第八十八話 国際郷に従え党軍
●88.国際郷に従え党軍
「周中佐、よくぞご無事で」
陸大尉は、国境線の方にまだロシア兵たちがいないかとチラ見しながら多目的戦闘車両の陰に回って来た。林原たちも周中佐たちのそばに来ていた。
「ドローンの母機が墜落したので、ちょっと回収に行ったのだ…」
「でもすぐに戻らなかったようですが」
「ロシアの国境警備兵に遭遇したので身を潜めていたのだが、奴らがなかなか立ち去らなかったから、
時間ばかりが経ってしまったんだ」
周は額に付いた泥を拭っていた。
「交戦してしまったのですか」
「いや。うちのロボットに弾丸が一発命中していたが、ハッキリと姿は見られてないし、こちらから発砲応戦はしていないから、熊だと言い張れるだろう」
「命知らずのロボットがいるとは言え、無茶しないでください。外交問題になりかねませんから」
陸大尉がなだめるように言うと、周は上官とはいえ、すまなそうな顔をしていた。
「君たち捜索隊の出番が来てしまったとは、申し訳ない。こりゃ、部隊長にこっぴどく叱れるだろうな」
「それでドローン偵察の収穫はあったのですか」
「身を潜めている間、することがなかったから、録音をイヤホンで聞いたのだが…」
周は言いかけて、国境線の方を見て誰もいないことを再確認していた。
「何かあったのですか」
林原が言うと、周はじっくりと林原の顔を見た。
「あなたは…」
「私は郷に従え党党首の林原です」
「どこかで見たことがあると思いましたが、そうでしたか。それにシャオテンテンですか」
「今は片山芽亜理と名を改め、私の秘書をしています」
「林原党首、お会いできて光栄です。それで、ウラジオストク海軍基地司令本部の建設土木部で盗み聞きしたところによると、ウラジオストク港の老朽化に伴い、新たな港湾施設を極東に作る計画があるそうです」
周は安心したように話し始めた。
「海軍基地が移転するのですか」
林原は身を乗り出していた。
「多分違うでしょう。老朽化の全面改修をしている間の代替港も兼るとか言ってました」
「結局、ロシアの軍港が増えるわけか」
「それで温暖化の影響で新たな不凍港候補地がいくつかあり、その中のチュミカン港で建設計画が進んでいるようです」
「ロシアにとって温暖化は使えなかった土地が使えるようになるので、CO2削減に消極的になるのかな」
「あと、北極海航路の拠点とか、サハリン共和国や日本に対する備えとなるとも言ってました」
「モンゴル侵攻と言い、新軍港の建設となると、ロシアの極東戦略に変化が出てきます。貴重な情報を
一足先に聞かせてくれてありがとうございます。これならお宅の上官も越境行為は大目に見てくれますよ。ダメだったら私に言ってください。何とかしますから」
林原は周中佐と握手していた。
「それでは駐屯地に戻りますが、人数もロボットも多いので、中型飛行車を呼びます」
陸大尉はヘッドセットのマイクを口元に持ってこようとしていた。
「あぁぁ、それと最初に私に話したことは軍の規律上、言わない方が良いと思うよ。私も聞いていないことにするから」
林原はさり気なく言う。
「あ、はい」
周中佐は、そうだったと今さらのような顔をしていた。
「我々も周中佐が何も言わなかったとして、知らん顔します」
陸大尉も機転を利かせていた。
「私は…どうしましょう」
芽亜理は目が泳いでいた。
「そうだなぁ、秘書室長に見張り役を全うしたと言えば良いだろう」
林原が言うと、芽亜理は真面目な顔をしてスマホにメモしていた。
東京の党本部の会議室。
「理念がいくら素晴らしく、各国の共感を得ても必ず反対する者はいます。それが常に話し合いで和解できるわけではありません」
と林原。
「それは歴史が証明していますね」
ケリーは平然としていた。
「国際司法裁判所に替わる係争仲裁委員会が発足しても従わない者もいるでしょう。最低限の強制力がないと、実現できないこともあります」
「かつての日本に蔓延していたお花畑主義では、全く無力なことは確かです」
ベルガーは自分の国のことのように語っていた。
「別に天下布武というわけではないので、圧倒的な武力は必要としませんが、即応できる党指揮下の実行部隊は持つべきだと思います」
「その規模はどのくらいになりますか」
とケリー。
「本格的な武力介入となると関係当事国などとの連携になりますので、ちょっとした紛争や調停の監視にあたる規模で良いでしょう」
「紛争や調停も当事国の軍に任せるわけにはいきませんかね」
ベルガーは党の負担は少ない方が良いと常に考えていた。
「軍隊を持たない国もありますし、大国と対峙しての調停なども考えられるので、党直属の部隊があれば、助けになるはずです」
「それを無人化兵団を主体にするのですね」
ケリーは年が変われば党首になるので、最終決定は自分になると感じているようだった。
「はい。新たに徴兵するわけにもいきませんし、日本の自衛軍はその名の通り、日本存立に関わる時しか使えません。アメリカは以前のような力はなく、世界展開はせず世界の警察役を下りています。また中華連合もしくは中華連邦共和国も今や民主化しているので、議会で賛否を議論してから派遣となりますから」
「その党指揮下の実行部隊は世界中に駐留させますか」
ケリーは矢継ぎ早に聞く。
「いいえ。地上にも宇宙にも展開が容易なラサの地上ステーションの近くにあれば、良いと思います」
「ラサですか。西欧と北米に軌道エレベーターが出来たら、そちらにもですか」
ケリーは会議室に張られた世界地図をちらりと見ていた。
「まだそこまでは考えていませんでしたけど」
と林原。
「でも地球に3ヶ所あれば、完璧じゃないですか」
ベルガーは楽観的に言っていた。
択捉島の海上自衛軍基地を出航したヘリコプター母艦『あかぎ』は、郷に従え党旗をモチーフにした国際郷に従え党軍の旗を掲揚していた。ヘリコプター母艦『あかぎ』は途中でサハリン海軍の巡洋艦と合流しパラムシル島(幌筵島)の手前にあるオネコタン島(音禰古丹島)に到着した。『あかぎ』には中華連邦共和国の無人化兵団を急遽編入させ乗艦していた。
『あかぎ』の全通甲板に立つロボット兵士B8は、ユジノサハリンスクにいる林原とバーチャル・リンクしていた。
「こうして、ここに立っていると実際に現場にいるようです」
林原は日本大使館のバーチャル会議室で操作性が増した操作ゴーグルと操作スーツを着用している。
「戦闘態勢に入ると自動的にリンクをオフにしてAIの判断で作戦行動に入りますから、驚かないでください」
現場でロボット兵士B8の隣に立つ、周中佐が説明していた。
「はい、わかりました。操作不良じゃないわけですか」
「なんか、このロボットが林原さんのように思えてきましたよ」
「あ、そうですか。それにしても日本の友好国であるサハリン共和国のクリル列島(千島列島)の最北部にあるシュムシュ島(占守島)とパラムシル島(幌筵島)が一夜にして占領されると思ってもみませんでした」
「でも、この予兆はウラジオストク海軍基地司令本部の建設土木部で盗み聞きした中にあったとも言えます」
「ロシアの極東戦略に関係していますか」
「とにかく我々の実戦の出番が出来たともいえますが」
周はニヤリとしていた。
「来年には君たちもこの艦も、正式に郷に従え党指揮下の実行部隊になるでしょう」
「今日は仮でしたか。実力を示してそうなれるようにします」
夜半過ぎ、全通甲板から次々に飛び立っていく無人戦闘爆撃機。離艦するとすぐに高度を下げ、海面すれすれを時速80キロほどで飛行した。一見するとラジコン飛行機のようだが、機銃を装備し爆弾を積んでいた。
パラムシル島のセベロクリリスク(柏原)にあるロシア軍の駐屯地上空に飛来する無人戦闘爆撃機。警報がなり響き、迎撃の無人戦闘機と交戦状態になった。有人戦闘機ではできない動きで互いに銃撃する。郷に従え党軍側の無人戦闘機は1機撃墜されたが、その間に別の1機が爆弾を投下し駐屯舎を破壊した。双方ともにミサイルよりも遥かに安価な兵器で、死闘を繰り広げていた。
「こりゃ、まるでゲームじゃないですか。安全な所から操作するのですから」
林原は無人戦闘爆撃機から送られてくる映像を大使館の応接間にあるモニターで見ていた。
「人手不足の切り札は、どこでもAIでしょうか」
『あかぎ』でモニターを見ている周は敵機の撃墜数が増えるのを満足げに見ていた。
「しかし、これが当たり前になったら、戦争へのハードルがグーン下がる気がします」
林原は一抹の不安を感じていた。
30分程経つと空を飛ぶもので交戦状態になることはなくなり、対空砲火もなくなった。
「これで我が方の航空優勢は確保できましたから、次は上陸部隊の出番です。ロボット兵士B8にも行ってもらいます」
周が言ったので、林原はバーチャル会議室に行き、再び操作ゴーグルと操作スーツを着用した。
海岸線に乗り上げた強襲上陸艇からロボット兵士たちが次々と上陸する。ロボット兵士に守られながら、周中佐たちも上陸した。だがロシアの占領部隊は既に島の北東部に撤退していたため銃撃はなかった。
朝日が差し込む頃、ロボット兵たちはパラムシル島のセベロクリリスク(柏原)の町に入った。
駐屯地のあった場所は黒焦げになり、まだ煙が上がっていた。ロシアのロボット兵士の残骸なども散乱し、中には人間のロシア兵の死体もあった。まだ機能し、建物の陰から銃撃してくるロボット兵士もいたので、それらを丁寧に排除して行った。
「もぬけの殻とは、無人化兵団の出る幕はないでしょう」
林原=ロボット兵士B8は周中佐と話しながら通りを歩いていた。
「シュムシュ島(占守島)まで撤退し、そこから徹底抗戦するつもりじゃないですか」
と周中佐。二人の背後で銃声がした。弾丸が金属のボティに当たる音がした。すぐに陸大尉が応戦発砲していた。
「あ、中佐、大丈夫ですか」
林原=ロボット兵士B8から林原の声がしていた。
「いや、あなたがやられてますよ。右肩に弾痕が」
周はロボット兵士B8の右肩を触っていた。
「え、私がですが。本当だ、右腕が、う、動かない…」
「林原さん、現場に来ていたら、病院送りでした」
しばらく町の中を見て回ると、抵抗するロボットもいなくなった。家の中で身を潜めていたパラムシル島・セベロクリリスク(柏原)の住民たちは、サハリン共和国の旗を持ったロボット兵たちを見ると、安心したように戸外に出てきた。
「また窮屈なロシア時代に戻るのかと、がっかりしてましたが、こんなに早く助けに来てくれるとは感謝します」
住人の中年女性が嬉しそうに話しかけてきた。
「サハリン共和国政府の救援要請がいち早くありましたから」
と周中佐。
「それで、あなた方は日本の自衛軍ではないようですし、中華連邦でもないみたいですが」
中年女性は周の腕章に記されている軍旗を見ていた。
「いえ、こういう時に素早く対応するための国際郷に従え党軍です」
「郷に従え党軍ですか。聞き馴染みがないですね」
「先日、私の強い要請で発足したばかりなんです」
と林原=ロボット兵士B8。
「私って、ロボット…AIということかしら」
中年女性はしげしげとロボットを見ていた。
「いえいえ、私は郷に従え党の林原です。今日はユジノサハリンスクの日本大使館に居ますけど」
「なんかよくわからないけど、軍隊もIoTというわけね」
「まぁ、そのようなものです。ところでサハリン共和国になって暮らしは良くなりましたか」
「それはそうね。日本車もヤミ市場の中古車でなく、ディーラーの新車が買えるし、第一、ロシアの徴兵がなくなったから、安心して子供が育てられるわ」
「それは良かったです。今後、もっと経済協力を充実させますから」
林原の声は満足げであった。
シュムシュ島(占守島)では、海岸に面した陣地からの銃撃をかい潜り、上陸を敢行する国際郷に従え党軍の無人化兵団。ロボット兵士、四足歩行ロボットは小型無人戦車を盾にしながら、進んでいく。完全に航空優勢を確保していないので、ロシアの戦闘ドローンが飛び交い手榴弾を落とし、それを郷に従え党軍の戦闘ドローンが応戦していた。過去の戦争と一線を画した光景の戦場となっていた。
周中佐や林原=ロボット兵士B8たちは、兵力が手薄な防波堤付近から上陸した。
「これはSF映画の戦場みたいじゃないですか」
と林原=ロボット兵士B8。
「完全に無人ではないですけど…、おぉっと、あぷねぇ」
周中佐は頭上を飛ぶ敵のドローンに身を屈めていた。周の近くにいたロボット兵士が、素早くジャンプして、手で叩き落としていた。
「林原さん、ここで妨害電磁波を出しますので、リンクが途切れます」
「了解しました。リンクが再開する頃は、完全制圧後ですね」
40分後、リンクが再開した。
「周中佐、戦況はどうですか」
と林原=ロボット兵士B8。
「航空優勢を確保し、主だった敵陣は制圧しましたが、民家に隠れているロボット兵士がまだ何体かいます」
「民間人の犠牲者は出ましたか」
「確認できる範囲では、負傷者はいるものの、犠牲者は見当たりません」
「それは良かった。これだけの戦闘で死者ゼロは無人化兵団だからですか」
「はい。識別プロトコルでは民間人の恰好をしていても、武器を所持していればターゲットにします。果物ナイフでも向けられた場合は同様です」
「そうですか」
林原=ロボット兵士B8は、ちょっと黙ってしまった。
「もうこの辺りのロシア兵は撤退したようです」
周は物陰に潜んでいるロボット兵を一掃したと感じていた。林原たちは民家の間の路地を歩いていた。
「こう、あっさり撤退する所を見ると、郷に従え与党諸国の反応を見るための占領だったのでしょうか」
「多分そうだと思います。本気ではない威武偵察のようなものでしょう」
周はロボット兵士たちに民間人の負傷者を探させていた。
林原=ロボット兵士B8は民家の敷地内の物置小屋から子犬が出て来たので、気になりそちらに向かった。物置小屋の戸を開けてみると、中には両手を縛られた縄を、ちょうど果物ナイフで切り終えた6才ぐらいの男の子がいた。男の子は果物ナイフを持ったまま振り返る。
林原のゴーグル内に照準点が表示され、その赤い丸印が少年を捉える。『武器所持』の文字が反転する。林原はリンクが切られてAI判断で発砲すると直感した。林原は素早くロボット兵士を遠隔操作モードに切り替えようスイッチを押した。
「周中佐、まずいことに」
「あっ、ぁぁ」
周の声が震えていた。
「ロボット兵士B8のリンクが…」
林原は次の瞬間、少年が撃たれているだろうと想像していた。しかし、リンクが切れる寸前に遠隔操作モードに切り替わっていた。
ロボット兵士B8は小銃を構えたまま、じっと立っていた。林原はゴーグルは介してその状況を見ていた。
「サハリン共和国軍だ。心配しなく良い」
ロボット兵士から人間の声で下手なロシア語が聞えたので、男の子は警戒心を解いた感じであった。
「…ロシアのロボット兵に縛られたけど、切ってやったよ。凄いでしょう」
「大したものだ。勇敢だな」
「ロボットのくせにロシア語が下手だな」
「だっておじさんは日本人だから」
「おじさん…日本人…変なの」
男の子は笑っていた。




