モノローグ クララ
「天女団の教師をやってくれないか?」
「はぃいい⁈」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
アラシ司令の意図が読めず、私は戸惑ってしまう。
「別に学問を教えてほしいわけじゃない。外での暮らしとか、普通の常識を学ばせたいんだ。仲間達は軍事しか知らないし、俺も大差ない。生きていくのに、知識が偏り過ぎてるのはマズいんだ」
「……なるほど、分かりました。私ができる範囲でお教えします」
「頼む」
私の名はクララ・クローネ。依頼を受けてココに交渉にきたのだが、バカ傭兵団のせいで失敗し、軟禁の身となってしまった。
戦いぶりを見て分かったが、天女団は強くて恐ろしい。
またアラシ司令はエスパーで、その力は計り知れなかった。大人しくしていよう。
彼女らは傭兵団のアジトに攻め込むので、その情報が漏れないように、私は身柄を押さえられたのだ。
それでも事務所の所長と、毎日の通信は許されたし、食事はかなり良かった。
もう口にすることすらない高級品である。
タダ飯を食わせてもらってるのは心苦しいので、私は教師役を引き受けた。
……そして、後悔するのはすぐのことだった。
堅苦しく考えず、スマホで撮った写真はあるので、それを教材に教えることにした。
準備が整い、私は大会議室に案内される。中に入るなり、
「総員、起立! 気をつけ! 先生に対し――敬礼!」
私は大人数の挨拶に圧倒されてしまう。こんなにいるとは思わなかった
ざっと三百人はいるだろう。私は気を取り直して、なんとか壇上に立った。
「着席! それでは先生、お願いします」
「は、はい……」
頭が真っ白になりながらも、私は深呼吸してから声を絞り出す。
「皆さんは兵営生活を送ってますので、一般的な生活についてお話しします。基本、仕事をしたら労働対価としてお金をもらい、それで必要な物や欲しい物を買います。着物・食べ物・住居などですね。人や物が増えると、配給や分配が難しくなるため、交換手段としてお金が使われています。また価値の基準となり、希少な物には高い値段がつきます」
「なるほど、物流管理に限界があるわけか……」
「しかし、いちいち金を出して払うのは面倒だな」
「はい、国によっては医療・電車・水道などは無料のとこもあります。昔は紙幣と硬貨が使われてましたが、今はクレジットカードでの支払いがほとんどで、端末にカードをかざすだけで済みます」
「おお、それなら簡単そうだ」
「決済システムと銀行とやらが必要になるな」
女性達は、みんな真面目に耳を傾けていた。やはり軍人だからか。
ホムンクルスとはいえ、人には違いない。
人権がないのはおかしいが、今の宇宙で彼女らを認める者はいないだろう。
私は少し同情してしまう。
「日々の仕事は皆さんと大きく変わりませんが、より細分化されています。軍の代わりに会社がその役割を担っています。そして休日が定期的に与えられ、体を休めたり遊んだりします」
「娯楽ね」
「ええ、家では映画や音楽やゲームを楽しめます。また化粧をして服を選んで車で出かけ、カフェでアイスクリームを食べた後、デパートで買い物をして、レストランで美味しい食事をします」
「おおっ! 楽しそう」
私はスマホの画面をミラーリングさせ、後ろにある大型モニターに映して、詳しい内容を説明した。
動画を見せると、女性達は一斉に前のめりになり、ざわめきが広がる。
受けが良くて私はホッとした。
「春には桜を見る花見、夏には海で海水浴やシュノーケリング、秋は芋煮会にぶどう狩り、冬には雪山でスキーやスノーボードなど、季節のレジャーもたくさんあります」
「そんなものもあるんだ⁈」
「行ってみたいわ!」
みんな目を輝かせて、外の世界への憧れを抱く。
知らない世界を見て、胸を高鳴らせてるようだった。
場が盛り上がったのはいいが、期待させ過ぎてはまずいので、私は現実を突きつける。
「……皆さん、大変申し訳ないのですが、これは過去の話です」
「えっ?」
「宇宙が大災害に見舞われて以来、流通は途絶え、街は廃墟と化しました。人々はボロ服をまとい、配給や炊き出しに並ぶ生活を強いられています。物資は極端に不足し、治安も悪化して争いが絶えず、軍警察は何もしません。一部の惑星と富豪は裕福ですが、一般人は日々の食料を確保するだけでも大変です。これが今の世界です……」
廃墟や寂れた街をモニターに映すと、誰もが声を失ってしまう。
ビフォーアフターが逆で、良い状態から悪い状態になっている。
「マジか…………」
「嘘だろ…………」
「残念ですが本当です。この机にあるジュースと果物、皆さんが食べてるうな重や焼き鳥は、超高級品で口にすることすらできません。値段にしたら、バイク1台分になるでしょう。とても買えません。今この宇宙で皆さんは、大変恵まれてますよ」
「なんてこった! 昔の私達より酷いじゃないか⁈」
「ここが楽園で、外にはないのか……ショック」
「ざわ…ざわ…」
重苦しい雰囲気の中、みんながざわめき始めた。無理もない。
外界が楽園ではなく、地獄だと知れば平静ではいられないだろう
私は女性達の期待と希望を打ち砕いてしまった。しかし嘘は言えない。
「みんな、静まれ!」
東雲大尉が声を張り上げ、ざわめきは徐々に収まっていく。
皆の上官であるだけに、有無を言わせぬ凄みがある。彼女は時計を指して言った。
「貴重なお話をありがとうございました、クララ先生。とても興味深く、大変勉強になりました。お時間となりましたので、午前の授業はこれにて終了となります。どうぞご休憩ください。午後の授業も、よろしくお願いいたします」
「ええ」
「総員起立! クララ先生に敬礼!」
「「「ありがとうございました!」」」
私は終始圧倒されっぱなしだった。なんとかお辞儀をして、会議室から退室する。
軍隊では個人よりも集団が優先され、規律正しいのは分かるが、厳しくて私はとてもついていけない。
アラシ司令はこうした息苦しさを、少しでも和らげようとしているのかも。
見かけは少年だが、先見の明がある。敵に回してはいけないな、うんうん。
私は昼食をとった後、午後の授業に向かった。
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