52 支援
思った通り、酔っ払いが離脱したおかげで打ち合わせは順調に進み、決めるべきことはサクサク決まっていった。
明日に向けて事前に話し合わなければならないことは大体片付いた頃、ヨルンシスさんが思い出したように手を叩いた。
「大事なことを忘れるところでした。明日の会議には来客があります」
「何だそれ、聞いてないぞ」
キアが眉をひそめ、私と共にヨルンシスさんの次の言葉を待つ。
「急な申し入れでしたので。他の四勢力にもこの後に使いを出します。それで来客ですが、……ナザネシア王国の新女王ケイトリン様なのです」
意外な相手に私とキアは顔を見合わせた。
ナザネシア王国とは先日黒い悪魔が発生した北の隣国だ。第二の都市をはじめ複数の町を壊滅させられ、甚大な被害を被っていた。何でも、あの一件の直後に国王様が寝込んでしまったそうで、その娘ケイトリンさんが新たな女王に就いたらしい。
着任早々、どうしても緊急に聞き届けてほしいことがあるとか。七勢力会議への出席を申し入れてきた。
キアが息を吐きながら椅子の背もたれに体を預ける。
「間違いなく、支援の要請だろう」
これにヨルンシスさんが頷いて返す。
「黒い悪魔の件でナザネシアは経済圏の四分の一を失いました。王国内はもう大荒れです。明日すぐに返答することはありませんが、ほどほどの支援を約束することになるでしょう」
「どうしてほどほど? しっかりと支援してあげればいいのでは? エルフィリスは黒い悪魔による被害は皆無ですし、それなりに余裕もありますよね?」
私の発言に二人は揃ってため息をついていた。え、私、そんなに残念なこと言った?
首を傾げていると、忙しなく水甕の運び入れをしていたトレイシーさんとミーティアさんがススッと背後に。両の耳にこっそり囁いてきた。
「ナザネシアがあるあの北の地域は交通の要衝なんですよ。周辺国から狙われまくりでして」
「常に軍事侵攻の隙を窺っている国が複数あります。あれほどの打撃を受けた王国はもう……」
こっそりではあったものの、キアとヨルンシスさんにもしっかりと聞こえた模様。順に私を説得するように。
「残酷なようだけど、滅亡すると分かっている国に本腰入れた援助はできないんだよ」
「下手をすればこちらも巻きこまれますし、嫌でもこの後、逃げてきた民の対応などを迫られますので」
くっ、皆して私は困っているものは何でもかんでも助けたがると思っているな……。私だって、どうしようもないことはあるってちゃんと分かってる。大切なのは国そのものよりも、そこに暮らす人々だ。
「大丈夫、私一人だけ明日の会議で和を乱すようなことを言ったりしないから……。その代わり、本当にナザネシア王国が滅ぶ段階になったら、民達はできる限り助けたい」
こう言うと全員が胸を撫で下ろしているのが伝わってきた。
キアが席から立ち上がりながらやけに上から目線で。
「ルーシャも大人になったな。さすが明日で三歳だ」
「まだ立派な幼児だよ……」
「ともかく、これで明日の会議は問題なく進むだろう。じゃ、私はこれで帰らせてもらうぞ」
「ちょっと待った。キアは残って。強化合宿にどうしてレイエルが参加しているのか、きちんと説明してもらわないと」
この瞬間、時間が停止したように全員が動きを止めた。
一番最初に動いたのはヨルンシスさんで、そそくさと部屋の出口へと向かう。
「では、私はお先に。また明日お会いしましょう」
空中に浮かび上がった私はキアの背後にぴたりと取りつく。そして、先ほどと同じ言葉を繰り返した。
「きちんと説明してもらわないと」
「……う、自供するから、晩飯を食わせてくれ」
拠点の食堂に移動する傍ら、キアは必死に弁解を重ねてきた。
「だから、ジェシカ達を一緒に鍛えてやればルーシャも喜ぶだろうと思ったんだよ。まさかレイエルもついてくるとは考えてもいなかったんだって」
「どうだか。おかげで私はレイエルのいない誕生日を迎えることになるんだよ」
お腹の虫がおさまらないまま食堂に入ると、何やら深刻そうな表情のテルミラお母さんが目に留まる。彼女は手の中のコップを見つめたまま呟いた。
「……どういうことなの、ルーシャ……」
「ん? 何が?」
「神の酒よ! 確かにアルコールは感じるのに、いくら飲んでも全然酔わないのよ!」
ふむ、どうやらアルコールは除去されなかったが、別の何かに変化はしたらしい。ふっ、ざまぁ。よくやった、聖霊達。




