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第十三話 査察官

――『白銀の収穫祭フェット・ド・ラ・アルジャン』の当日、交易都市リエヴァンに、歴史に刻まれる「大奇跡」が起こった。

 

 東の地平線から夜明けの光が街へと差し込んだ、まさにその刹那。 リエヴァン全域が、まるで空間そのものが爆発したかのような、凄まじい白銀の光線に包み込まれたのだ。

 

 街中の窓という窓、広場という広場に設置された、反射率「九十九・九九パーセント」の鏡たちが、一斉に曙光を限界まで増幅して跳ね返した。それは『輝く』などという生易しい動詞で片付けられるような、生ぬるい現象では断じてなかった。数千、数万の太陽が同時に地表で産声を上げたかのような、網膜を狂おしく灼く「光の暴力」であった。

 

「……目がっ! 目がァーーッ!」

「ああ……女神アルビナ様が、私たちの街を黄金の光で染め変えられたぞ……!」


 リエヴァン市民がこれぞ真の神の奇跡だと涙を流して称え、後世の旅人たちが「太陽よりも眩しい奇跡の都市」と詩に謳った、伝説の収穫祭の幕開けであった。


 当然、夜明けとともに教会の内部でも、天地をひっくり返したような大騒ぎが始まっていた。街中から大聖堂へと照射される数千条の反射レーザーのせいで、石造りの広間はまるで真夏のような熱気に包まれ、神父や修道女たちは大急ぎで教会中から遮光用の色付き眼鏡をかき集めるための狂奔に明け暮れていた。  

 

 当の主犯であるブランシェはというと、自室のベッドの中で、文字通り泥のように眠り続けていた。

  

「ブランシェ! 起きなさい、早く! 街中が、大変なことになっているわよ!」

「……」

「もうっ! 仕方ない子ね、これほどの奇跡を前にして眠りこけるなんて! エヴィック様から大至急来るように言われているから、私は先に行ってるわね。いい? 目が覚めたらすぐに、大聖堂の礼拝に合流しなさいよ!」

  

 エミの呼びかけも、今の彼女の耳には心地よい雑音でしかなかった。

(……さすがにきつかった……。あれだけの鏡を一晩で仕上げるのは……結局、何千枚あったんだ……? 今日は……有給を、取らせてもらいます……)


 ◆◇◆


 一方、身支度を素早く済ませて部屋を飛び出したエミは、大司教エヴィックの執務室の重厚な扉を強くノックした。朝からだらしない孫娘の相手をしている間に、大至急執務室へ出頭せよという、切迫した使いの者がやってきたためだ。


「失礼いたします、エヴィック様。何か、緊急の御用でしょうか?」

「エミよ。よく来た。――実は、かなり大変なことになった」

「大騒ぎになっている、街中のあの鏡たちのことですか?」

 エミは、窓の外の狂気的な輝きと、大聖堂の方から響く信者たちの歓声に目を向けながら尋ねた。


「そんなことではない! 王都オロールの『王立魔法羈束局』の査察官どもが、教会の臨時調査のためにこのリエヴァンへ向かっているという極秘情報を、現地に潜ませてある我が教会の情報網『羽根プリュム』が掴んだのだ」

 普段はどんな修羅場でも沈着冷静を貫くエヴィックにしては珍しく、その声には明らかな狼狽が混ざっていた。


「羈束局が調査? それが何か不都合でも?」

「……詳しくはまだ分からんが、どうやら最近噂になっている『聖女伝説』に関する調査らしい。あと、これは未確認だが『教会の美少女』についても調査をするそうだ」

「聖女はわかりますが……美少女って何……ですか?」

 確かにブランシェは可愛らしいが、「美少女」と呼ぶにはまだ五歳で幼過ぎるのでは、とエミは本気で不思議そうに首を傾げた。

「と、とにかく! エミよ、お前は後で修道女たちに顔と髪に細工をしてもらえ! それから、すぐに打ち合わせを始める。ブランシェをすぐにここへ連れてこい!」

 きょとんとするエミをよそに、エヴィックが次々と指示を告げる。

「ブランシェだけは、徹底的に守らねばならん!」

「は、はい!」

 エミは事態の深刻さをようやく理解し、気を引き締めた。


(――と、いうわけで。有給休暇を強制返上させられ、文字通り叩き起こされて大司教の執務室へ連行されてきたわけだが……エヴィックさんの表情はかつてないほど真剣そのものだ)


 大人たちの深刻な会話から、ブランシェは現状を素早く把握した。どうやら、彼女が夜な夜な趣味と実益を兼ねて励んでいた「夜間時間外労働(ステルス清掃)」のせいで王都にまで噂が届いてしまい、本当に聖女が存在するのかどうかを確かめるべく、国家の役人が直々に査察にやってくるらしい。

 エヴィック大司教たちは何とかして自分を隠蔽し、誤魔化そうとしてくれているようだが、ブランシェの胸中には冷や汗が流れていた。


(……いや、待てよ。夜勤以外にも身に覚えが……あれかーっ! 広場の泉の排水溝が落ち葉やヘドロで完全に詰まって、ドロドロの汚水が周囲に溢れかえっていた時だ。元プロとしてあの不衛生な光景にどうしても我慢がならなくて、つい、『光子極限浄化フォトン・ピュリフィケーション』を発動させて排水溝をクレンジングしちゃったんだよなあ。あれ、完全に誰かに見られてたのか……)  

 

「よし。エミは今すぐ、ブランシェを孤児院の制服に着替えさせてくれ」

 エヴィックの指示の元、エミが傍らの修道女から、意図的にくたびれた着古しのチュニックを受け取った。


「いいかブランシェ、着替えながらよく聞きなさい」

 エヴィックが彼女の深紅の瞳をじっと見つめ、言い聞かせる。

「お前は今日、この教会に身を寄せるただの『貧しい孤児』のフリをするんだ。五年前、教会の前に捨てられていた名もなき赤ん坊、それがお前だ。つまり、銀翼教会にとってお前はさほど重要な存在ではない――という芝居を打つ。分かったな」


「……はい。わかりました」

 少々荒っぽくエミの手でチュニックを着せられながらも、ブランシェは素直に頷いた。大人二人の張り詰めた緊張感は痛いほどに伝わってくる。


 ――だが、着替えさせられている時にエミの顔を見上げたブランシェは、危うく吹き出しそうになった。

 明らかにエミの顔や手に絵具か何かで不自然な皺が描きこまれている。艷やかだった髪にも、誰かの白髪を無理やり混ぜ込んでいるようだ。

(……何やってんの、おばあちゃん?)

 

 そうこうしているうちに、ノックもそこそこに執務室に修道士が飛び込んできた。

「だ、大司教様! 王都から魔法羈束局のヴェルネ首席査察官がお越しになり、広場に臨時査察所を設営されました。大司教にすぐに来るようにとおっしゃっています!」


「ついに来たか……!」

 エヴィックの鋭い瞳に覚悟の光が宿る。

「エミよ、お前は儂と一緒に広場へ来てくれ。ブランシェは呼び出しがかかるまで、大人しく孤児院の部屋で待機しているのだ。いいな、事前の打ち合わせ通りに完璧な冷遇を演じきれば、中央の犬どもなどすぐに諦めて王都へ帰っていく」


「大丈夫よ、ブランシェ。おばあちゃんが命に替えても、あんたを必ず守り抜くからね……!」

(わかったから……あまりこっちを見ないでくれ……エミ。笑いそうになる)

 二人は慌ただしく部屋を出ていく。


(あーっ、苦しかった。エヴィックさんには内緒だが、実は俺なりの作戦がある。俺がここで『酷く虐待されている孤児』を演じれば、役人たちは『聖女がいるなんて嘘じゃないか』とあきらめて帰っていくんじゃないかってことだ。聖女を虐待している教会なんてないだろうからな。例の光子透過迷彩ステルス・マスキングを応用して、青白い顔色と痩せこけた影を作ってやろう。……呼び出しをくらった時が楽しみだぜ)


 ◆◇◆ 

  

 大司教エヴィックらが執務室で慌ただしく隠蔽工作の打ち合わせを始める、ほんの数刻前のこと。 朝日を浴びて狂気的に輝き始めたリエヴァンの東側城壁門に、一台の重厚な黒塗りの馬車が滑り込んできた。その頑丈な扉には、ロスナーサ王国を象徴する、「獅子の紋章」が深く刻まれている。


王立魔法羈束局きそくきょく首席査察官、ヴェルネ・グザビィエである! これより本街に対し、国家権限に基づく臨時査察を敢行する! たった今この瞬間を以て、リエヴァンにおけるすべての文官・武官の監督権は、現地代官より一時的に私へと委譲されるものとする!」


 馬車から降り立つなり、ヴェルネは傲岸不遜な声を周囲へと響かせた。あまりにも突然の激震に、城壁門を警備していた王国の不意を突かれた兵士たちは激しく混乱し、数名がすぐさま代官所へ向けて脱兎の如く走り出していった。


「直ちにすべての城壁門を閉ざせ! 街への一切の出入り、および物資の交易を無期限で禁止する!」


「ちょ、ちょっと待ってください、ヴェルネ首席! さすがにそれはやり過ぎではありませんか!? そもそも本件は局長閣下へ未奏上ですし、国王陛下の正式な裁可もまだ下りては……」


「ジルベール君! このような田舎の低級民への査察に正式な手続きなど必要ない! 全ては証拠が出てからでかまわんのだ!」

 

「しかし……もしも……何もなかったら……」

 

「心配性だな君も。何もないわけなかろう」

 ヴェルネは鼻で笑うと、街並みを見上げてその薄い唇を不敵に歪めた。


「見ろ、この街の異常な鏡の輝きを。既存の『普通魔導師オールドゥイネール』たちが操る拙い土魔法の研磨で、ここまでの平滑度へいかつどなど絶対に不可能だ。私の読み通り、やはりこのリエヴァンには、王国に不申告の高位魔導師が潜伏し、何らかの術式を広域展開している!」

 ヴェルネはそう確信に満ちた声で吐き捨てると、高級な「煙水晶」で誂えられた特製の遮光眼鏡を、その骨ばった陰険な顔へと装着した。そうして、数千の窓から容赦なく直射レーザーの如き猛烈な光を放ち続けるリエヴァンの街並みを、眼鏡の奥の鋭い眼光で忌々しそうに睨みつけるのだった。

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