第百二話 計画始動
●102.計画始動
郷に従え党本部の党首室。
「一夜にして国境なき地球党領域になるのだったら、一夜にして取り戻すこともできるような気がします。とにかくオルタナ・シモノフAIを倒せば、状況は一変するはずです」
「林原さん、それはそうですが、倒す方法はありますか」
ベルガーは打つ手なしという顔をしていた。
「アプローチすることさえ、今となっては無理でしょう。それに我々のAI安保体制もいつ破られるか時間の問題ではないですか」
ケリーは肩をすくめていた。
「今のところ、ペルーとメキシコに反政府組織ができてますが、もっと増やす必要があります」
林原は、羽ばたきドローンのささやかな成果を告げていた。
「でもそれだけでは、心もとないです。もっと他に何かしなければ」
ケリーは苛立っているように見えた。
「そうだ。思考モデルとなっているヘンリー・シモノフの人物研究や生い立ちなどを調べれば、何か糸口がつかめそうな気がします」
林原は唐突に閃いた。
「カナダに飛びますか」
とベルガー。
「オートパイロットの民間機でなく、用心のために人間のパイロット付きのプラベートジェットを使ってください。私が手配しますよ」
ケリーは林原の安全を第一に考えていた。
ユニオン駅内のバーガーショップのボックス席に座っている林原と芽亜理。
「トロント大学の寄宿舎は管理者が何代も変わっているから何も手がかりなしですね」
芽亜理はシェイクをズルズルとすすっていた。
「わかることはヘンリー・シモノフはトロント出身で、トロント大学では政治学科と哲学学科に在籍し、演劇クラブとロボットクラブに所属していたではな…。わざわざここまで来た意味がないよ」
林原はタブレットPCの画面に滴り落ちたコーヒーの滴をティッシュで拭いていた。
「シモノフの学生時代は何十年も前のことですから、他の線で探しますか」
「ん。しかし、ここのハンバーガーは意外に上手かったな」
と林原。
「シモノフのことなら、ロシア系カナダ人で父親はウクライナに近いスモレンスク出身、母親の祖父はイタリア人でカトリックの神父なんだけど、余計なお節介かい」
通りかかったトレーを持ったサングラスの男が言った。男はサングラスを少しズラしてニヤリとした。
「…ジャック」
「セイシロー、今日は秘書とトロント見物か」
ペレスは林原の横に座ろうとしていた。
「あ、ペレスさん、私の横の方が広いですよ」
と芽亜理。
「いや、そこに座るとセイシローが妬くといけないから。それにこれからシモノフの親戚の所に行くんだ。付いて来るか」
「もちろん。ジャックたちも動いていたのか」
林原はコーヒーを飲み干していた。
シモノフの親戚はトロント郊外の閑静な住宅街に住んでいた。林原たちはネットタブロイド紙『ウィークリー・ポストライナーと』の記者を装って訪ねていた。ヘンリー・シモノフのいとこにあたるアラン・シモノフの見た目は30才前後であった。しかし長寿医療をしているらしく、実年齢はかなり高齢のはずだった。
「彼とは国境なき地球党を結党して以来、音信不通になっていまして、現在も変わりはありません」
アラン・シモノフはどこか宗教家のような落ち着きがあり、品の良い資産家という雰囲気も漂っていた。
「生きているか死んでいるかもわからないのですか」
とペレス。
「それはどうでしょうか。今や彼の党は世界規模になっていますけど、我々と関わりたくないのか連絡はないのです」
「それで彼はどんな人物なのですか。グローバル政党の党首となる片りんとかはありましたか」
「そうですね…。何でも上達が早かったし、成績は優秀だったことは覚えています」
「それじゃ、挫折とかはなく、順調に育ったわけですか」
ペレスは、挫折のない奴は嫌いだったようで、一瞬顔をしかめていた。
「はい。挫折はなかったように見受けられます」
アラン・シモノフが言うと、ペレスは言葉に詰まってしまった。
「幼少期から完璧な人っていますからね」
芽亜理が合いの手を入れていた。
「幼少期からの性格としては、どうですか」
と林原。
「幼少期からですか…、あぁ、ヘンリーの性格としては、物事は達成させることに情熱を注ぎ、達成してしまうと途端に興味を失うって感じでしたね。それで達成した後は、今までと矛盾することでも新たな視点に立ち、様々なことに関心を寄せて、次の目標を見つけるまでに時間を要していましたよ。だふん大人になってもそれほど変わっていないと思います」
「達成した途端に興味を失うのですか」
林原は噛み締めるように言っていた。
「あなた方は、ヘンリー・シモノフの自叙伝とか伝記でも書くのですか」
「はい。そのようなところでして」
ペレスは適当に返事をしていた。
「いやぁ、どうも。今日はとっても重要なお話が聞けて良かったです」
と林原。ペレスはそうなのかという顔をしていた。
トロントの帰りに林原たちはGNSP(アメリカ版郷に従え党)の竣工したばかりのニューヨーク本部にある会議室に立ち寄っていた。
「オルタナ・シモノフAI対策の道筋が付いたと言うのですか」
GNSP党首のエバンス・モーガンは、120階の窓から見えるニューヨークの景色を見ていた。
「はい。ヘンリー・シモノフの思考をモデルにしているAIなので同様の思考回路が働くはずです。ですから一旦は全世界が国境なき地球党領域になり興味を失った隙に、郷に従え党の理念を吹き込めば良いと考えます」
「林原さん、それはあまりに無茶な提案ではないですか」
モーガンは厳しい表情になっていた。
「セイシロー、俺には物事を達成させれば興味を失わせられるという情報をつかんだと、CIAに報告しろということか」
「そういうことになると思う」
「一旦領域内となり。がんじがらめの監視体制下になって、もし元に戻せなくなったらどうしますか」
モーガンは林原の目をしっかりと見据えていた。
「…もちろん、それを排除するために二重三重の対策を講じる必要があります。しかし基本は一旦領域内になることなのです」
「セイシロー、スマホの使い過ぎで、オルタナ・シモノフAIに洗脳されてないか」
「いゃ、それはない。我々郷に従え与党陣営のAI安保体制は崩れていないから」
「その二重三重の対策が納得のいくものでなければ、GNSPとしては、東京の党本部が決定したとしても賛同はできかねます」
「郷に従え党の基本理念があるので、他国の決定に干渉するつもりはありません。ですから、自発的に賛同してもらった上でのことになります」
「セイシロー、正直言って、あの親戚の言った性格って、どの程度信用できると思う」
「人の性格は大人になってもそれほど変わらないのは一般的だよ」
「でも相手はオルタナ・シモノフAIだぜ」
ペレスが言うとモーガンも林原に目を注いでいた。
「林原さん、ここで結論は出さず、日本はもちろんのこと各国で是非を問う必要がありますね」
芽亜理が言うとその場の雰囲気は少し和らいだ。
「モーガンさん、唐突に大胆な案を言ってしまい、失礼しました。もっとまとめてから、またお伝えします」
「いゃぁ、良いですよ。忌憚のない意見を真っ先に伝えてくれたのですから」
モーガンは林原の正気を確かめるように力強く握手してきた。
東京の党本部の党首室
「一旦は全世界を国境なき地球党領域にすることは変わりないのですね」
ケリーは林原の本気度を確かめているようだった。
「そこまでは無為無策でも同じ結果になります」
ベルガーはぶっきら棒に言っていた。
「他に何か策があれば、どんどん提案して欲しいのですが…」
林原は二人の顔を交互に見ていた。
「わかりました。それで、仮に領域になったとして、その後どうしますか」
ベルガーが問い詰めてきた。
「ベルガーさん、そうではなくて、どういう二重三重の策を事前にどう準備するかを明確にする必要があります」
「それを考えているのですが、優柔不断になっているオルタナ・シモノフAIを私が説得し…、」
「ちょっと待ってください。達成後の説得と同時か、そのちょっと前にAIを弱らせることができませんかね」
ケリーは髪の毛が逆立っているように見えた。
「世界規模の電力不足とか停電ですか」
林原は少し考えてから答えていた。
「そうです。そういうことです」
ケリーは少し表情を緩めた。
「そんなに電力を使うことなんてありますか」
ベルガーの頭には疑問符が浮かんでいるようだった。
「私としては林原さんを全力で支えるためにも、より具体的で誰もが納得がいく方法にブラッシュアップさせるつもりです」
ケリーはここにきて珍しく日本語で言っていた。
「私も林原さんの判断の責任を一緒に負うつもりなので、ベストを尽くしますよ」
ベルガーはケリーに遅れまいとすかさず言った。
「ありがとうございます。あなた方はかけがえのない仲間です」
林原をケリーとベルガーを引き寄せてハグしていた。
原子力発電所のコントロール室には目出し帽をかぶり武装したテロリストが占拠していた。発電所の職員たちは縛られて、コントロール室の隅の床に座らされていた。小銃を向けたテロリストが二人、職員たちを見張っている。赤いバンダナを首に巻いた男が部下にいろいろと指図をしていた。
「まずは人質を解放しろ。それから要求を聞く」
と警察の交渉人の声がスマホからしていた。
「要求が先だ」
赤いバンダナの男は部下の報告聞きながら通話をしていた。
「よし、やれ」
赤いバンダナの男が言うと、発電所施設内で爆発が起こった。
「おい、何をやっている」
「いゃ、俺らが本気な所をお見せしたまでだ」
「よせ。まだ他にも仕掛けているのか」
「さぁ、どこだろうな。しかし、少しでも妙な動きをしたら次の爆弾が爆発するぞ」
赤いバンダナの男はせせら笑っていた。
芽亜理は廊下の部下二人の喉をかききって、静かにコントロール室のドアの所まで来ていた。芽亜理の仲間がドアを少し開けて中の様子をスコープ・カメラで覗いていた。
「まだ探知ドローンから連絡はないわね」
芽亜理は、別動隊が放った爆弾探知ドローンの連絡を待った。
「もう少し待ちますか」
と芽亜理の仲間。
「…もう突入時刻だわ。連絡なしだから爆弾はハッタリだったんでしょう」
「そのようです」
と芽亜理の別の仲間。芽亜理たちは、人数と立ち位置を確認すると、一気になだれ込み、サイレンサー付きの銃で発砲する。テロリストたちの怒号がする中、芽亜理たちは冷静にテロリストたちを仕留めていった。1分も経たないうちに、コントロール室を制圧した。
コントロール室内に警報が鳴り響いた。
「爆弾発見できず爆発。訓練中止。チーム芽亜理は作戦失敗だ」
担当教官の声が響き、模擬訓練施設のVRがオフになった。芽亜理たちはゴーグルを外していた。
潜入反攻要員リーダー養成センターに視察に来ている林原と木本。VR訓練室のオブザーバー席にはセンター長の戸張と林原、木本が並んで座っていた。
「片山、今日は林原さんたちが来ているぞ。こちらに来い」
戸張は芽亜理をオブザーバー席に手招きしていた。芽亜理は汗を拭きながら駆け寄ってきた。
「芽亜理、秘書を休職してまで志願して、どうやれそう」
木本がまず声をかけていた。
「奥様、いや秘書室長に秘書に復帰してもらって励んでいるのですから、しっかりやり通します」
「無理しないでね」
「芽亜理、今のは、マニュアル通りではない臨機応変な対応が求められていたな」
林原は少し厳し目に言ってから軽く微笑んでいた。
「シャオテンテンの頃の勘が鈍っちゃいましたか」
「でも、現段階では合格点だろう。ねぇセンター長」
「あ、はい。ここを修了した際には、林原さんの作戦に着実に寄与できるようにいたします」
戸張は、甘やかすつもりはなさそうであった。
林原たちはVR訓練室の次にアナログ実践科教室を視察していた。
「ここでは、具体的には何をやっているのですか」
林原は、学校形式で席に座っている訓練生たちを後ろから見ていた。
「この教室では、主にプログラムを書き直して監視カメラを欺く手法、顔認識センサーを混乱させる特殊メイク、暗号解読や弾道計算を電卓で素早くやったりしています」
「AIの監視下でいかにアナログ活用ができるかということですね」
木本は手書きメモを取りながら言った。
「FAXの使い方、スケッチやきれいな手書き文字がいかに早くかけるかの能力も磨いています」
「速記術は学ぶのですか」
と林原。
「はい。モールス信号や速記術も必須です」
「2年後の活躍に期待しています」
林原は計画の歯車が動き出していることを実感していた。




