57 [ケイトリン]女王
私の提案をテルミラ様は速攻で断ってきた。
しかし、諦めずに説得を続けた結果、何度も断られた末についに先輩魔女は根負け。ため息と共に瓦礫と化したルダフトの町を見渡す。
「……確かに、ルーシャならこの町も王国も何とかできるかもしれない。でも、あの子すでにめちゃ忙しいのよ、信者百万人を抱える聖女として。とにかく、本気なら正式な外交ルートを通じて申し入れてきなさい。それであの子がどう判断するかよ。私は絶対に反対するけどね!」
言い放つとテルミラ様は針路を南、エルフィリスの方向に取って飛行を開始。最後にもう一度こちらに振り返った。
「ところであんた、ルーシャが何歳か知っていて言ってきてるのよね?」
「もちろんです。転生者なのですから、別に問題はありませんよ」
「あっそ。ともかく私は反対するから!」
その言葉を残してテルミラ様の姿は空の彼方に見えなくなった。
ふむ、あれは反対しつつもルーシャ様がやると言えば手伝ってくれる感じだ。やはり私の読みは間違っていなかった。
さて、あとは私が統治権を譲渡できる立場になるのみ。父上から王位を貰いにいこう。
方角を確認してから王都に引き返すべく発進した。
城の屋上に着陸し、父上の執務室に赴くも姿が見えず。
首を傾げつつ城内を徘徊していると、普段よりずいぶんと人が少ないことに気付く。通りかかったメイドに尋ねてみた。
「もうお戻りでしたか、王女様! 現在王都に魔獣の群れが押し寄せてきて大変なのですよ! 国王様は軍の指揮を執っておられます!」
そういえばさっき、王都の外でまだ戦っていた気がする。あちらを何とかしないと父上とはろくに話もできないみたいだ。
近くの窓を開けてその窓枠に足をかけたその時、廊下の向こうから私の名を呼ぶ声が。
両手を振り振り駆けてくるあれは……、確か私の婚約者で公爵家次男のコルヴィン様。年に一度の公式帰国の際にしか会わないけど、おそらく間違いない。
「ケイトリン様ー! お戻りだったのですね! 突然の状況にさぞ驚かれたことでしょう! ご安心を、私があなたをお守りいたします!」
目の前で息を切らせる彼に、言いようのない頼りなさを感じた。体力がなさすぎる。魔力も人並以下なのにどうやって私を守るつもりなのだろう。
とにかく彼に構っている時間はない。
「コルヴィン様、以前とは状況が変わりました。あなたとの婚約は破棄させていただきます」
「へ……? ええー! どうしてですか! 私はきちんと当家の持てる全ての力を使ってあなたをお守りします! あ、なるほど度重なる不幸で気が動転なさっているのですね。ご心配なく、私と公爵家がついておりますよ!」
なんということか、急いでいるのに話が全く通じない。
仕方ない、少し眠ってもらおう。
私はコルヴィン様の顔に向けてスッと手をかざす。すると、途端に彼は意識を失ってその場に倒れこんだ。
これは私が開発した風霊魔法になる。
人間が吸っている空気は様々な気体で構成されており、その割合を少しいじるだけで毒にも変化した。私は風霊を通じて割合を自在に操れる術を編み出している。効率よく対象を制圧できるので、私はこのオリジナル魔法をとても気に入っていた。
さっきのはコルヴィン様の顔周辺の空気を毒に変化、させるのはさすがに酷なので、数分間だけ気絶する気体に変化させた。
ふーむ、効率よく制圧できたものの、このまま元婚約者を廊下に寝かせておくのもさすがに酷だろうか。急いでいるし連れていこう。
「おっと、魔獣もいることだしまずは魔力を戦闘モードに」
体中に魔力を漲らせて身体能力を上昇させる。これで私は素手でも魔獣を倒せる状態になった。
倒れているコルヴィン様の服の襟を掴んで軽々と持ち上げられることを確認。改めて窓枠に足をかける。外に飛び出すと同時に風霊飛行へと移行した。
――――。
城壁外にある父上の指揮所にて、私は皆から視線の集中を浴びていた。
彼らが注目しているのは私が纏っている魔力だ。全員を代表して父上がどうにか声を絞り出す。
「ケイトリンよ、しばらく会わぬ間に、どうしてそうなった……? まるで修羅のようではないか……」
「これまで実力を隠してきたのです。それにしても修羅とはあまりですね」
あ、これが原因か。と掴んでいるコルヴィン様の襟を離した。
それから父上に詰め寄るとあちらは一歩後ずさり。怖がらないでください。
「魔獣と戦っている場合ではありません。父上、王国を救うために今すぐ私に王位をお譲りください」
「いったいどういうことだ? いや、戦いたくて戦っておるわけでは……、王都を守っておる」
やはり魔獣の群れを何とかしないとろくに話もできない。
この忙しい時に困った獣達だ。まとめてどこかに行ってくれないだろうか。……そうだ、まとめてどこかに吹き飛ばしてしまおう。
私が空に向かって両手を伸ばすと、すぐに周囲一帯を風が駆け巡りはじめた。
これはテルミラ様が得意にしている上位の風霊魔法。あの魔女は行き詰まるとこの魔法で何もかも吹き飛ばして全てをなかったことにするらしい。人としてどうかと思うけど、今回は最適だろう。
「戦いはこれで終結です。〈トルネード〉」
宣言すると同時に、魔獣の群れの中央に巨大な竜巻が発生した。
獣達は次々にその大きな体を持ち上げられ、遥か上空まで飛ばされていく。
やがて千頭近くいた魔獣は影も形もなくなり、城壁外の平原には国王軍だけが残された。
私が振り向くと父上は再度の後ずさり。
「これまで実力を隠してきたのです。本当は学園の教育課程も一年で終え、ずっと魔法を鍛えつつ旅行を楽しんいました。私は兄上達より優秀で、ついでに戦略級魔法も扱えます。たった今ご覧になりましたよね? さあ、私に王位をお譲りください」
「……わ、分かった。検討するゆえ、そのギラギラした魔力を少し抑えてくれ……」
脅迫する形になってしまった気がしなくもないけど、話が早くて助かる。
私が魔力の戦闘モードを解除すると、父上はようやく一息つけたようだった。
「だがケイトリンよ、この状況で女王になってどうする? 我がナザネシア王国はもう……」
「王国を救うと申し上げたでしょう。隣国の聖女ルーシャ様のことは父上も多少はご存じですね? あのお方のお力を借りられれば可能です。交渉に赴くため、全権を私に預けてもらえるよう共に元老院を説き伏せてください」
「あの噂の聖女か。彼女が持つ奇跡のような能力の数々は私も聞き及んでいる。……ふーむ、一考の価値はあるかもしれん。とりあえず、城でしっかり話を聞かせてくれ」
と父上は周囲に指示を出して軍の撤収を始めた。
私も城に戻ろうと体を反転させて、気絶していたコルヴィン様が目を覚ましているのに気付く。
「ケイトリン様から婚約破棄を告げられる悪夢を見たのですが……」
「現実です。いつから起きてらしたのですか?」
「……あなたが巨大竜巻を発生させたところからです」
「見てしまったのですね。そう、実は私は修羅だったのです。なのであなたとは結婚できません」
我ながら無理のある理由だと思いつつ再び婚約破棄を告げた。
コルヴィン様はうつむいて考えこむ仕草。が、すぐに晴れ晴れした表情で顔を上げる。
「お強いケイトリン様も素敵です! では改めて婚約を申しこませてください!」
…………、なんて面倒な人なのだろう。
私が手をかざすと、コルヴィン様はもう一度意識を失って倒れた。




