第百四話 浅はかさ
●104.浅はかさ
通常の飛行レーンを外れた空飛ぶ車が、虎ノ門ヒルズの横を飛行し国会議事堂に向かった。そのまま進むと、数機の警戒ドローンがネットを広げて絡め落とそうとするが、ドローンではなくひと回り以上大きい空飛ぶ車なので引きちぎられていた。飛行を阻止することはできない。時速150キロ以上の空飛ぶ車が、国会議事堂の中央塔の塔屋部分に突っ込み爆破炎上した。国会議事堂の中央部分が崩れ炎と黒煙が上がる。警備をしていた警官たちが慌ただしく走り回っていた。
議事堂の食堂で昼食を食べている林原たち。
「郷に従え与党諸国は各国で暴動が起きているらしいが、持ちこたえられるかな」
林原は渋い顔をしていた。
「オルタナ・シモノフAIを騙すためとは言え、ここは我慢のしどころですね」
と木本。突然、建物が振動し揺れを感じた。遠くの方で爆発音がして、警報が鳴り出した。通路を慌ただしく駆けまわる靴音がしている。食堂内も騒然としていた。
「ん、地震か」
林原はお茶に咽ていた。
「何かが崩れるような音がしてます」
木本は箸を止めた。
「総理、国家議事堂が攻撃されました。至急避難してください。さっ、こちらへ」
副官房長官の鈴木が顔色を変えて駆け寄ってきた。林原たちは警備員たちに囲まれながら、地下通路に急いだ。
「取りあえず、警備体制が万全な官邸の地下なら安全だろう」
林原は小走りになっていた。木本は黙って後に続いていた。
「あ、総理、引き返しましょう。首相官邸も公邸も武装集団に占拠されているそうです」
鈴木はスマホを耳にしたまま言う。
「武装集団って、そんな武器を持ったものが都内にやすやすと侵入できるのか」
「どうも、自衛軍の決起部隊のようです」
「クーデターか。今日は3月26日…後世に3・26事件として記録されるのだろうか」
「見つかれば、殺されかねません。こちらへどうぞ」
鈴木は別の地下通路に林原たちを導いていた。
別の地下通路を行くと地下鉄永田町駅の駅長室にたどり着いた。駅長は突然の林原たちの出現に驚いていた。
「総理がここにおいでになるとしたら、よほどの緊急事態ですね」
駅長は緊張した表情であった。
「ここから有楽町線で…乗り入れている東上線では朝霞方面…」
鈴木は少し混乱していた。
「朝霞の自衛隊か。木場方面しかないか」
「総理、半蔵門線という手もあります。乗り入れている田園都市線に乗れば、空自軍の厚木基地も近いと思います」
「いや、話せばわかるはずだ。日本を救う気持ちに隔たりはないのだから」
林原は拳を力強く握りしめていた。
「セイパパ、いや総理。話してわかる人達でしょうか。あなたには娘もいるのですよ」
木本は目が赤らんでいた。
「このまま逃げてばかりでは、イケないのだ。私は間違ったことはしていない。心ある者はわかるはずだ」
「総理、官房長官が捉えられている官邸に行くのですか」
鈴木は制止しようとしていた。
「私一人で行く。妻を頼む」
「し、しかし…」
「頼んだぞ」
林原は地下通路に戻って行った。
林原が地下通路を一人で歩いていると、後ろから駆け寄って来る靴音がした。
「林原さん、水臭いっすよ。呼んでくれたら良かったのに」
「田沢、…しかし君には嫁さんや家族がいるだろう」
「こういう時は、切っても切れない腐れ縁ですから」
「…腐れ縁かぁ。まぁ良いだろう。自分は死ぬつもりはないし、田沢も死なせるつもりない。わからないけどな」
「能書きはいいっすよ。とにかく副官房長官の秘書に呼ばれましたから」
「鈴木の秘書か、あの美人かい」
「鼻の下を伸ばしているとツネられますよ」
「お互いにな」
林原は田沢の肩を叩いていた。
「私は林原だ。官房長官の無事を確認し、君たちの言い分を聞きに来た」
林原は官邸地下1階の廊下に立っていた。決起部隊の兵士が小銃を突きつけよとしたので、田沢は前に立ち、銃口を横にしていた。
「なんだ林原首相だと…、お笑い芸人のそっくりさんじゃないのか」
決起部隊の曹長は林原を見てあざ笑うが、念のため顔認証スキャンをした。次の瞬間、彼は真面目な顔になった。
「お、あ、本物だ。大佐に知らせてくれ」
曹長は部下に命じていた。
官邸の執務室には決起部隊の首謀者・永森大佐がいた。
「あなたを取り逃がしたことで、今回は失敗したと覚悟を決めていました。見せしめに会議室に閉じ込めた官房長官でもを殺そうかと思いましたが…直々においでになるとは、運に見放されてなかったということになります」
永森大佐は眼光鋭い青年将校といった風貌だが、実年齢はもっといっているようだった。
「君たちの目的はなんだ」
「日本を正しい方向に修正するために決起しました。だからその妨げになるものは排除します」
「排除か。たぶん手荒な排除だよな」
「林原首相、このところのあなたの行動は以前と違っています。何かお考えがあるのですか」
「とても重要なものだが、考えはある」
「それは国を売り渡すことですか」
「それは違う。誤解だ。しかし今は本当のことが言えないのだ」
「正直に言ってもらいたい」
「言わないと一国の首相でも殺す覚悟だな」
「一国の首相でも正気を失った場合、それを正すのが自分らの役目です」
「しかし私や閣僚を殺してもだ。既に進められていることは止められない」
「その進められていることが、問題なのです」
「…君たちは日本や郷に従え与党諸国のことを心から愛する程大切にしているのかね」
「他国は別ですが、とにかく日本の行く末や伝統文化を守ることに、一命を捧げる覚悟はあります」
「わかった。それなら私の同志だ。幸、君たちは国会議事堂を破壊したものの、まだ誰も殺していないから、今なら引き返せる」
「殺す殺さないは自分たちの判断であり、あなたが同志と言えるのかは疑問です」
「私は君たちを裏切るつもりはないから、逃げも隠れもせずにここに居よう」
「居座るのは良いが、進めていることを話してもらいたい」
「今話さなくても、時間が経てば結果が出る。それまで軟禁状態でも好きにしてくれ、それで少しでも裏切ったと感じたら、殺せば良いだろう」
「日本を潰されたからでは、あなたの命を奪っても意味がないのです」
「仕方ない。大佐には本当のことを話すが口は堅いか。もし漏らした場合、機密情報法違反で逮捕されるが良いな」
林原が言うと永森は予想外という表情になった。
林原は執務室を人払いして、永森大佐と差し向かいで話していた。田沢や大佐の部下たちは廊下で大人しく待機していたが、林原か永森の声が聞えたら、すぐに部屋に飛び込む態勢であった。
「それは本当なのですか。自分たちを騙すための詭弁ではありませんか」
「信じれば、辻褄が合うだろう。だがこのリバース作戦のことはごく限らた人物しか知らないから、日本を憂う者が立ち上がることになってしまったな」
「し、しかし、オルタナ・シモノフAIが興味を失わず、監視体制を強化されたらどうするのですか」
「いろいろと調べた結果、モデルとしているシモノフの思考回路なら、そうなる可能性が高く、もしダメだとしても二重三重の策を用意しているのだ」
「林原さん、これが、ハッタリとか嘘でしたら、ただでは済ませませんよ」
「そんなことをしてどうする。これが真実だし、私は逃げも隠れもしない。こんな嘘を言うために命を張って、君らの懐に飛び込むほどバカではない」
林原は永森の目をしっかりと見据えて言っていた。しばらく両者の視線は真正面から衝突していた。林原の呼吸は一切乱れず、永森の鼓動は若干早まったようだった。5分近く互いのオーラが対峙する沈黙と静寂が執務室を覆った。
「は、林原さん…、…自分たちは浅はかでした」
永森は悔しそうに唇を噛んでいた。
「まぁ、決起するのは無理もないことかもしれない。あっ失礼。党幹部の同志からの電話だ」
林原はスマホを耳に当てた。
「あ、電話がつながったということは、無事なんですね。良かった。ベルガーからクーデターが起きたと聞いてましたから」
ケリーは安心したような声であった。
「まぁ、無事なんだけど、その首謀者が目の前にいますよ」
「えっ、捉えられているのですか」
「話せばわかるということで、こちらから出向いて説明し、わかってもらったばかりですけど」
林原は英語で言っていた。
「あのぉ、林原さん、スマホの通訳機能を使ってもらわないと、あなたを疑いたくなります」
永森が割って入ってきた。
「ケリーさんが私の無事を確認しているだけだから密談ではない。しかし君のために…わかった」
林原は日本語で言いながら通訳機能をオンにした。
「どうかしたのですか」
ケリーは日本語で言った。
「いや、大丈夫です。それでこのままリバース作戦を続けてもダメみたいって、どういうことですか」
林原は思わず口にしてしまった。永森は林原の言葉に目が泳いでいた。
「AI分析哲学者でスタンフォード大学教授のハワード・フクイ博士によると、オルタナ・シモノフAIの最終目的は、国境なき地球党の世界天下統一ではないと結論づけられました」
「でもそれって、注目されたいがための逆張り説とかではないのですか」
「過去の言動、様々な事象の傾向などを丁寧に分類し、研究チームを組んで分析した結果ですから、間違いありません」
「それでは何を達成すれば、オルタナ・シモノフAIは満足するのですか」
「人類という種族をあまねく宇宙に広めることが最終達成目的でそれを達成するまで、手を抜かないということです」
「興味を失うどころか、宇宙に人類を広めるまだ途中というところですか」
「つまり国境なき地球党の世界天下統一はその手段でしかなく、その先があるわけです」
「そうでしたか…、今後について考えさせもらえますか」
林原は通話をオフにし、自分の考えが浅はかで思い込みが強かったと痛感していた。永森大佐は林原の様子を見てあ然としていた。
「永森大佐、リバース作戦はちょっと予定を変更しなければ、ならなくなった」
「自分たちはどうなるのですか」
「大佐、今度は私の警護部隊として官邸にいてくれるか。オルタナ・シモノフAIに洗脳された個人が組織が、泣きっ面にハチとばかりに襲ってくるだろう」
「あ、でも、よろしいのですか」
「SG9として警護を全うしてくれれば、決起した罪は減じよう。まぁ、無事に乗り切れたらの話だが…」
「田沢、SG部隊は8までだったよな」
「はい。新たに加えるのでしたら。SG9になります」
田沢は自分の指揮下に決起部隊が加わるのかと驚いていた。
その日の内に号外が配られ、林原首相の説得により、決起部隊が投降したことが内外に報道された。
党本部の会議室に集まる党三役。
「林原さん、官邸の方が良くないですか」
とベルガー。
「官邸よりもこちらの方が落ち着くし、安全な気がするから」
「クーデター騒ぎがあった後ですから、その気持ちはわかります。それでどうしますか」
ケリーは包み込むように言った。
「こうなったらオルタナ・シモノフAIの目的達成の手段として郷に従え与党諸国を利用するのが合理的だと呼びかけるのはどうでしょうか」
「そもそも呼びかけに応じるとは思えませんが」
ケリーは目が沈んでいた。
「何か気を引くことをしないと」
とベルガー。
「二つの陣営が戦って統一争いをしていては宇宙進出はできないとかではどうですか」
「それなら可能性はありますけど…、それで呼びかけに応じたとしてですが…、となると領域になるのではなく、全世界が二分されたままでですか」
ケリーは壁に貼られている世界地図をちらりと見ていた。
「はい。当然オルタナ・シモノフAIは全てのシステムの連結を要求してくると思います。総合監視ネットワークシステムを構築し、我々が裏切らないように手を打って来るはずですが、こちら側からは洗脳はなしという条件をつけます。もし条件違反があれば即破談で、システム連結を寸断するのです」
「林原さん、結局何がしたいのですか」
とベルガー。
「地球規模の総合監視ネットワークシステムとなれば、大量の電力が必要となります。そこで電力不足で停電にすれば、隙が生まれます」
「電力供給網は計画的に構築され、発電量も計画的に確保するはずです。停電など起こさせないでしょう」
ケリーは意味がないと言いたげであった。
「予想以上の電力をどこかで必要とすれば、どうですか」
「それを何にしますか。地球規模の莫大な電力ですよ。火星をテラフォーミングするとか、未来技術の範疇でしょう」
ベルガーはお手上げという表情をしていた。
「ベルガーさん、未来技術…そうですよ。私には考えがありますので、できるかどう下調べしてみます」
「しかし米中欧が何と言いますか。いずれにしましても下調べは急いだ方が良いでしょう」
ケリーは賛同も反対もしない姿勢を貫いていた。
林原は、SG9の主だったメンバーと田沢でアメリカに向かった。当初いがみ合っていた田沢と永森大佐たちだが、自衛隊や自衛軍のあるあるで盛り上がり、機内で徐々に打ち解けて行った。




