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第八十四話 SMS教団

●84.SMS教団

 党本部の会議室には党三役が集まっていた。

「それで彼らの処遇はどうしますか」

ケリーは急遽渡米の予定を遅らせて会議に参加していた。

「送還しましょう。一度地球外の視点に立った人間が、どのようになるかを見てみたいですから」

林原は月の低重力と帰りの無重力の影響が残っているので、デスクの横に杖を立てかけていた。

「今回救出した恩は、何かの交渉材料になりませんか」

ベルガーはタダで返したくないようだった。

「私も何かに利用できないかと考えています」

ケリーも同調していた。

「私は、ここで見返りを求めず送還することで、何かのきっかけになればと思っています」

「甘いと思いますが、それは何ですか」

とケリー。

「あの二人が何かのムーブメントを起こすとか、それを見ていたどこかの人間が新たな価値観を生み出すとかです」

「ん…、林原さん、宇宙に滞在するとそんなに変わるものですか」

「ベルガーさんも、一度地球外に行った方が良いかもしれません」

「でも、しばらく地球に居れば、考えが変わると思います。少なくとも彼らには、ケガの状況も加味して1G下で補助具なしで歩けるようになるまでは、つくばの宇宙訓練センターに居てもらいましょう」

ケリーは物おじせずに言う。

「わかりました」

林原は素直に受け入れていた。


 党本部の党首室。

「芽亜理、君を採用したからには、木本から秘書だけでなくいろいろな学んでくれよ」

と林原。

「はい。シャオテンテン23号・メアリー改め片山芽亜理として頑張りますので、よろしくお願いします」

「しかし、日本語は須藤に買われるために覚えたのか」

「はい」

芽亜理は暗い顔をしていた。

「悪い悪い。嫌なことを思い出させてしまったな。それで君を呼ぶ時は、引き続き芽亜理で良いのか。日本国籍を取得した際に付けた苗字の片山でなく」

「聞き慣れている芽亜理で良いです」

「わかった。それで私が月から連れ帰ったウラジミール・ソコロフと張浩然の送還の件はどうなった」

「彼らなんですが、本国から裏切り者呼ばわりされているので、送還を拒否しています」

「引き続き日本に残るつもりなのか」

「それが日本滞在中にネットで目にしたSMS教団に興味を持っているようでして、そこで活動したいそうなのです」 

「SMS教団って、元宇宙飛行士のレナード・ヤングが教祖のスペース・マンカインド・シップ教団(宇宙人類精神教団)のことか」

「はい。共鳴するところがあるそうです」

「しかし得体のしれない怪しい団体のようだが、大丈夫なのかな」

「行かないように強制するか、説得しますか」

「強制するわけには行かないが…とにかくそのSMS教団の実体を知りたい。ヤングに一度会ってみよう」

「こういう人です」

芽亜理がタブレットPCの画面に映るレナード・ヤングの顔を見せていた。


 「よし、これで終わりだ。まもなく3時だな。コンビニで上手そうなスイーツでも買ってきてくれ」

林原は党の経理報告書を処理済みのルーズリーフに挟んでいた。

「それなら、抹茶サツマイモパフェしかないですよ」

芽亜理は表情が和らぎ、嬉しそうにしていた。

「木本も顔を出すと思うから、3人分買ってきてくれ」

林原は、芽亜理が帰ってくるまでテレビを見ようとスイッチをオンにした。

 『「続いて海外のニュースをお伝えします。昨日、コロラド州デンバー国際空港を飛び立ったアメリカン航空85便はロッキー山脈上空でレーダーから機影が消え、連絡が途絶えました。85便はエンジンの不具合を連絡していたところから墜落した可能性が極めて高いとされています。乗客の中には、カントリー・シンガーのマーガレット・リーヴス氏やSMS教団のレナード・ヤング氏などがいました。なお乗客名簿に日本人はいないとのことです」

キャスターの背後の画面には85便と同型の飛行機が映っていた』

 林原はヤングに会えなくなることに苛立ち、テレビを蹴り飛ばしたい衝動に駆られたが、なぜか思い留まっていた。そんな所に木本が党首室に入って来た。

「どう、芽亜理と上手くやって行けそう」

木本はテレビの前に立っている林原を見ていた。

「うん。まぁ、なんとか」

「テレビは壊さずに済んだみたいね」

木本はお見通しと言った顔をしていた。

「ユカ…、木本、抹茶サツマイモパフェを芽亜理が買ってくるから食べて行けよ」

「もちろん。そのつもりで来たんだけど」


 党本部の党首室には総合情報局の市原が資料データを持って訪れていた。

「生存者がいるのか…。信じられない」

林原は市原の顔をまじまじと見ていた。

「総合情報局で分析した結果、その可能性が高いと思われます」

「でもアメリカ航空局の発表によると85便は空中で爆発したと言っていたが、違うのか」

林原は怪訝そうな顔をしていた。

「はい。これを見てください。この尾根に散乱している残骸には後部尾翼付近の残骸が全く見当たらないのです」

市原は主翼付近の胴体や主翼などが粉々になった残骸を映る拡大衛星写真を見せていた。林原はむき出しの座席が土砂にめり込んでいる悲惨な現場を丹念に見ていた。

「それで、この衛星写真を見てください。ここの尾根から8キロ離れている斜面なのですが、後部尾翼部分と思われるものがあります」

「確かに、尾翼付近らしいものがあるが、ここにも生存者は確認できないと発表されていたぞ」

「かなり形を留めているところから、内部にいた乗客は墜落直後なら生きていた可能性があり、また誰もいなかったと言うのが変なのです。ご遺体があってもおかしくないのに、全くありません」

「熊とか狼が巣に持ち帰ったかもしれないぞ」

「そこでAIを使いいろいろな角度から分析した結果、この斜面に足跡を発見したのです。この衛星写真が撮影されたのは墜落の1時間後です。墜落現場に捜索救助隊のヘリが到着したのは10時間後ですから、この足跡は生存者のものの可能性が極めて高いのです」

「それは、アメリカの当局にも知らせたのか」

「はい。でも現場の救助隊は生存者を発見できなかったとのことです」

「崖にでも落ちたのだろう」

「ただ、乗客名簿によるとこの尾翼近くの座席にはレナード・ヤング氏とお付きの人が乗っていたのです」

「ヤングがか」

「それで靴跡なんですが、ヤング氏がよく履いているというシューズの靴跡と一致したのです。たまたまかもしれませんが、一応、お知らせしておこうと思いまして」

「もし生きていたとしたら、SMS教団の奇跡として認定されるだろうな。そんな人物には会ってみたものだ。もともとヤング氏に会うために航空券を手配していたが、キャンセルせずに行ってみるか。彼に会えなくてもトレッキングぐらいはできるだろう」

林原は軽い気持であった。


 ジェット推進タイプの飛行車はロッキー山脈の墜落現場に近いコテージの駐車場に着陸した。林原たちは登山用具を背負いながら飛行車から降りた。

「日本から28時間、ついにここまで来たな」

林原を大きく伸びをしていた。

「林原さん、体調は大丈夫ですか」

芽亜理は秘書として気遣っていた。

「長寿医療を施した丈夫な体だから問題ないよ」

林原を眠たい目をこすっていた。

「意外に遠かったです」

と張。張とソコロフのスマホは日本語訳に設定されていた。

「乗り継ぎ便が少なかったですからね」

ソコロフは飛行車に忘れ物がないか確認していた。


 コテージから4時間近く歩くと、全く人の気配を感じない山道になった。平地ではまだ秋の風情であったが、周囲の山の頂は雪で白くなっていた。 

 「芽亜理、さっき言っていたことは本当なのか」

林原は立ち止まって思い出したように言う。

「はい。どうしても死んでいないと感じるのです。1970年代の超能力ブームで言うところのテレパシーでしょうか」

「それじゃ、そのテレパシーを発信しているのがヤングというのか」

「…でも、そのへんがどうもハッキリしませんで、もっと身近な存在から届いているような気がするのです」

芽亜理は目が泳いでいた。

「芽亜理さんの気のせいではないですか。でも私も生きていて欲しいと思いますよ」

張は可哀想な人を見る目で言っていた。

「私はヤング教祖から直接教えを乞いたかったです」

ソコロフは現実を冷静に受け止めようとしていた。

 「座標的には、そろそろ後部尾翼付近の墜落現場ですが…、もうきれいに撤去されているようです」

芽亜理は木々なぎ倒され、何本かの木が焦げている周囲を見ていた。

「事故調査委員会が回収したんだろう」

林原はタブレットPCのGPS画面を確認していた。

「確か足跡があった場所は、この辺りだったと思いますが、雨や風などでかき消されているようです」

芽亜理は丹念に地面を見ていた。

「…。それで、あの足跡のつま先の方向は、こっちだったよな」

林原は墜落現場から見える太い幹の樹木に向かって歩き出した。太い幹の樹木は少し上がった所にあったが、それを過ぎると急斜面になっていた。

 「この斜面で滑ったら、ケガ人でなくても上るのは苦労するだろうな」

林原は近くの木の枝につかまっていた。

「林原さん、あれは生存者が滑った跡ではないですか」

張が数メートル先の岩肌の削れた筋を指さしていた。その滑った跡をたどると、斜面の奥まった所の暗がりに向かっていた。

 「あそこまで落ちてたら、助からんだろう。行って確かめるまでもないな」

「林原さん、身軽な私がご遺体があるかどうか見てきます」

「芽亜理、いくら君が戦闘能力に長けていても、山の斜面は不慣れだろう」

「いいえ。逃亡した際の戦闘訓練で鍛えましたから、問題はありません」

「わかったが、このザイルロープを付けて行ってくれ」

林原は芽亜理にザイルロープを手渡していた。

 芽亜理は暗がりの所にたどり着くと、そのまま暗がりの中へと入って行った。数分後、芽亜理は暗がりの手前まで戻ってきた。

「この奥に洞窟があります」

芽亜理は聞こえるように大きな声を張り上げていた。


 林原たちはその洞窟に入った。入口付近には何らかの形で火を灯していたようで、煤けた枝などが散らばっていた。

「ここには明らかに人が入って行った形跡があるな。ただこれがヤングたちとは確定できないが」

「でも林原さん、これを見てください」

芽亜理はかなり部分的な靴跡をじーっと見ていた。

「…ヤングのシューズ跡と似ているかな」

「林原さん、もう一つ別の靴跡もあるので、二人がいたことは確かなようです」

張は少し離れた所から言っていた。

「二人ということはヤングとお付きの人か。気になるな、もっと奥を見てみよう」

「あの林原さん、もう時間も時間ですので、今日はここでテントを張りましょう」

「そうだな。かなり先がありそうだからな」

林原はLED懐中電灯の明かり洞窟の奥の方に向けて目を凝らしていた。


 翌日、林原たちは洞窟の奥へと進んで行った。2時間程進むと石筍が林立するホールがあり、その端を流れる地下の川もあった。遥か高い所に穴があり、そこから微かに外光が入っていた。

「水は確保できるし、外より暖かい、それに熊などの侵入を防げる。でもまだ誰にも出会わないな」

「林原さん、私、何か感じるんです。近いと言うことを」

芽亜理はLED懐中電灯の明かりで周囲を照らしていた。

「林原さん、この先は二股に分かれてますが、右の方から微かに人の声がした気がします」

ソコロフが林原たちの所に戻ってきた。

「本当か、急ごう」

林原が小走りになると全員が後に続いた。


 林原がLED懐中電灯の光を向けると、そこには顔に固まった血の塊をつけた男女がいた。男の方は片腕に枝を巻き付け、女の方は片足に枝を巻きつけていた。

「あなたはレナード・ヤングさんですか」

林原はスマホの通訳機能をオンにしているものの、英語で言っていた。

「はい」

ヤングは力ない小声で言っていた。

「リサ、あなたリサよね」

芽亜理は女の方に近寄って声をかけた。女はうなづいてから芽亜理と抱き合っていた。張とソコロフは芽亜理たちの顔を二度見していた。

「芽亜理、知り合いか」

「リサです。今はシャオテンテン5号改めリサ・ヘイズと名乗っているリサです」

「リサ。そうかわかったぞ。芽亜理と遺伝子情報が同じだから、テレパシーのように通じ合えるのか」

林原はピンと来ていた。

「しかし、なんでまた、ヤング教祖と一緒にいるのだ」

「林原さん、お久しぶりです。私はあれから中華連合のエージェントとして働いていましたが、殺伐とした環境から逃げ出したくてSMS教団に身を寄せてました」

「私は彼女たちの境遇を知って、受け入れることにしました」

ヤングは腕をかばいながら言っていた。

「しかし、よくご無事で」

林原は感心していた。

「我々は千切れた尾翼付近の胴体と共に滑空するような形で落下し、奇跡的に墜落から助かりました。

我々の他に3人が重症で生存していたのですが、ほとんど抵抗できずに熊や狼に襲われて、なんとか逃げ延びられたのは彼女と私だけです」

「それはそれは、大変だったんでしょう。でももう大丈夫です。衛星回線のスマホもありますから助けが呼べます」


 「今、救助隊と連絡がついたのですが、到着までは5時間ほどかかるそうです」

芽亜理は林原に言っていたが、全員に聞こえるようにも言っていた。

「そうか。結構時間がありますね。それではヤング教祖、あなた方のお教えを軽くお聞かせ願いませんか」

「林原さん、教祖はやめてください。我々は別に宗教というわけではなく、私は宇宙意識体の先導者なのです」

「私は導師とお呼びしています」

とリサ。

 「まず宇宙から地球を見ると、なぜか国境という意識は薄れます。実際に国境線など見えませんから」

「あのぉ、私も宇宙に出た時、何となく感じました」

林原が言うと、張とソコロフも大きくうなづいていた。

「それが私の原点です。そこで何かとてつもなく大きく、懐の深い存在に気が付き、それを私は宇宙意識体と名付けました。この宇宙意識体に恥じない行動様式がスペース・マンカインド・シップ・ムーブメント団体

(宇宙人類精神団体)の基本理念です」

「行動様式なのですか」

林原はちょっと理解がズレていたと感じた。

「しかしこれは宗教や国家を否定するものではありません。互いにリスペクトして共存できるものと信じています。ただその立ち位置が少し違うかもしれません」

ヤングの声はか細いが、信念がぶれない迫力のようなものが漂っていた。張とソコロフは食い入るようにヤングの顔を見ていた。

「地球上に存在するいろいろな宗教の開祖はある意味で宇宙意識体の預言者に該当します。それぞれ解釈は違いますが、それはわかりやすく意識体の意思を伝えるための手段ではないかと考えます」

「導師、お疲れのようですが」

とリサ

「構わぬ。大丈夫だ」

ヤングは唾をごくりと飲んでいた。

「宗教的対立は解釈の違いだけであり、根本は同じです。ですから、宗教を掲げて聖地がどこだとか、教典が間違っているとかは、些細なことに過ぎないのです。ましてや宗教を盾にして人々が殺し合うことなどナンセンスであり、宇宙意識体から見れば何も知らない愚かなことと映ります」

「宇宙意識体とは人類の創造主になるのですか」

ソコロフは尊敬のまなざしでヤングを見ている。

「それはわかりませんが、そのような狭義ではないと思います」

ヤングはあっさり否定した。

「リサはよく理解したわね」

芽亜理はぼそりと独り言のように言っていた。リサは大人しく聞きなさいという表情をしていた。

 「また宇宙意識体から見れば、全ての宇宙つまり森羅万象は誰の所有物ではなく、強いて言うならば、宇宙意識体もしくは宇宙全体の創造主の物なのです。人類が勝手に国境線を敷き、その所有権を主張するために殺し合うことなどもナンセンスなのです」

「確かにそうですね」

と林原。

「宇宙意識体から見れば、全ては些細な事なので、その立場に立てば、ほとんどの争い事はなくなるでしょう。それで地球は一つにまとまるのです」

「リスペクトというキーワードは我々郷に従え党と一致するところです。また宗教を否定せずとも、自らは宗教団体でないと言う点は国境なき地球党諸国にも受け入れられると思います」

「何度も言いますが、宇宙から見れば国境線はないですから」

とヤング。

「これからも信者、いや失礼、この行動様式を受け入れる人は増えるでしょうし、地球を一つにという価値観も一致します。郷に従え党としては、今後も親しく接したいと思います。支援できるものがあれば、支援させてください」

林原は将来的に役立つと直感していた。

「ありがとうございます」

ヤングは握手をしかけたが、枝の添え木をしていることに気が付き動きを止めた。それを見た林原は自ら手を差し伸べ、触れる程度に軽く握手した。

「あの…、信者ではなく、日本語で表現する所の同意者となります」

リサがすかさず言った。

「そうでしたか。それではここにいる二人は同意者志願ですので、よろしくお願いします」

林原は張たちをヤングに紹介していた。


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