56 [ケイトリン]滅亡
王都を囲む城壁の外にて、我が父である国王は勇猛に軍を指揮して魔獣の群れと対峙していた。
「父上、お話があるのですが」
背後から私が声をかけると、父上は振り返ることなく応じる。
「ケイトリン、もう帰国したのか! だがここは危険だ! 早く城壁の中へ!」
「いえ、ですからまずは私の話を」
「今は王都の防衛中で、魔獣共との戦争中だ! 察してくれ! 相変わらず淡々としているな!」
とようやく振り返ってくれた父上だったが、私の姿を見て硬直する。
言葉が出てこない国王に代わってその側近が尋ねてきた。
「……王女様、その引きずっておられるのは?」
「ああ、忘れていました。私の婚約者、いえ、先ほど破棄しましたので元婚約者のコルヴィン様です」
――――。
私が祖国であるナザネシア王国の悲劇を知ったのは留学先でだった。
普段はよく淡々としていると言われる私だけど、この時ばかりはさすがに愕然とせざるをえなかった。ナザネシア王国が黒い悪魔に襲撃され、第二の都市ルダフトが壊滅、さらにそこで仕事をしていた二人の兄が共に亡くなったのだから。
黒い悪魔とは、まるで災害のように不意に出現する謎の怪物で、襲われた国はその存立を脅かされるほどの被害を受けると言われている。古くからの言い伝えではあるものの、私の王国はそれが真実であることを身をもって痛感することになった。
一報が届くなりすぐに私は帰国を決断した。
馬車の外を流れる景色を眺めていると、今後が不安となって心に影を落とす。
国内第二の経済拠点が約一万人の駐屯兵共々に計りしれない打撃を受け、王位継承権の一位と二位が揃っていなくなった。考えるまでもなく王国の行く末はもう見えている。滅亡だ。
北のガノゼオン帝国などはこの機を逃すまいと早々に兵を動かしてくるに違いない。
「馬車などでのんびりと帰国している場合ではありません」
「え、姫様……?」
向かいに座る侍女が不思議そうな顔を見せたが、私は構わずに戸を開け放つ。
「先に王都に戻ります。それでは」
「姫様――――っ!」
走行中の馬車から飛び出すと侍女は絶叫。
しかし、私は地面に叩きつけられることもなく、馬車と同じ速度で空中を飛行していた。そのまま車内に向かってひらひらと手を振る。
「実は私、風霊魔法のエキスパートなのです」
「……さ、左様でございますか。八年もお仕えしておきながら存じ上げませんでした……。あ、ではよく数日間おられなくなるのはもしや」
「しばしば飛行魔法で旅行に出ていました。今まで秘密にしていてごめんなさい。では急ぎますので」
上空へと高度を上げると乗っていた馬車は見る見る小さくなっていった。
私には二人の優秀な兄がおり、王位継承の順位もその次。なので、適当に勉学にでも勤しもうかと留学したのが八年前、十歳のことになる。
ところが、学問に関しては一年ほどで予定していた十年の過程全てを終えてしまった。勉学に勤しんでみて初めて、私の能力は優秀などというレベルを超えていることを知る。
帰国するにはあまりに早く、次に手を出したのが魔法だった。留学した学園は魔法使いの育成でも有名で専門のコースがあり、勝手にそちらに編入する。以降七年間、私は魔力を錬り続け、素質があると言われた風霊魔法をひたすら(密かに)磨き上げることに。
現在では学園の教授達を抜いて一番の風霊使いになっている。学園きっての天才風使い、テルミラ様に並ぶほどだろうとのお墨付きも貰っていた。いずれは彼女のように気ままな旅の魔女に、と思っていたけど、その前にやらなければならないことができたみたいだ。
視線を地上に向けるとナザネシア王国最大の高原が目に入った。
鮮やかな緑の絨毯に何種類もの花々が咲き誇っていて本当に美しい。夏の暑い日などはここで過ごすととても気持ちいいし、実際に私は何度もそうやって過ごした経験があった。
公式には私は年に一度しか帰国していないことになってはいるが、実際には年に数十回は帰国している。飛行できるようになってから、いずれ放浪することを見据えて私はしばしばナザネシア国内を旅して回っていた。
王女としての身分を隠し、一介の旅の魔女として各地に足を運んだ。交通の要衝と言われるナザネシアは町々は活気に満ち溢れ、郊外に足を伸ばせば豊かな自然を満喫できる。様々な場所に行って様々な人々と出会った。
十代の大半をそうして過ごしたことで、私の中に確かな思いが芽生える。私はナザネシア王国の大地が、ここに暮らす人々が大好きだ。
過去に思いを馳せている間に王都の上空を通過してしまっていた。
「む、早速滅亡の兆しが」
城壁の外で、魔獣と呼ばれる巨大な獣達と王国の軍が戦争を繰り広げている。
魔獣は知能が高い。国が荒れているのを敏感に感じ取って攻めてきたのだろう。あれも国が滅ぶ大きな要因になりうる。
眼下の戦いは気になったものの、まずはこのまま壊滅させられたという王国第二の都市ルダフトを見にいくことにした。
王都からさらに飛行すること十数分、目的地に到着。
空から見ると変わり果てた都市の惨状が一目で分かって私は息を飲んだ。
見渡す限り建物が瓦礫と化しており、中央にあったはずの政府庁舎に至っては木っ端微塵に。
……これでは、あの庁舎で仕事をしていた兄上達は助かるべくもない。
王国第二の都市がこの状況……。魔獣達が活発になるわけだ。やはりナザネシア王国はどうあがいてももうもたない。魔獣や周辺国に削られて滅亡の道を歩んでいく。
だったらせめて、国土と人々がこれ以上傷つけられない道はないだろうか?
ふと気付くと、近くにもう一人女性が浮かんでいた。
私と同クラスの風霊使い? 世界的に見てもそういるはずがない。まさか……。
「もしやテルミラ様では?」
「そうだけど、あんた誰? そこまで風霊を使いこなすなんて」
「私はケイトリン。学園であなたⅡ世と呼ばれています。Ⅱ世といいましても、私はあなたほど惚れっぽくはなく、酒に溺れてもいないのですが」
「うるさいわね! あの学園の子ね……」
「そして、このナザネシア王国の王女でもあります」
「え? それは何というか、ご愁傷様……」
テルミラ様が南の隣国エルフィリスで暮らしているのは知っていた。話を聞くと、やはり最も被害が大きかったルダフトの町が気になって偵察に来たとのこと。彼女は近頃、エルフィリスの政権と深い関わりを持っていると聞いていたけど、どうやら本当らしい。いや、テルミラ様がというより、彼女の娘が、だろうか。
そうだ、ちょうどいい機会だから情報の真偽を確かめよう。
「テルミラ様、異世界からの転生者を養女になさったそうですね。この王国でも彼女の噂で持ち切りです。少しお教え願えませんか? 聖女ルーシャ様について」
尋ねるとテルミラ様は意外とすんなり話してくれた。やはり持つべきものは同じ学園の先輩だ。
私が知りたかったのは聖女と呼ばれているルーシャ様の能力。その全容を聞いた私は驚きを隠せなかった。
ルーシャ様の能力とは凄まじい再生を可能にする治癒魔法だ。まとめると、一日数千人の怪我人をどんな瀕死者でも完治させられ、さらに動植物も再生できることから一日数千人分の食料を生み出すこともできるという。
……転生者の中には強い力を持つ者がいると聞くけど、彼女の聖霊魔法は規格外。完全に別格だ。
「黒い悪魔を倒したのはルーシャだけの力じゃないわよ。私を含めた数人が協力してね。あの子がいなきゃ倒せなかったのは確かだけど」
テルミラ様はそう付け足して話を締めくくった。
そう、ナザネシア王国が手も足も出なかった災害級の怪物を、ルーシャ様を中心としたわずか数人で討伐してしまっている。戦力的にも相当な強者が周囲に集っているらしい。
そして、おそらくルーシャ様を味方にできれば、もれなく強者達もついてくる。
……ナザネシアの国土と人々を救う方法が見つかった。私の手で王国の歴史に幕を下ろすことで、私の愛する全てを守ることができる。
「テルミラ様、あなたの娘、ルーシャ様にこの地を治めていただきたく存じます」




