モノローグ レイレイ2
とある高級ホテルの最上階。外には温水プール。
中にはスチームサウナと岩盤浴室があり、ネイルやヘアケア専用のブースも整えられている。
壁際には最新式の美容機器が整然と並んでいた。
ここは総合エステサロン――限られた富裕層しか入れない場所だ。
私はある人物と会うために、ここに来ていた。
奥のリラクゼーションルームに目をやると、アカスリの愛人がソファに座って、スマホをいじっている。
写真を投稿し、すぐに画面を更新していた。反応を待ちきれないらしい。
見栄っ張り女が求めているのは、羨望と「いいね♡」の数だけだ。
私は事前に女のSNSを確認していた。
投稿の傾向や好む言い回しを分析して、フォローしてからリポストと返信を繰り返し、『わあ、その宝石すごーい! めちゃくちゃ綺麗だわ』
『凄い高そう……羨ましいです』
とにかくおだてまくった。任務と割り切らないと、とてもやってられない。
書き込み中はイラついて、蕁麻疹になりそうだった。
その甲斐あって私は愛人に気に入られ、個人チャットで話せるような仲になっていた。
そしてついに直接会う約束を取り付けて、今ここにいる。
私は地味なスーツ姿で近づき、フリージャーナリストになりきる。
「初めまして、バービー・バキュームさん。レイレイです。今日も素敵なお召し物ですね」
「まあ、ありがとう! これ気に入ってるの。さ、座ってちょうだい」
バービーはすっかり気を良くし、係の者にティーセットを用意させた。
ほどなくしてテーブルに白磁のカップが二つ並べられ、紅茶が注がれる。
カップを手にして、私は匂いをかぐ。
「……とてもいい香りですね」
「でしょう? 分かる人には分かるのよ」
何でも自慢してくるので、反吐がでそう。
これは演技と自分に言い聞かせ、頭を空っぽにして女を持ち上げる。
バービーは満足げに微笑んでいるが、その奥には空虚さと寂しさが透けて見えた。
ホストクラブに入れ込む女と、どこも変わらない。
バービーの経歴は調べたので、親しい友人がいないのは分かっている。親兄弟は不明。
美貌とスタイルを武器に、いくつかの水商売を渡り歩き、やがて高級ホステスにまで上り詰めた。
上客に媚びるのが上手く、贈り物をもらっては、同僚に見せびらかしていたようだ。
「まーた、自慢してるわあの子。客とヤって、手に入れただけでしょうが!」
「いい気でいられるのも今のうちよ!」
同僚達は陰口を叩き、バービーを無視するようになった。そんな折、アカスリと知り合って男女の関係になったらしい。
もちろん不倫だ。相性が良かったのか、二人は密会を続けた。
そしてバービーは店を辞めて、議長の愛人となった。
最後まで同僚に自慢してたらしい。それしかできないのだから、哀れとも言える。
頃合いを見て、私は贈り物を差し出す。
「なるほど、記事を書くときの参考になります。お礼と言ってはなんですが、限定カラーのスカーフです。安物ですが、お受け取りください」
「まあ、嬉しい。このモデルは再生産していないのよ。安物なんかじゃないわ、とっても価値がある。有り難く頂くわね。お返しに私もプレゼントしましょう。どれがいいかしら、レイレイ」
バービーはそばに置いてた大きな袋から、大小様々な箱を机一杯に並べていく。
中には未開封の物もある。きらびやかな箱の中には、ブランド品や宝石が入っていた。
これも自慢するつもりで、用意してたのだろう。
「こんなに、たくさん。す・ご・い・で・す・ねー」
私は驚いたように見せて、あきれかえっていた。元は国民の血税だろう。
アカスリに対する怒りが再燃するが、なんとか抑えた。
「これ全部、彼氏さんからの贈り物でしょ? いただけませんわ」
「いいのよ。見るのも飽きたし、他にも部屋一杯あって処分に困ってるわ」
「そうですか、それでは遠慮なく貰います。できれば、最近の贈り物について教えてもらえますか?」
「いいわよ!」
バービーは喜んで話始めた。
私は適当に相づちをうちながら、アカスリの動向をさりげなく聞いてみる。
やはりどこかに引きこもったままで、外には出歩かずに過ごしてるらしい。
必要な生活物資は第三者を経由して、無人艦で運ばせてるようだ。
バービーは自分は関係ないとばかりに、各惑星のリゾートに一人で出かけてるようだった。
通い妻気取りなのだろう。
「それでは、これを頂きますね」
私は贈り物の一つを選び、なるべく触らないように自分のバックに入れる。
これをキャシーに送り届け、過去視で見てもらい、アカスリの居場所を探ってもらう。
また、渡したプレゼント箱にも発信器を仕込んでいた。
自分の宇宙船はあるので、あとはこっそりと付いていくだけ。私はどこまでも尾行するつもりだ。
「バービーさん、色々とありがとうございました。ココにはいつまで?」
「うーん……そろそろ戻らないと彼がうるさいから、明後日にはこの星を立つわ」
「そうですか、それではお別れですね。またSNSに――――⁈」
突然、ホテル内に警報が鳴り響く。地震? 火事?ではないらしい。
「なんだ、なんだ? 何事だ?」
「説明しろ! 責任者を呼べー!」
客達は騒ぎだす。しばらくしてから、館内アナウンスが流れた。
『非常事態が発生しました。お客様方、テレビかネットをご覧ください』
近くの大型モニターに人が押し寄せ、スマホで見てる者もいた。
映っていたのは、見たことのない国旗を背景にして、演台に立った軍服の男。
『本日、我々は中立惑星デルデルを掌握した。当星と保護条約を結んでいるはずの、共和国軍は現れず、諸君らの抵抗は無意味である。すでに我が艦隊は周回軌道を封鎖し、包囲網は完成している。この星から出ることは許さず、我らの指示に従ってもらう。これより先、デルデルはレガリア軍の統治下に入る!』
いきなりの占領宣言に、ホテルの上客達はパニックになる。
右往左往しながら、大騒ぎして収拾が付かない。戦争とは無縁の上流階級だからね。
「こんなの聞いてない!」
「共和国軍の役立たず!」
「上を見てみろ! 軍艦が飛んでるぞ!」
これは示威行動だろう。目に見える形で、抵抗を抑えるやり方だ。
軍人の私だけが冷静に、状況把握しようとしていた。しかし、レガリア軍など聞いた事がない。
ただ艦種を見る限り帝国製なので、地方の独立勢力なのかもしれない。
今の共和国にデルデルを守る力はなく、それを見越して奪いに来たのだろう。
このご時勢、軍隊を持たない国など、ただの獲物でしかない。
やれやれ、アカスリを追うどころではなくなった。ここは情報収集を……
「きゃあ! きゃああ! ぎゃあああああああー‼」
悲鳴を上げっぱなしのバービーが、ひどくやかましかった。
耳障りな金切り声が私の思考を邪魔する。仕方ないので、落ち着かせるしかない。
震える手を握りしめて、
「落ち着いて、バービー! 大丈夫よ、殺されたりはしないから、大人しくしてればいいのよ。これは取材で経験してきたわ」
「…………本当?」
「ええ、金目当ての強盗と同じ。むしろ騒ぐと命が危ないわ。あとは金でも宝石でも、くれてやればいいのよ。しばらくすればいなくなるわ」
「わ、わかったわ。何でも渡す!」
ただの気休めかもしれないが、艦隊が駐留すれば維持費がかかるので、いずれは出ていくと見ている。
この惑星に、軍艦を整備できるドックはないのだから。何が目的なのだろう?
「で、でも、恐いから、一緒にいてレイレイ。お願い!」
「……わかったわ。どうせ、ホテルからは出られなくなりそうだしね」
泣き顔でバービーに縋られ、私は断れなかった。
情報を引き出すには都合がよかったが、彼女は日常のすべてをロボットや世話係に任せきりで、生活力がまるでなかった。化粧するのと着飾るだけが仕事。
またしても、私は駄目女と暮らす羽目になる。
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