷台へと乗り込んだ。

 

「セリア様、堅い板敷きで申し訳ございません。……道中は私の風魔法で車体の振動を防ぎます故、ご辛抱ください」

 

 メートルが御者の若者へ向けて小さく合図を送ると、行商人になりすました馬車は、南の帝都アーヘンを目指し、夜霧の中を静かに出発した。


 ――しかし、悲劇は唐突に訪れる。

 

 港を離れてしばらく南下し、街道沿いに広がる暗い森の入口に差し掛かった辺りで、馬車が急停止した。

 

「メ、メートル様……っ! 前方に何やら、臨時の検問所のようなものが設置されています!」


 御者台の従僕の若者が、取り乱した声を荷台へと響かせる。


「検問だと……? 辺境の憲兵か? いや、こんな真夜中に不自然な……」

 

 メートルが不審に思い、荷台の幕から前方の様子を覗き込んだ。

 そこには、赤々と燃える松明を掲げた、武装した集団が街道を完全に塞いで立ちはだかっていた。

 各々が甲冑まで纏っている。総勢で十名以上はいるようだ。

 

「我らはデュルンシュタイン辺境伯領の下級騎士ミニステリアーレである! 現在、不審な密輸を取り締まるため臨時の検問を行っている!」

 

(……ミニステリアーレだと!? 野盗もどきの下級騎士か。厄介な奴らに絡まれたが仕方がない。いざとなったら……)


 メートルは一瞬で覚悟を決めると、馬車から降り、男たちへと近づいた。

 

「これは騎士様。夜分にご苦労様にございます。私どもは旅の商人でございまして、アーヘンまで急ぎ商品の仕入れに向かう途中でございます。……どうか、この銀貨で見逃していただけませんか?」


 メートルが差し出した小袋を、武装集団のリーダーらしき男が冷ややかに見下ろした。男の額から右目の下にかけて、縦に大きな青い痣が刻まれている。

 

「銀貨だと? ……まあ、それもいただくが、こっちが用があるのは馬車の『積荷』の方だけどな!」

 

 青痣の男が合図を送った瞬間、周囲を囲んでいたミニステリアーレたちが、一斉に馬車へと襲いかかってきた。


「がはっ……!?」

 

 最初の一撃だった。御者台にいた従僕の若者が、抵抗の間もなく鋭い剣で喉元を深く切り裂かれ、鮮血を噴き上げながら地面へと転がり落ちた。


「セリア様、中に!!」

 

 荷台から猛然と飛び出したメートルの前に、瞬く間に三人のミニステリアーレが肉薄し、剣や斧を容赦なく振り下ろす。

 しかし、メートルの瞳が、戦鬼の如き鋭い光を放った。

 

「――『ラズワール・ドゥ・ヴァン(断空の剃刀)』!!」

 

 メートルの放った風の刃が一閃し、夜の闇を裂いた。


 ――ザシュゥゥゥンッ!!!

 

 凄まじい風切り音と共に、突撃してきた三人の頸が、一瞬にして空中へと舞い上がった。

 それは、空気を極限まで圧縮し、極細の線状にして超高速で射出する攻撃魔法。分子レベルで密集した空気の塊が、剃刀のように三人の頸を切断したのだ。


 ドサドサと、首を失った甲冑の巨体が地面へ崩れ落ちる。

 

「ひ……っ! やべえぞ、お頭ァ! こいつ、ただのジジイじゃねえ! 魔導師ですぜ!」


 メートルの圧倒的な風魔法の前に、ミニステリアーレたちが恐怖で色めき立ち、次々と後ずさりしていく。

 しかし――お頭と呼ばれた男は「にやり」と不気味に笑うと、ゆっくりと懐から取り出した奇妙な形をした『笛』を吹いた。

 

「ゴルゥゥアアアッ!!!」

  

 次の瞬間! 前方の暗い森の中から、大気を激しく震わせるおぞましい咆哮を上げて、突如として森巨人トロールが二体現れた。

 その巨体は、幌馬車を優に超える高さで、一体が猛然とメートルに襲いかかり、もう一体がその巨大な拳を幌馬車へと振り下ろした。


 ――バキバキバキィッ!!!


 凄まじい破壊音と共に幌馬車は一瞬でバラバラに粉砕され、荷台の中にいたセリアと侍女は、飛び散る荷物とともに冷たい地面へと激しく投げ出された。


「セ、セリア様……っ!」


「お嬢様ァ!」

 

「ふははっ! どうやらタレコミの通り、大当たりのようだな!」


 青痣のお頭が歓喜の声を上げる。

 

「……させるか! ――『ラーム・インヴィジブル(不可視の刃)』!!」

 

 メートルの指先に空気が凝縮される「キイイイイン!」という高音が奏でられ、放たれた見えない刃がトロールの上半身を両断した。

 

「次は、お前だ……っ!」

 

 メートルが即座に馬車側の二体目へと照準を切り替えた、その刹那だった。

 上半身を断たれ、内臓をぶちまけて背後に倒れ伏したはずの一体目のトロールが、信じられない挙動でメートルの背後から襲い掛かったのだ。

 トロールの細胞は、切断された断面同士が驚異的な速度の超引力で引き寄せ合い、一瞬にして元の肉体へと完全再生していた。メートルの想像を遥かに超越した、人外の超回復能力であった。

 

 ――メキャッ、メキメキッ!!!

 

「ぎゃあぁぁぁあああ――ッ!!!」

 

 死角からの不意打ちだった。再生したトロールの巨大な拳がメートルの両足を容赦なく潰し、その身体を強引に地面へとめり込ませた。

 

「メ、メートル……っ!」

 

 セリアは目の前で起きたあまりにも凄惨な光景に、恐怖で喉を鳴らし、思わず目をそむけた。

 

「グルガァァ!」「ゴシャァッ!」

 

 その隙を、二体目のトロールが見逃すはずがなかった

 動けなくなった瀕死のメートルの上半身を、もう一体の巨大な足が容赦なく踏みつける。……ぐしゃり、と肉と骨の潰れるおぞましい音が響いた。

 もはや物言わぬ肉塊へと成り果てたメートルを、トロールはつまらなそうに地面からつまみ上げ、森の奥へと放り投げた。

 

 無残にも唯一の守護者を失ったセリアと侍女は、なす術もなく、十数名のミニステリアーレに囲まれたまま、二人は泥の中で身を寄せ合い、抱き合いながら絶望に身体を震わせるしかなかった。

 

 勝ち誇った青痣のお頭が、周囲の部下たちへ向けて冷酷な命令を下す。

 

「その女は連れて行って好きにしろ! ――ガキは金目の物を剥ぎ取るだけで、絶対に手を出すな! 大事な金ずるだからな! てめえは特にだ、レプゴー! もし手ぇ出しやがったらトロールの餌にするからな!」

 

 レプゴーと呼ばれた小太りの汚らしい男は、未練がましく、物欲しそうな視線でセリアを見つめ続けていた。

 

「帝国へようこそ。――マドモアゼル」

 

 青痣のお頭は、木箱に乱暴に押し込められたセリアを見下ろし、皮肉に満ちた言葉を吐き捨てると、バタンと蓋を閉めて頑丈な閂をかけた。


 ガチャン。

 

 完全な暗闇に閉ざされた木箱の底で、セリアは恐怖と、激しい悲しみと、理不尽な現実への絶望のあまり、気が狂いそうになる心を必死に抱きしめ、ただただ声を殺して泣き続けるしかなかった。

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