第八十五話 恒星間天体
●85.恒星間天体
ラサの空港に着陸しているアメリカの大型輸送機から宇宙探査機が2台が降ろされる。すぐに運搬トレーラーに載せられ、隣接している軌道エレベーターの地上ステーションへと運ばれていった。
林原は軌道エレベーターの隕石・デブリ観測センターの地上ステーション支所に来ていた。
「今運ばれているのが、日本の小惑星探査機のはごろも1号、はごろも2号を一部急遽改良した、探査機ディスカバリー1とディスカバリー2です」
林原は英語で言いながら支所のモニター画面を見ていた。
「早急に対応できる探査機は、これしかありませんから助かりました。これで太陽をぐるっと回って戻って来たところを捉えることができます」
観測センター長のカール・ニルソンの英語は林原のスマホが一応訳していた。
「郷に従え党としてはインドラが軌道エレベーターや地球に衝突しないとしても、見過ごすわけには行きませんから」
「さっそく搬送機で軌道上に上げて発射します」
「こういう時にロケットによる打ち上げでないと柔軟な対応ができるんじゃないですか」
「はい。しかし驚きました。突然特異点から現れたんですから」
「確かに特異点からだと、いくら遠くの宇宙を監視していても発見は無理でしょう」
「通常は、直径約3.7キロ、長さ約16.4キロでほぼ円筒形で茶筒のような外見の恒星間天体ですから、どんなに遅くとも土星軌道あたりで発見できます」
「それでもいち早く発見したのは軌道ステーションの隕石・デブリ観測センターじゃないですか」
「そうですけど、コースによっては大事でした。現在では各国の天文台も観測していますから世界中が注目の天体です」
「太陽系外から来る飛翔体というのは、珍しいのですか」
林原は支所の別のモニターにある画像を見ていた。そこには現在地球から遠ざかり太陽に向かっているので、最大限に拡大しても親指大のインドラのライブ映像が映っていた。
「この太陽系外飛翔体や恒星間天体と呼ばれるものはオウムアムアなどが有名で、今回のインドラは史上8例目です」
「なんでインドラなんですか」
「ヒンドゥー教の神で色が茶褐色なことに因みインドラと命名されています」
「色でしたか。それで聞くところによると長距離センサーで調べたら、内部に氷もしくは水があるということですが、いろいろと想像が広がりますけど、どう思いますか」
「それは探査機で確認するしかありません」
ニルソンの頭の中には、いろいろな説が渦巻いているようだった。
「いずれにしましても地球に再接近するのが待ち遠しいです」
と林原。
他の星々よりも地球と月が比較的大きく見える宙域。ディスカバリー1号が1キロほど先行し、ディスカバリー2号はその後に続いていた。進行方向にはほぼ円筒形のインドラがあった。
林原、芽亜理、ニルソンは軌道ステーション内にある隕石・デブリ観測センターの探査機コントロール室に来ていた。
「インドラが最も接近するタイミングでのランデブーはまもなくだ」
センター長のニルソンは待ちきれないと言った表情をしていた。
「はい。接近プロセスは順調です。ディスカバリー1・2のAI自律操縦も安定しています」
主任オペレーターの許は目を輝かせていた。
「やはりタイムラグがあるから、無線操縦は難しいのですか」
林原は手動で遠隔操縦できるのではと感じていた。
「はい難しいです。ディスカバリー1・2がインドラとランデブーする際は、地球・月の1.5倍の距離なので往復1.95秒程のタイムラグが生じますから」
ニルソンが即答していた。
「2秒弱ですか…」
林原は腕時計の秒針を見ていた。
ディスカバリー1号は50m程、2号は130m程それぞれインドラの着陸目標地点からズレていたが、破損することなく無事に軟着陸していた。2機の探査機はインドラの表面から内部にかけて、いろいろなカメラやセンサーを駆使して調査し、その結果を軌道ステーションに送信していた。
「外部はよくある小惑星の表面のようですが、この形になることは自然界ではどういう作用が働いているのか疑問です。それでもロケットのような姿勢制御機能は表面上には見当たりません」
主任オペレーターの許はデータの概略を読み取っていた。
「なんとも言えない。あとは送信された膨大なデータを分析するしかないだろう」
ニルソンの青い目はモニターを注視していた。
「外殻の岩石層は30mほどで内部の浅い部分は氷、深い部分は水のようです」
「それでは、いよいよ内部の掘削を始めてみるか」
「ドリルアームを作動させます」
と許。
「内部は分厚い岩石層と氷で宇宙線から守られ、その中心に水があるとしたら、なんらかの生物がいたりしませんか」」
ニルソンと許のやり取りを聞いていた林原がたまらず口を開いた。
「宇宙線は全くないわけではありませんが、かなり制限されるでしょう。しかし光がないのと温度です。地球の近くでは水になるとしてもそれ以外では、常に凍っていたと考えられます。生物となると可能性は低いかと」
ニルソンは、変な期待は持たせないようにしていた。
林原と芽亜理は探査機コントロール室の近くにある自販機コーナーでチューブ式のアイスココアを飲んでいた。飲み物を口にする時、ここは無重力なんだなとあらためて感じていた。芽亜理は宇宙が初めてであったので、少しボーっとしていた。
「林原さん、探査機で何かあったようです」
隣でアイスティーを飲んでいたオペレーターが自分のスマホを見ながら言っていた。
「センター長、どうしましたか」
林原は小走りでコントロール室に戻ってきた。
「インドラの岩石層が硬過ぎて掘削機の歯が摩耗し欠損しました」
「両機ともですか」
「いえ。ディスカバリー2号はまだ使えます」
「…歯の予備とかはあるのですか」
「ないので、2号を使うしか…」
「でも同じ場所では結果は同じになりますね」
「ですから、他の地点を探らせてます」
「センター長、80m離れた所にこの硬い岩石層とは違う岩石層がありました」
とオペレーターの一人。
「そうか。しかし予め設定した目標以外の場所に移動し、掘削となるとプログラムを変更しないと」
「センター長、プログラムの変更には1時間はかかると思います」
とプログラム担当のオペレーター。
「1時間後に移動し、掘削再開だと水の層に達するまで、どれくらい時間がかかるのですか」
林原はいろいろと想像を巡らせていた。
「やってみないとわかりませんが、後3時間を過ぎると燃料の関係上、探査機のサンプルリターンができなくなります」
「サンプルリターンか内部掘削かですか。両方とも可能にするには、手動しかありませんか」
「まぁ、それはそうですが…でも手動操縦はタイムラグがありますから難しいです」
ニルソンは素人はこれだからといった顔をしていた。
「難しいということは、無理ではないのですよね。やらずに後悔するよりはやって後悔する方がマシではないですか」
「しかし失敗すれば、高価な探査機を失うことになりますし、下手すればサンプルも内部構造の確認も
できなくります」
「リスクはありますが千載一遇のチャンスです。これを逃せば次にいつ恒星間天体が来るかわかりません。それにここのオペレーターさん達は皆優秀ですから、やるだけの価値はあります」
「私は郷に従え与党諸国から糾弾されます。私は元々スウェーデンの国境なき地球党員でしたが、アメリカに渡って主義主張転向した者です。失敗すればやはり破壊工作をする潜入スパイと見なされかねません」
ニルソンはおどおどしていた。
「ニルソンさん、あなたはスパイなのですか。そんな気持ちは今でもお持ちなのですか」
林原はニルソンを射貫くように直視していた。ニルソンの青い瞳にくすみは感じられなかった。
「いえ、誓ってそのようなことはありません」
「違うのでしたら、堂々としていれば良いのです。それに私もスパイでないと断言しましょう。また郷に従え党首の私が命じるのですから、失敗した際は私が責任を取り、与党諸国に謝罪します」
「わかりました。背水の陣で臨みます」
ニルソンの決意のほどをスマホが意訳して表現していた。
ゴツゴツしたインドラの表面を探査機は数センチ単位の移動を開始した。探査機の掘削ターゲットカメラの映像がコントロール室のメインモニターに映し出されていた。
「この手動操作でX軸8.5センチ、Y軸1.2センチ、Z軸0.5センチ移動となります」
主任オペレーターの許は、操作の度に逐一報告していた。
約2秒後、結果を示した移動後の映像がコントロール室にモニターに映る。
「よし、問題なしだ。引き続き手動で移動せよ」
とニルソン。林原はその様子を歯痒そうに見ていた。ミミズが大通りを横断するような感覚であった。
途中、探査機の密着脚輪が乗り越えられない岩石の塊があり、迂回したため移動に要する時間を浪費してしまった。
「X軸5.5センチ、Y軸0.6センチ、Z軸0.2センチ移動となります」
と許。
「よし。これで半分は来たぞ」
2秒後の映像を見るニルソン。林原は腕時計を見ていた。
「いゃぁ、さすがです。許さんの腕前なら、初めから手動探査で行けましたよ」
林原の声に許は嬉しそうにしていたが、ニルソンは硬い表情を崩さなかった。
「X軸3.5センチ、Y軸1.6センチ、Z軸1.2センチ移動となります」
許が言った後、2秒間の沈黙。
「センター長、移動完了です」
「よし。掘削機を設置せよ」
「了解」
「センター長、ここまでは順調ですね。迂回しても予定よりも4分早いです」
林原は許とニルソンのやりとりを永遠のように感じていたが、遂に終了した。
「掘削開始」
掘削担当オペレーターの野田は、モニターや計器類を指さし確認していた。
「掘削に120分かかるとして、内部の写真撮影には4分しか余裕がないか」
ニルソンは腕組をしていた。
「センター長、インドラ離脱の最終リミットは124分を切りましたけど、ディスカバリー1号は
役目を終えているので、先に離脱させてはどうですか」
と林原。
「いえ。124分、いや123分後きっかりに離脱しないと燃料効率が悪くなり、地球帰還にいろいろなリスクが出てきます。ですから同時の離脱になります」
「そうでしたか」
「野田、掘削は順調か」
「はい。ここの岩石層は硬度がかなり違いますから、早いです」
まだ若い野田はニルソンの呼びかけにピクリとしていた。
「あぁ、センター長、掘削速度が落ちました。何か硬い層にぶつかったようです」
野田の声は急に不安げになった。
「今までの早さが帳消しか」
ニルソンはいまいましそうにしていた。
「一旦、ドリルを停止しますか」
「待て、ドリルの先端を少し曲げることはできるか」
「タイムラグがあるので、それは無理です」
「できないことはないはずだ。失敗せずに試してもらいたい」
「…」
野田は手が動かせず凍り付いていた。林原はニルソンと野田のやり取りを見て、二人に近づいた。
「あのぉ野田君、君は、ゲームは何が好きなんだ」
と林原。ニルソンはこんな時にという顔で林原を睨んでいた。
「え、ゲームですか」
野田は意外な言葉に切羽詰まった感情が途切れた。
「レトロゲームが好きです。プログラムの制約による裏技があったりしますから」
「そうか。うちにはテーブル型のゲーム機があるから、これが終わったら来いよ」
「え、はい」
「悪りぃ、悪りぃ、今は集中してくれ」
林原の言葉に野田は救われたような表情をしていた。ニルソンはそう言うことか、という表情で林原を見ていた。
「野田、頼むぞ」
とニルソン。
野田は、実際に感じることができない感覚を研ぎ澄まして、神業のように遠隔操作をする。6秒後にその結果が出た。
「部分的な硬質層が破壊できました。ドリルの角度を戻し掘削します」
野田の自信に満ちた声がコントロール室に聞こえていた。
コントロール室の壁に設置されたアナログ表示時計とデジタル表示時計は、きっかり同じ時刻を表示していた。
「野田、氷の層は貫通したか」
「まだです」
『離脱まで60秒』淡々と人工音声がカウントダウンしていた。
「許、ディスカバリー1、ディスカバリー2のロケットエンジン点火準備」
「はい。でもディスカバリー2のドリルが作動中ですが、」
「時間が来たらドリルモジュールのワイヤーを引きちぎって離脱せよ」
「了解」
『離脱まで10秒、9秒、8秒、7秒、6秒、5秒』
「貫通。ドリル先端カメラ作動」
野田が叫んだ。
『…2秒、1秒、離脱』
コントロール室のメインモニターの分割画面には、インドラから離れていく、ディスカバリー1とディスカバリー2の映像が映っていた。
「撮れたか」
とニルソン。
メインモニターの画面が切り替わり、インドラ内の水の層の映像が映った。フラッシュライトを浴びた紫色の葉のようなものがあった。
「あれの大きさはどれくらいなのですか」
林原は画面の端にスケール表示はないか探していた。
「…この物体は1m程です。でもこれが全体を構成している一部なのか、単独で存在するものなのかはわかりません。それに生物がどうかも今の所は判別できません」
画像分析担当のオペレーターが報告していた。




