第九十一話 諜報活動
登場アイテム図鑑のベストセレクション動画をnoteにアップしました。オリジナルの小説テーマ曲も流れています。
●91.諜報活動
「ここから先はチェック体制が厳重だから、行けないな」
市原は台車を止めた。イリーナが通路の監視カメラの位置と通行人の有無を確認した。
「誰も見てないから大丈夫よ」
イリーナが言うと、市原が発砲スチロールケースの蓋を開ける。中からカナブンのような羽ばたきドローンが飛びたって行った。AIの判断で独自の情報収集活動をするように設定されていた。
「8機のうち、どれが役立つか…」
市原はドローンが飛んで行った方向を眺めていた。
「ダメなら、明日の納品の際にもう一度放ちましょう」
イリーナは人の気配を感じたので小声になっていた。
「また、お前らか。怪しい行動をしていると警備兵に捕まるぞ」
先ほどの総司令部の職員に出くわした。彼はすかさず発砲スチロールケースの蓋を開けて中を見た。バケツの方はちらり覗いて、ウナギの姿を確認していた。
「ケースは空っぽなんだから、売れ残りのウナギを持って、さっさとトラックの所に戻れ」
「すみません。お手数ですが、搬入口まで案内していただけますか」
イリーナが言う。職員はうっとりとした目でイリーナの顔を見ていた。
「わかったよ。仕方ないな」
職員は二人の前に立ち、先導した。
その日の夜、司令長官室では後から入室した2機と共に3機態勢で物色するカナブン型ドローン。2機のドローンが協力してデスクの引き出しを片っ端から開けていった。開いている引き出しの一番上では、羽ばたいた羽根の風で、ホチキス留された書類をめくっている。上から二番目の引き出しでは、デスクストップPCのパスワードが記された付箋紙を、ドローンの目がしっかりと見ていた。上から三番目の引き出しを物色するドローンは、役立つものは何もないと確認すると、飛び去りデスクトップPCの電源をオンにした。キーボードの上を小刻みに飛びAI国家指導補佐システムの詳細にアクセスした。3機は連携して諜報活動をしていた。
翌日、市原たちは総司令部に納品に来ていた。鮮魚類の食材を運び終え、空の発泡スチロールケースを積んだ台車を押して駐車場の冷凍アルミバン・トラックの前まで戻ってきた。
「さて、どうかな」
市原は台車を押しながら駐車場の植え込みの方へ向かった。後に続くイリーナ。
「昨日のカナブンたちは、何か手土産を持って戻ってきているかしら」
イリーナは台車を止めると、駐車場の植え込みや雑草の中を覗いていた。
「こっちの雑草の所に2つだ」
市原はカナブン型ドローンを拾ってポケットに入れていた。
「あたしの方は5つあるわ」
イリーナは魚の皮で作ったポーチにドローンを入れた。
「となると、残りの1つはどうなったんだろう」
「最悪、捕獲されたかもしれないけど、分解しようとすると爆発するから大丈夫よ」
「しかし我々が持ち込んだ証拠はないから、どこからか飛んできたと思うだろう」
市原は、自分たちが怪しまれていないか周囲を見回したが、誰もこちらを注視している者はいなかった。
「貴重な手土産は、店に戻ってからゆっくりと分析しますか」
市原はほっとしたようにトラックのエンジンをかけていた。
「まだ、気を抜いてはダメです。ここの敷地を無事に出てからです」
助手席のイリーナは首から提げた偽造パスを、提示しやすいように手に持ち替えていた。
林原は芽亜理を伴い、着任したばかりの桐島総合情報局長の案内で総合情報局の衛星統括部を視察していた。
「今回から自由に動かせる衛星を加えているので、監視強化拠地点では静止軌道に移り、常時観察することが
できるようになりました」
桐島は部下から教えられたことを忠実に言っているようだった。
「それでは、黒河市などは、常に監視できるわけですか。それは心強い」
「はい。既に試験的ではありますが、黒河市を監視強化拠点に設定しています」
「その映像は見ることができますか」
「どうぞ、こちらへ」
桐島はモニター画面がいくつも並ぶコントロール室のドアを開けていた。
モニター画面の一つには黒河市街地を行き交う車が映り、別のモニター画面には、飛行レーンを並んで飛ぶ大小の飛行車が映っていた。
「これはもっと拡大できるのですか」
林原が言うと、オペレーターが気を利かせて拡大させていた。
「はい。最大にして気象条件が良ければ、新聞の見出しも読めます」
「マスコミの論調もわかるわけですか」
「あ、林原さん、ロシア軍の占領地総司令部で動きがあったようです。多目的戦闘車両を含む車両が隊列を組んで出て行きます」
「治安出動ですか」
「…街中で暴動は見られませんので、スパイのアジトでも急襲するのでしょうか」
「だとしたら、傍観しているわけには行きませんね」
顔をこわばらせた林原。
「彼らは市街地の南部に向かっています。あの辺りは古くから商店街と家電の工場があり、後は住宅街です」
桐島はあまり緊迫感がなく言っている。
「桐島局長、市原潜入調査官の居場所はわかりますか」
「えぇ、ちょっと待ってください」
桐島は部下のオペレーターに調べさせていた。
「林原さん、市原さんは、ここの魚屋に潜伏しているようです」
芽亜理はオペレーターよりも先に、タブレットPCに黒河市の地図を表示させて言った。
「…ここなのか。車両が向かっている先と一致するな。その先は畑だから通り過ぎるとは思えない」
林原は焦り出した。
「あぁ、林原さん、その魚屋に居ることは間違いありません」
桐島はちょっと気まずそうにしていた。
「桐島局長、救出支援部隊を派遣するとしたら、どれくらいで到着しましすか」
「占領地北部に総合情報局のもう一つの拠点がありますから30分もあれば」
ここにきて桐島も神経がピリついてきた。
「そうですか。国際郷に従え党軍の出動よりも早そうだ。派遣をお願いします。優秀な情報局員は失いたくありませんから」
「私も同感です。急がせます」
桐島は部下に命令していた。
魚屋の地下にある潜入拠点には、モニターやPC、ペンチやドライバーなどの工具が乱雑に置かれていた。カナブン型ドローンが録画した映像が再生される。
『側近がドアをノックして司令長官室に入っていく。ドアが閉まりかける寸前にカナブン型ドローンが中に飛び込んで行った。すぐに司令長官席の真上の天井に張りついた。
「話は変わるがここだけの話、今、大統領が推し進めているAI国家指導補佐システムには私は反対なのだが、君はどう思う」
司令長官は、側近の報告書を読み終えるとぼそりと言い出した。
「AIなら感情に左右されず判断ができるので誤った方向に至らないと思います。また補佐システムというスタンスなので問題はないと考えます」
「主体性が人間にあるうちは良いが、その範疇を越えたら厄介だと思うがな」
「もし司令長官がAI国家指導補佐システムの詳細をお知りになりたいのでしたら、最新データをリストアップいたしましょうか」
「私はどうもAIとかには疎いからな。わかりやすい最新データをよろしく頼む」
「2時間後にお持ちいたします」
側近は身踵を返して部屋から出て行った』。
「早送りして夜のドローンたちの動きを見ましょう」
市原はドローンたちをUSBケーブルでつなげたPCのキーボードを叩いていた。
「ちゃんと動いているかしら。AI自律型と言えども精密機械ですからね」
「あぁ、カナブンたちは上手くやっているようですよ」
市原はドローン録画した映像を注意深く見ていた。
「イリーナ、特にドローンのAIはここに着目していますよ」
「ぁぁ、このプリントアウト用紙にあるスターリンの思考を分析したAIによるAI国家指導補佐システムね」
「ロシアの大統領はこんなことを考えていたんですか」
「主に大統領などの国家指導層に対する忠誠度を数値化することで敵対者の早期発見が可能になるとか、経済の集中化と長期計画化を資本主義社会の弱点を克服とあるから、完璧な統制国家になるわね」
「もう運用してるんですか」
「いゃ、来月から本格的に試行運用し、不具合などの修正点をピックアップするとあるわ」
「まだ完成というわけではないのか。でもこれが完成して暴走したら、まさにSFの世界だ」
「案外、人間の大統領よりも穏便に上手く…、なわけないか、だってスターリンの思考がモデルになっているんですものね」
「とにかくこれは黒河市をスパイ活動の舞台にした最初の大ネタじゃないですか」
「そうね。一刻早く知らせましょう」
イリーナが言い終えた直後、スマホに着信があった。北部潜入拠点のナタリーからであった。
「今すぐ退避って、どいういうこと」
イリーナは思わず声を荒げた。
「どうしたんだ」
「占領地総司令部の軍がこちらに向かっているって言っているわ」
「それじゃ、急いでAI国家指導補佐システムの詳細データをUSBメモリーにコピーしないと」
「今すぐ退避って言っているから、時間はなさそうだけど」
「コピー完了…まだ10%…」
市原は素早くUSBメモリーをソケットにさしていたが、残りはまだ90%であった。
「長くかかりそう」
イリーナは地上の店舗につながる階段を少し上りかけていた。
「15%16%、この調子だと数分以内には…、あぁ、ここからペースが遅くなってきた」
「上を見て来るわね」
市原は潜入拠点の証拠を消すために、地下室のパソコンや解析装置などに爆薬をセットしていた。
「車両のエンジン音が周りから聞こえてくるから、ここの商店街は包囲されているみたいよ」
イリーナは階段を駆け下りてきた。
「そうか。でもコピー完了したのはまだ60%なんだ」
「それでも捕まるよりかはマシね」
イリーナはコピーを中断させようとキーボードに手をかけて止めていた。
「とにかく半分でもデータを持ち帰ることか先決ですか」
「いや、待って。ギリギリまでここに居るとしたら、逃げ道はあそこしかないわ」
「このまま続けますか」
市原はイリーナの止まった手を見つめていた。
「確か、核爆弾に備えて防護服と防護マスク一式があったわよね」
「この地下室が核シェルターだった頃の置き土産だから、かなり古いでしょう」
「あれを着て、下水道管から逃げましょう」
イリーナは隣の地下室のさび付いた鉄の扉を開けていた。その時、上の店舗でシャッターが開けられた音がした。市原とイリーナは、顔を見合わせてから、防護服などを探しに行った。
「コピー完了91%」
市原の周りには防護マスク、酸素ボンベなど防護服一式が置かれていた。
「でも、上が騒がしくなってきたわね。地下室に入ってくるのも時間の問題よ」
店舗内を家探ししている兵士たちの音が聞こえていた。
「こちら救出支援チームのナタリーです。衛星画像でも確認されていると思いますが、イリーナたちの潜入拠点は踏み込まれました。我々も退避路確保に向けて、ドローンで現在も応戦していますが、退避している様子はないです」
現地付近からの無線連絡があった。
「捕まった様子はないのか」
総合情報局の衛星統括部でモニターを見ている林原。
「今の所、それもありません」
「君たちも捕まってしまったら、事だからな。くれぐれも安全を確保してくれ」
「もちろんです。姿が見えない所からドローンによる攻撃しかしていません」
ナタリーの無線音声にはノイズが混じり、電波状態が良くないようだった。
地下室の扉の鍵を壊して開けようとバールが差し込まれた。
「あ、仕方ないわ」
イリーナは起爆装置を手にしていた。
「下水管がどうなっているか、まず確認しましょう」
市原はパソコン画面の『コピー完了98%』を見てから地下にある店舗下水のメンテナンス水密ハッ
チの方に向かった。
「下水管には硫化水素が充満していると思うから、慎重にね」
イリーナはそう言ってから、防護マスクを装着していた。市原はメンテナンス水密ハッチを開け、簡易ガスセンサーを差し入れていた。センサーのLEDは緑色のままであった。
「なんか、防護マスクはいらないかも…」
市原が言っているとLEDはすぐに黄色になり、あっという間に赤々と点灯した。彼は慌てて防護マスクを装着した。地下室の扉がこじ開けられた。
「あ、完了だ」
市原は防護服の手袋でUSBメモリーを引き抜いていた。市原とイリーナは水密ハッチを潜り抜けると、地下室は爆発した。
下水道管の中、イリーナが大型LEDライトを照らして先を歩き、市原が後方を気にしながら後に続く。汚物などに足を取られながら15分ほど進んでいた。するとイリーナの防護マスクと酸素ボンベをつなぐチューブの腐食した留め金が緩み、酸素が漏れ出した。市原はすぐにそれに気が付き、留め金を閉めようとしたがボロボロだったので閉まらなかった。彼はイリーナを呼び止め、防護服の手袋越しに留め金を強く摘まんでいるしかなかった。二人は防護服越しでは会話がし難いので、どこか出口を探そうと身振り手振りをしていた。周囲を見ると10m程先に横穴が見えていたので二人はそちらに急ぐ。横穴に入り地上に通じるメンテナンス用の梯子を上った。梯子の上部にあるマンホールの蓋を開けると、どこかの集合住宅の汚水処理施設の中であった。
「う、臭せぇ、防護服に付いた臭いが凄過ぎる」
市原は、防護服を脱ぐと放り投げていた。
「確かに臭いわね。香水のシャワーでも浴びたいくらいだわ」
イリーナは鼻をつまんでいた。
防護服を脱いだ二人は、汚水処理施設のドアを少し開けて外の様子を見る。集合住宅の敷地内には兵士の姿はなかったが、それほど離れていない所に兵士たちの姿があった。
「商店街からまだそんなに離れていないのに地上に出るはめになるとはツイてないわ」
とイリーナ。
「仕方ないでしょう。ボンベが使えなくなったから」
「これじゃ、ナタリーたちが救出に来ても激しい戦闘になりそうね。窒息するか、捕まるかね」
「集合住宅の屋上に行けば、何らかの救出のチャンスが作れるんじゃないですか」
「…そうね。それぐらいしか望みはないわね」
総合情報局の衛星統括部でモニターを見ている林原たち。
「林原さん。あの南寄りのところにある集合住宅にいるのは、スナイパーですか」
桐島局長は目を凝らしてモニターを見ていた。
「狙撃するつもりだとすると、市原たちはまだ生存しているのか…、屋上のあたりの衛星画像を拡大してください」
林原は直感するものがあった。
モニターの衛星画像がどんどんズームアップされる。
「市原とあの美女は…」
「あれはイリーナです」
「そうですか。しかし周りはロシア兵に囲まれていますね。何とかしないと救い出せない」
「中華連邦軍を大量に投入しますか」
と桐島局長。
「そうだ。連絡に使っている秘匿SNSにわざと偽情報を流そう。彼らも傍受しているだろうから」
「陽動作戦ですか」
「黒河市北部のいかにも居そうな所は…」
「林原さん。それでしたら、このショッピングモールの地下駐車場で救出要請しているのはどうですか」
桐島局長は地図を広げていた。
「それで行きましょう」
包囲していたロシア軍は、黒河市の北部に移動して行った。集合住宅の周りは、静かな住宅街の雰囲気になっていた。
集合住宅の屋上に着陸する中型飛行車は、エンジンをかけたままドアが開きナタリーが出てきた。まずイリーナ、続いて市原にハグして二人を乗せていた。すぐにドアが閉まり中型飛行車は垂直上昇し飛び去った。




