41 全力
キアはずっと、私達を防壁で守りつつ、合間に地霊で穴を掘ってくれていた。それも体長二十メートルの鹿がすっぽり入るくらいの巨大な空洞だ。敵に悟られることなく、本当にうまくやってくれたと思う。
ところが、崩れかけた地面から鹿の四つの蹄がふわりと浮き上がった。なんと全身に雷を纏って空中に留まっている。
あんな雷雲を作れる魔獣だから飛べるのも想定済み! 頼んだよ、セレノアさん!
すでに彼女は巨大鹿の頭上に移動していた。〈メテオストライク〉で急降下して激突、鹿の巨体を穴の中に叩き落とす。さらにそれだけでは終わらず。
「こんがり焼き上がれ。〈エクスプロージョン〉」
セレノアさんは最後に上位の火霊魔法を放ってその場から脱出した。
大地にできた巨大な穴の中で激しい爆発が起こり、高々と火柱が立ち上る。まるで火山の噴火でも見ているようだった。
凄まじい光景だけど、目を奪われている暇はない。すぐに私は背後を振り返る。
「お母さん、出番だよ!」
「もうやってるわよ!」
火柱が下に押しこめられていったかと思うと風が猛烈な速度で舞いはじめる。巨大鹿が燃え盛る穴の上に〈トルネード〉が発生していた。
テルミラお母さんに頼んだあれは、雷雲を吹き飛ばした竜巻とは逆向きの風だ。外から内へ、上から下へと風を送りこんでいる。つまり、あの竜巻は火力を上げるための送風機ということ。あと、鹿を穴に閉じこめる蓋の役割も果たしているね。
これは〈エクスプロージョン〉と〈トルネード〉、二つの上位魔法を合体させた超上位魔法。時間の経過と共に火力はどんどん上がっていく。
そして、さらに火力を上げる準備もできていた。オーゼスさん、お願いします。
「よし、とにかく次々に放りこめばいいんだな」
彼はその言葉通り、大火球〈ファイアボールⅢ〉を作って穴に投げ入れる、を繰り返す。
ついに私の立てた作戦は完遂され、ここに連携魔法〈鹿焼き窯〉が完成した。
やがて穴の周囲の大地が割れてあちこちから火が噴き上がり出す。これを見た私の胸中に不安が過った。隣のキアに視線をちらり。
「窯が壊れて鹿が出てきたり、しないよね……?」
「地霊での感知によれば、火と風で削られて穴はさらに深くなっていってるみたいだけど、どうだろうな。あっちも必死だろうし」
彼女の不吉な予言はすぐに現実のものとなった。
程なく大地の割れ目から、火のみならず雷も噴き出すように。巨大鹿の方も本当に必死で抗っているのが伝わってきた。
その様子を眺めながらセレノアさんが歩いてくる。
「火霊での感知によれば、鹿が焼き上がるまであと少し」
地面から天へと上る雷は一層激しさを増していた。
もう駄目だ、窯がもたない! 壊れる!
「皆! もっと窯から離れて!」
そう呼びかけて五人で急いで距離を取った。
しばらくの間、息を飲んでなりゆきを見守っていると、窯を中心とする地面が大きく膨らみ出す。次の瞬間には、けたたましい爆発音と共に一帯の大地が吹き飛んだ。
徐々に土煙が収まり、巨大なクレーターができているのが見てとれた。
おそるおそる皆でその淵に近付いていく。強力な魔法が乱発されたせいで魔力の波が乱れていて、うまく感知が働かない。直接この目で確かめるしかなかった。
途中でセレノアさんがふと呟く。
「あれは、まずい」
私達の間に緊張が走った。彼女なら一早く感知が利いてもおかしくない。
まさか、使える魔法を全部使って、作戦も狙い通りうまくいったのに、それでも倒せなかった……? もう打てる手なんてないよ……。
私の肩にテルミラお母さんが手を添えてきて、私だけ掴んで逃げる、という彼女の言葉が甦ってきた。
「ま、待って、とりあえず確認しよう」
そう促してクレーターの淵から中を覗きこんだ。
深い窪みの真ん中に、四本の脚で立つ黒い影が見える。周囲を漂っていた土煙が流れてはっきりと視認できるようになっても、黒い影は依然として黒かった。
……ん? 炭化、しているよね?
巨大鹿は全身を炭に変えた姿で佇んでいた。それを見つめながらセレノアさんが再び呟く。
「あれは絶対にまずい。食べられたものじゃない」
紛らわしい言い方しないで! めちゃ焦ったよ、ちょっと諦めかけた!
とにかく、倒せてよかった……。
セレノアさん以外の四人は力が抜けて同時に座りこんでいた。その無表情も手伝って大いなる誤解を招いた彼女はさすがに申し訳なく思ったのか、「ごめん」と短く謝罪する。
「もういい……。あれ、セレノアさん、一人だけやけに元気だね」
私とテルミラお母さん、キア、オーゼスさんは魔力の大半を使い果たしており、一度座ってしまうとなかなか立ち上がれなかった。
全力を尽くして戦ったんだから、当然こうなるよね。セレノアさんも同様なのにタフだな……。
「じゃあ、合図を送ってもらえる?」
私の頼みに頷いた彼女は手を空にかざした。そこから小さな火球が発射され、上空で花火のような火炎が舞う。
あれはさっき離脱してもらった人達に討伐完了を知らせる合図だ。こんな風に満身創痍になることが予想できたので、迎えにきてもらうために前もって取り決めておいた。
花火が上がってわずか数秒で遠くの方から声が聞こえてきた。
え、こんなに早く? 誰かがすごい速さで走ってくる。……ああ、トレイシーさんとミーティアさんだ。何か叫んでいるね。
「ルーシャ様ー! 早く鹿を生き返らせてください!」
「その鹿が聖獣になれば! 教団は無敵っ!」
目の色を変えた参謀達が全力疾走しながら全力で訴えかけてきていた。(どこで全力出してんの!)
今回ばかりは参謀達も全力を出さざるをえませんでした。
トレイシー&ミーティア
「「こういう時のための私達ですからね」」
ルーシャ
「胸を張って言わないで……」




