39 強化
どう考えても私達は自ら死地に飛びこんだだけ、飛んで火に入る夏の虫だった。
そして、愚かな虫はさらに増える。
テルミラお母さんが後ろで地面に膝をついていた。
「ああ、すぐに引き返せばよかった……。どうして着陸しちゃったんだろ……」
一方で、トレイシーさんとミーティアさんはひたすら慌てふためいている。
「まさかこんな誰も倒せない怪物だったとは!」
「調子に乗って一緒に来るなんて言わなければ!」
……落ち着け、参謀達。この場を切り抜ける良策でも考えてよ。
まあ、ここにいる全員でかかっても返り討ち必至の魔獣だし無理もないか。普通に戦えばまず勝ち目はない。真っ正面から普通に戦えば、ね。
私の頭の中には、一つだけ対抗できるかもしれない起死回生の手が浮かんでいる。どこまで戦えるか分からないけど、もう迷っている時間は残されていないみたいだ。
巨大鹿はその体からバチバチと放電を開始していた。
「キア! 地霊で壁を築いて!」
私の言葉に彼女は困惑したような表情を見せる。
「いくら相性がよくてもあいつの雷は防げないぞ!」
「いいからお願い!」
「分かったよ!」
キアが大地から防壁を作り上げると、即座に私はその全体を自身の魔力で覆った。直後に巨大鹿の雷撃が壁に衝突。所々壊されながらもどうにか耐え抜いた。
これには防御魔法を使ったキア本人も驚く。
「私の〈グラウンドウォール〉を魔力で強化したのか……」
私には攻撃魔法も防御魔法もない。ないなら他の人の魔法を手伝えばいい。ゼロ歳児の頃からずっとあらゆる物や人を魔力で包んできた私の得意分野とも言える。対象の性質に合わせて魔力の微調整も可能だった。
思った通りキアの防壁に私の魔力を足せば敵の雷にも何とか対応できる。そして、攻撃の面ではやっぱり彼女しかいない。
私の視線を受けてセレノアさんが頷いた。
「速度のある放射系魔法〈フレアキャノン〉で攻めよう」
「なるほど、手元から発射する直線魔法だね。いつでもいいよ」
イメージとしては前に鶏肉を焼いていた火炎放射の大きいのを想像していたんだけど、セレノアさんの手から放たれた魔法は少し違った。まるで破壊光線のような灼熱のビームがまっすぐに飛んでいく。サイズも人間を飲みこめそうなほど大きく、まさに宇宙戦艦のビームキャノンといった感じだ。
どうにかタイミングを合わせた私は〈フレアキャノン〉の強化に成功。
攻撃を察した巨大鹿も周囲に放電してバリアを構築するが、私達のビームはそれを貫通した。
魔獣本体に当たって大きな爆発を起こす。
敵の巨体がよろめいたのを見た私は、攻撃面でも強化が有効だと実感。何とか戦えることが判明すると一番の懸念に対処することにした。背後を振り返ってすごく帰りたそうな風の魔女に。
「テルミラお母さん、上の雷雲を吹き飛ばして。〈トルネード〉なら可能でしょ」
「あんたね……。知っているでしょ、あれは魔力を半分持っていかれるのよ」
「その価値はあるから。それに、あの雲があるとお母さんもたぶん逃げられないよ」
「う、確かに。いいわ、やってあげるわよ!」
魔力を高めたテルミラお母さんが両手を掲げる。程なく発動した〈トルネード〉が徐々に上空へと上っていき、厚く覆っていた雷雲を四散させた。薄暗かった私達の周辺一帯に陽の光が降り注ぎ、通常の昼間の明るさを取り戻す。
よし、これで心配事が一つ解消された。あの雲を利用した攻撃はさすがに防ぎようがなかったからね。向こうの射程範囲も一気に狭まったし、このチャンスを逃す手はない。戦闘に加われない人達には今の間に離脱してもらおう。
……一部の人はすごく逃げたがっているけど、明らかに共に戦いたいって人も。牙の団の戦士達や聖獣達とか、レイエルとか……。レイエル、言うこと聞いてくれるかな……。
もう一度セレノアさんと強化〈フレアキャノン〉を撃って巨大鹿を牽制してから、私は皆の方に振り返った。
「私とキア、セレノアさん、テルミラお母さん、オーゼスさん以外はすぐにこの場を離れて」
真っ先に反応したのはやはりトレイシーさんとミーティアさんだった。
「お力になれず非常に心苦しいですが、ルーシャ様の言いつけは絶対!」
「後ろ髪を引かれる思いですが、今すぐにこの場を離れます!」
……散々自由にやってきて何が絶対か。後ろ髪は一早く逃げようと明後日の方を向いているじゃない。
参謀の二人に続いて、意外なことにレイエルもあっさりと同意して頷く。
「分かりました。僕も皆さんと一緒に行きます」
「いいの? てっきりここに残るって言い出すかと」
「……残っても、力になれるどころか足手まといにしかならないと、自分でもよく理解していますから」
レイエルは悔しそうに目を伏せていた。
「ごめんね、今回ばかりは本当に危険だから……」
「ですが、ルーシャ様が危ないと思ったらすぐに戻ってきますから」
目が本気だ……、私と一緒に死ぬつもりだと語っている……。これは何が何でも負けられない。
一方で、牙の団と聖獣達の方はキアが説得してくれた。渋々ながらこちらも全員が同意。
こうして離脱組が離れていき、私達五人が巨大鹿の前に残る。
テルミラお母さんがガクッと膝をついた。
「私、なんで残されたの……?」
「だって、もう一回〈トルネード〉使えるでしょ」
「私の魔力をすっからかんにする気か!」
「緊急事態なんだよ、協力して」




