40 持久
不満たらたらのテルミラお母さんだけど、彼女はその気になれば高速で逃げられる。それをしないのはやっぱり私のお母さんだからだろう。もう、お母さんったら。
半笑いの私に対し、突然テルミラお母さんはぐっと顔を近付けてきた。
「本当にやばいと思ったら私はあんただけを掴んで逃げる。他は全員見捨てるわ。(オーゼスも惜しいけど諦める)それが嫌ならちゃんと勝ちなさい。考えはあるんでしょうね?」
「い、一応ある……、たぶん勝てる、と思う……。そうだ、お母さん、〈トルネード〉の風の向きって自在に変えられるよね?」
「もちろん。で、どんな作戦?」
「それはこの後、四人全員に魔力思念で送るよ」
ここで巨大鹿が再び雷撃を放ってきたので、キアと強化防壁を築いて凌ぐ。守る人数が大幅に減ったことで、壁も数分の一のサイズに抑えることができた。
……キアの魔力は私が到着する前にずいぶん消耗させられていた。でも、このペースならどうにかもつと思う。じゃあ、皆に作戦を送信。
キア、セレノアさん、テルミラお母さん、オーゼスさんはそれぞれ私からの魔力思念を受け取った。まず首座の少女が「面白そうだ」と笑みを浮かべる。
「よくこんなえぐい作戦を思いつくな」
「これくらいやらないとあの鹿は倒せないって分かるでしょ。役割の中でキアが一番忙しいと思うけど、大丈夫そう?」
「任せろ、さっきの絶望に比べたら何でもない。意地でもやり遂げてみせる」
妹に続いてオーゼスさんも深く頷いていた。
「俺も魔力を消費しているから役に立てるか心配だったが、これならいけそうだ」
「私達の出番は最後みたいだからゆっくりしていましょうよ」
とテルミラお母さんは携帯していたお酒のボトルをオーゼスさんに勧める。……さっき、彼は諦めるとか言ってなかった? ていうか、よくこの状況で飲めるな。
少し元気になった三人に対し、セレノアさんは一人首を傾げている。
「〈メテオストライク〉って何?」
「あ、最初に巨大鹿にぶつかっていったやつだよ」
「あれは〈ファイアボールⅤの中に入って突進〉という私が適当に考えた魔法。じゃあ、せっかくルーシャ様が名付けてくれたから、今からあれは〈メテオストライク〉にする」
てっきり魔法と武術を組み合わせた奥義かと……、え、中に入って? まあ、火霊に好かれている彼女だからできる技らしい。
作戦も行き渡ったところで、本格的に巨大鹿との戦闘が始まった。
とはいえ、こちらの戦術は変わらない。実にシンプルだった。強化〈グラウンドウォール〉で雷撃を防ぎ、強化〈フレアキャノン〉で反撃する。実際にこの二つが有効なのだから仕方ない。
相性のいい地霊防壁でないと雷撃は防御できないので、こちらは必須。
火霊ビーム砲はその発射速度からほぼ確実に標的を捉えることができ、こちらも同様。セレノアさんがこの魔法を選んだ理由が分かった。
ただ、攻撃に関しては当てることはできても、ダメージはさほどでもない。巨大鹿の方も雷のバリアで防御してくる上に、その体をぶ厚い魔力で覆っている。とても決定打とはならなかった。
これらの事情を相手も理解しているようだった。戦いが長引くのは目に見えており、どちらが先に息切れを起こすかの勝負だと。
魔力の量が重要な持久戦なんだけど、こっちは攻防の両面に私の強化が欠かせず、つまりは私の魔力残量が鍵になる。……残念ながら、向こうの残量より圧倒的に少ない。
見透かしたように巨大鹿は余裕の表情を浮かべていた。
……このまま撃ち合いを続ければ負けるのは百も承知だよ。そのための作戦だ。私の魔力が尽きる前に決行できるか、全てはキアに懸かっている。
防壁で私達を守る彼女の額には汗が光って見えた。
「キア、大丈夫……?」
「……任せろって言っただろ。一度は諦めかけて絶望したところから、ルーシャが与えてくれたチャンスだ。……絶対にやり遂げる。私がこの国を守るんだ!」
私が到着した時に聞いたキアの悲痛な叫び。エルフィリスという国に対して持っている思いの強さを改めて理解した。だから、彼女に賭けることにしたんだ。
しばらくの間、火霊ビーム砲と雷撃を撃ち合って防ぎ合うだけの時間が続いた。
私の魔力の底が見えはじめたその時、ついに待ちに待っていた言葉がキアの口から発せられる。
「できたぞ……!」
これを聞いた私はやや大袈裟に頭を抱えた。
「もう魔力が尽きちゃう! こうなったら攻撃を畳みかけて一気に仕留めるしかない!」
慌てた身ぶり手ぶりで〈フレアキャノン〉の連射を指示。
巨大鹿の方は続けて飛来するビーム砲を受け止めつつ、やはり余裕を覗かせている。挙句、攻撃の軌道を読んで回避行動まで取り出した。横へ横へと移動していく。横へ横へ、横へ横へ、横……と不意にその足元の地面が崩れた。
ふふふふふ、かかったな……。落とし穴だ!




