42 幼女
到着したトレイシーさんとミーティアさんは、とにかく一刻も早く〈ヒール〉蘇生を行うように私を急かす。けれど、私は安易にその求めに応じることはできなかった。
うーん……、確かに巨大鹿を聖獣にするならもう治療しないと間に合わないんだけど。……本当に、やって大丈夫?
私は無意識のうちにセレノアさんに視線を向けていた。首を横に振る彼女を見て、しばし二人で言葉を交わす。
その後、空中に浮かび上がった私の所にキアが心配そうに駆け寄ってきた。
「おい、本気で生き返らせるのか?」
「やるよ。この世界にはこんな怪物がいるって分かったからね。もし味方にできたなら皆を守る大きな力になる。こいつは多くの人を殺してきたんだろうけど、その何倍もの命を救うことができるはず」
こう説明すると、彼女は渋々ながらに頷く。国を率いる者として自分を納得させたのが分かった。
飛行してクレーターの中に入った私は、炭化した巨大鹿の前に降り立つ。
苦労して倒したこの魔獣の顔を一度しっかりと眺めた。それから意を決し、両手をかざして〈ヒール〉をかけはじめる。
炭になっていた鹿の体に徐々に生気が戻っていく。その目に光が宿った瞬間だった。
凄まじい殺気が私を射抜いた。
やっぱりか! ……戦っていた時から、この巨大鹿の人間への憎悪は他の魔獣より格段に強い気がしていた。だから今回は慎重に治療を進めて瀕死の状態で留めてあるし、この後の手も打ってある……!
すでに巨大鹿の背後、空中には双剣を抜いたセレノアさんの姿が。
「ごめん、もう一回死んで。〈クリムゾンクロス〉」
二本の剣から大きな炎の刃が伸びる。同時に振り下ろし、鹿の首筋を十字に斬り裂いた。
あれはセレノアさんのオリジナル魔法剣技。上位魔法に匹敵する威力で、まだ放てる余力があると言ってくれたので準備をしておいてもらった。(ちなみに、元々は〈でかい炎の双剣斬り〉という名称だったのを私が〈クリムゾンクロス〉に改めた)
地面に崩れるように倒れこむ巨大鹿。
瀕死で復活させただけあってもう体力は残っていないようだし、莫大な魔力も〈鹿焼き窯〉で暴れるうちに使い果たしていたみたいだ。
黒い悪魔と呼ばれる謎の魔獣は、最後に私に視線を向けてきた。思念が頭の中に流れこんでくる。
(……お前がいなければ取るに足らない戦いだったものを。死者をも蘇らせるその魔力、間違いない。よもや誕生していたとは……。だが、その小ささ、まだ生まれたばかりだろう?)
「間違いないって、いったい何を……。確かに小さいけど、もうすぐ三歳だよ」
(私は三百年以上生きている、小童が。それでは間に合わないだろうな)
「え、何に?」
(人間共を救うのに、だ。奴らの世界はお前が幼いゆえに滅ぶ……)
私が幼女のせいで、世界が滅亡する……!
いやいや、どうしてそんな壮大なものを私が背負わなきゃならないの。きちんと分かるように説明してよ。
ともう一度巨大鹿に視線を戻すと、その目からはすでに生気が失われていた。
まだまだ尋ねたいことは沢山あったものの、再び蘇生する気にはなれなかった。いくら瀕死でももう倒すのは無理かもしれない。さすがにセレノアさんも魔力が空になってしまったし。
最後の最後まで付き合ってくれて感謝しないと、と思って目をやると、彼女はぐったりと地面に倒れている。
そんな……、まさか魔力を使いすぎたせいで……!
「スー……、スー……」
「……寝てる。びっくりさせないでよ……。まるで電池が切れた感じだな」
脱力して膝をついたところで、皆がクレーターの中に下りてくるのが見えた。
まずテルミラお母さんがどかっとその場に座る。
「もう私も寝る。私はあんたやそこの怪物少女と違って普通の人間なのよ。〈トルネード〉二回とかありえないからね」
そう言うと彼女は携帯ボトルのお酒をあおり、地面に横になってこちらもすぐに寝息を立てはじめた。
……意地でもお酒は飲むんだね。相変わらずどうしようもないけど、今日ばっかりは本当に助かったよ。ありがとう、お母さん。
まあ、真にどうしようもないのはあの二人だけど。
巨大鹿の傍らではトレイシーさんとミーティアさんが泣き崩れていた。
「どうしてこんなことに……」
「惜しい逸材を失ってしまいました……」
気持ちは分からなくもないけど、その魔獣は最悪の敵だったんだからね?
「ほんと、ルーシャの参謀達はどうしようもないな」
私の隣にやって来たキアが呆れた様子で呟く。
「全く同感……。キアもお疲れさま。頑張ってうまく魔力消費を調節して穴を掘ってくれたからできた作戦だったよ」
「私はこのために召喚されたようなものだから頑張るのは当然だよ。……といっても、ルーシャ達が来てくれなきゃ終わってたんだけどな。私は駄目な転生者だ」
「そんなことないでしょ。私達とキア達、誰かが欠けていても勝てなかったんだから」
キアは少し考える素振りを見せてから小さく何度か頷いた。
「そうだな。皆で力を合わせて戦って勝てた。それでいいのかもしれない」
何だか以前より表情が柔らかくなった彼女の頭を、後から来たオーゼスさんがくしゃっと撫でる。
「やっと本心でそう思えるようになったようだな。俺も団の戦士達も、最初からそのつもりだ」
それからオーゼスさんは寝ているテルミラお母さんを抱き上げて肩に担いだ。「お母さんを運んでくれるんですか?」と視線を送る私。すると、彼も少し考えてから。
「ああ。そして、そのまま嫁にする」
硬直する私とキアを見て、彼は仄かに微笑んだ。
「冗談だ。まだまだ手のかかる妹がいるから、嫁は当分もらえないな」
「……オーゼスが冗談を言うとこ、初めて見た。なんかやけに上機嫌じゃないか? ていうか、手のかかるって何だ! 私は総長で首座だぞ!」
と付きまとうキアを横目に、オーゼスさんはさらに反対の肩にセレノアさんを担ぎ上げてクレーターを戻っていく。
妹がああ言うんだから相当珍しいことなんだろう。私も彼が笑うところを初めて見たし。何にしろ、お母さんは当分の間は結婚できないらしい。
……はぁ、私も帰るか。今日も幼女にあるまじきハードワークをこなしてしまった。なんか教団ができてから日に日に大変さが増しているんだけど。
ため息をつきつつ体を浮かび上がらせると、目の前にはレイエルの姿が。
不思議なことに、彼を見た途端に全身の力が抜けていくのを感じた。忘れていた疲労が一気に押し寄せてきて、吸いこまれるように少年の腕の中に入る。
「お疲れさまでした、ルーシャ様。本当に、今日も頑張りすぎましたね」
……レイエルの声、安心する。やっぱり私の充電機はこの子か。
「今回も、あとは任せていい……?」
「どうぞ、ゆっくり眠ってください」
その言葉を聞くのと同時に、私の意識はまどろみの中に溶けていった。
巨大鹿が放った話が心に残っていたけど、あまり気にしても仕方ないように思う。私が幼女である事実は変わらないし、急に成長できるわけでもないから。
まあ、私が幼女のせいで世界が滅亡するとか、さすがにありえないし。
――しかし、これよりのち世界は加速度的に激変していく。その渦の中に私も教団も巻きこまれていくんだけど、この話はまた後日。




