49 不審
さすがに全世界のことまで対策は立てようがないものの、せめて自国の防衛力は高めておこうと、私達は日々会議を重ねている。
キアが実践しようとしている牙の団のレベルアップ作戦は、一番現実的なようにも思えた。五十人近くいる彼ら全員が、テルミラお母さんやオーゼスさんに匹敵する強さになったならこれほど頼もしいことはない。
……そこに至るのにどれほどの時間を要するのか、そもそも本当に到達可能なのか分からないけど。さらに、うちのレイエルと聖獣達がその中に飛びこんでどこまで強くなれるかなんて、輪をかけて未知だよ……。
再び心配する気持ちが芽生えてきて、振り払うように顔を上げる。前方に首都の巨大な町並が見えた。
エルフィリス国の首都に到達すると、いつものように拠点の屋上に着陸して建物内へ。
すぐにトレイシーさんが一人先行して走り出していた。
「下の様子を見てきます。ルーシャ様はとりあえずお着替えを」
「そちらは私がお手伝いします。参りましょう、ルーシャ様」
ミーティアさんの先導で私は衣装部屋に向かう。背後からテルミラお母さんの「聖女様、しっかりねー」というお気楽な声が追いかけてきた。
……言われなくてもしっかりやるって、人命が懸かっているんだから。
今回は泊まりの出張だけど、実は私は二日に一度はこの首都の拠点を訪れていた。というのも、二日に一度、通常の〈ヒール〉では治療できない重度の怪我人や病人が国中から運びこまれるからだ。
国全体の人口は五百万人以上おり、毎日多くの重傷者、重体者が出る。全ての命を救うことなんて到底できないけど、それでもこの取り組みは可能な限り続けたかった。
衣装部屋で手早く聖女服に着替えて再び廊下へ。
すると、進行方向から若い女性がすごい速さでこちらに走ってくるのが見えた。後ろから数人の神官達が懸命に追いかけている。その一人が私に気付いて叫んだ。
「ルーシャ様、お気をつけください! その女は不審者です!」
確かに、彼女は血走った目で一点に私を見つめているね。かなり危ない不審者だ。
とりあえず魔力で捕まえるか、と思っていると横を歩くミーティアさんが前に出た。向かってきた女性の襟を掴んで投げ飛ばし、あっさりと床に組み伏せる。
「……ミーティアさん、最近ずっと体を鍛えてるって聞いていたけど、本当だったんだ」
「はい、聖霊の適性がからきしだと判明しましたからね。魔力を利用した体術でも習得しようと、ここ数日、トレイシーと二人で組手をしています。聖女様の参謀たる者、やはり体力が大事!」
「そういえば二人共、よくどうでもいい場面で全力を出していたりするね」
「私達は必要な場面でしか力を奮いませんよ。このように!」
とミーティアさんがギューッとしめ上げると不審者の女性は悲鳴を上げた。床に顔をつけて睨んでくる彼女の前で私は屈みこむ。
「あなた、どなたなんですか? どうして私を狙うんです?」
「この幼女め! あんたが怪しげな力で私の信者を次々に奪っていくからよ! この奇跡の水で皆の魂を浄化してあげていたのに!」
私を非難しながら彼女は懐から液体の入った小瓶を取り出していた。
話を聞くに、彼女はエルフィリス国の西の隣国で宗教組織を営んでいたとのこと。ところが、あちらでも聖女ルーシャ教の噂が広まりはじめ、どんどん信者達が離れていってしまっているらしい。この状況に危機感を覚えた教祖の彼女は、わざわざ国境を越えて苦情を述べにきたそうだ。
「地道な活動でこつこつ築き上げてきたのに、なんてことをしてくれるのよ!」
「そう言われましても……。怪しげな力で人々を惑わせているのはそっちですし」
聖霊達に彼女が持っている小瓶の中身を鑑定してもらったら、案の定ただの水だった。しかも結構古くてちょっと腐っているんだとか。
呆れる気持ちを抑えつつ私は小瓶を指差す。
「そんなの人に飲ませちゃ駄目ですよ。奇跡どころかお腹を壊します」
「ふざけないで、ちゃんと数日掛けて聖霊を注ぎこんだわ」
「残念ながら聖霊は一切入っていません。水が古くなっただけです」
「そ、そんなバカな……。私の降霊の儀式はいったい……」




