第百一話 黒コンドル
●101.黒コンドル
郷に従え党本部の会議室。
「ロシアに始まり、旧ソ連圏、アフリカ、中東、中南米と来て、朝鮮半島が大韓釜山国を除いて国境なき地球党領域になっています。このままオルタナ・シモノフAIの侵入を許してしまうと、いよいよ地球を二分することになりかねませんよ」
ベルガーは世界地図上で、最近国境なき地球党の色に大部分が塗り替えられた朝鮮半島を見ていた。
「私が党首で、乗り切れますかね」
林原は困り顔であった。
「何を言っているのです。むしろ、この状況下だからこそ、林原さんが相応しいと言えます」
ケリーは林原に喝を入れていた。
「今後の策として…、東南アジアではインドシナ半島はもう手遅れでしょうから、インドネシアのAI安保支援が重要になってきますか」
「しかし、根本的な対処策が必要です」
ケリーはそう言うものの、答えは用意していなかった。
「既に国境なき地球党領域になっている所でも、必ず異を唱えている者がいるはずです。結局、なんだかんだ言っても、人々の欲求は全部満たすことはできないでしょう」
林原は、対応策を探っている様子であった。
「まんまと乗せられ騙されたと気がついても、時遅しで、がんじがらめの監視下にありますから」
ベルガーは悲観的であった。
「ケリーさん、かなり早い段階で国境なき地球党領域になった所は、どのあたりになりますか」
「旧ソ連圏を除けば、南米かアフリカでしょうが、行くのはリスクが大きいと言えます」
「でもAIが支配している地域とバーチャル会議は丸裸状態ですから、行くしかないのですが…」
「強いて言うなら、海からアプローチできるチリですけど、ちょっと待ってください。そんなことよりも高高度降下低高度開傘で、自律型ロボット兵士かアバターロボットを降下させて情報収拾させたらどうですか」
「それならリスクはゼロと言えますけど、ロボットでは目立つし…異を唱えている者が警戒するでしょう」
と林原。
「伝書鳩はどうです。それも人工の伝書鳩は」
ベルガーは唐突に言い出した。
「良い考えですね。どうせ作るのでしたら、鳩よりもコンドルの方が大きいし、現地に適応したものができるのではないですか」
林原も乗る気になってきた。
「さっそくシュルツたちに作らせましょう」
ベルガーは意気揚々としていた。
「それでしたら、ペルーには異を唱えている集団がいるとCIAから聞いています。しかし今も存在しているかは不明です」
「試しにペルーで飛ばしてみますか」
ペルー・リマ沖の水深80mに潜む、全長165m程の海上自衛軍の原子力潜水艦『くろしお』。その艦橋には最新鋭の機器が並びいくつものモニター画面があった。
「林原さん、この海域から特別ドローンを放つことになっています」
神崎艦長は作戦テーブルモニターを見ていた。
「艦長、浮上するのですか」
「いえいえ、魚雷発射管から放出したカプセルが海面に浮上したら、そこから飛びたたせます」
「帰還はその逆の手順になるのですか」
「そうなります。ですから、よほどのことがない限り、この海域では浮上しません」
「いろいろとご配慮いただき、ありがとうございます」
林原は安全を確保してくれていることに身が引き締まる思いであった。
「後は成果があげられることを我々も切望します」
神崎艦長はそう言うと、部下に放出を命じていた。
林原は『くろしお』のブリーフィング室に芽亜理と共にいた。
「無事に飛び立ったみたいだが、バレずにうまくやってくれるかな」
林原は電源が入っていないモニター画面に映る自分の顔を見ていた。
「リマの街中でよく見かける黒コンドル仕様の鳥型ドローンですから、監視カメラに撮られても、何の注意も引かないはずです」
芽亜理はケリーから託された資料が保存されているタブレットPCを携えていた。
「しかし潜水艦というのは、もっと閉塞感のある乗り物だと思ったが、さすがに原潜となると余裕があるな」
「はい。食堂もありますし、『くろしお』オリジナルの名物スイーツもあるそうです」
「そう言う情報は、君は早いな」
「海上自衛軍のSNSにありましたけど」
「今日の1回目の飛行はリマ市内の偵察だけど、異を唱えている集団のアジトは健在なのだろうか」
「黒コンドル1号の自律AIに学習させてますから、存在していれば、我々の手紙を届けてくれるはずですが、どうでしょう」
「帰投時刻はいつ頃になるのだ」
「えぇ、何か特別なものを見つけたとしても今回は3時間後です」
「まだ時間があるな。そのぉ、名物スイーツを食べに行こうか」
林原はちょっともったいつけているが、かなり食べたそうにしていた。
戻ってきた黒コンドル1号のメモリー画像を再生している林原たち。
「このビルは廃墟になっていますね」
芽亜理はモニター画面をアップにして落書きを見たりしていた。
「一応、黒コンドル1号は歩き回ったり、中を飛び回ったようだが、ホームレスぐらいしか
見当たらないな」
「リマ上空の映像はこちらですが、ただ飛んだだけでは、目星のつけようがありませんね」
芽亜理は、早送りさせて上空のシーンに切り替えていた。
「ケリーさんの言っていた、第二の候補地区に反政府の活動の痕跡はないかな」
「…えぇ、それはここですね」
芽亜理はまた早送りしていた。
「…なさそうだな。異を唱えている反政府組織にぶち当たるのには、根気強く黒コンドルを飛ばすしかないか」
林原は、リマの街の景色を眺めている感じであった。
2回目の飛行を終えて戻ってきた黒コンドル1号。林原たちは、それほど期待せずにモニターに映る再生画像を見ていた。
「芽亜理、一時停止してちょっと戻してくれ」
「はい」
芽亜理がマウス操作すると、画面が戻った。
「あの建物の壁面にある落書きが気になるな。アップにできないか」
「文字が書いてあるようですが、黒コンドルが飛行中に撮影してますからブレますね」
「…伝統を取り戻せってスペイン語で書いてないか」
「確かにそう読めますね。あの模様のようなものはアンデス文明とかインカの伝統織物みたいですね。でもこの落書きは未完成のようですけど」
「織物でなく、縄の結び目で情報を記録するキープとかいうものじゃないか。いずれにしても未完成ということは、またここに書きに来るだろう。それがどんな連中か見てみる価値はあるかもしれない。今度は夜に黒コンドルを飛ばそう」
『街頭の薄暗い明かりの中、人影が建物の壁面に映る。向かいの5階建ての建物の屋根から人影を見下ろしている黒コンドルは、羽ばたいて舞い上がった。ゆっくりと上空を旋回すると、人影の方へと静かに舞い降りていく。
落書きの続きを描きにきた男女たちは、背後にいる黒コンドルに気が付かずに、スプレーを使って落書きをしていた。
「ふぅ、この結び目の意味は、打倒だったよな」
リーダー格の男。
「もう少し、濃くしないと、わかりにくいわ」
バンダナをした女性は一歩下がって落書きを見ていた。すると足元に黒コンドルンがいることに気が付いた。
「あ、びっくりした、餌でも探してるのかしら」
「どうした」
別の男性が声をかけていた。その場にいた男女4人は一斉に黒コンドルに注目した。
「なんだ、迷ったはぐれコンドルか」
リーダー格の男は追っ払おうとしていた。
「皆さん、国境なき地球党領域になり不満はありますか」
黒コンドルが喋り出した。
「え、たまげたな」
「こいつ、言葉を喋るぜ」
「そんなことって、あるの」
「政府に調教されたのかしら」
「続けてください。私も落書きに加担しますので、見張り役をします」
と黒コンドル。
「加担するって…こいつ政府の回し者ではなさそうだな」
「危害を加えるつもりもなさそうね」
スカーフ姿の女性が黒コンドルの頭を撫でていた。
「どうもこいつは、俺らと同じ考えの奴が作ったもののようだな」
リーダー格の男は安心したような顔になっていた。
しばらく男女たちは描き続け、落書きを完成させた。
「私を信用したなら、胴体の羽毛の中にある伝書箱を開けてください。そこにメッセージがあります」
黒コンドルはリーダー格の男に近寄っていった。
「まさか囮捜査で密告と言うことはないよな」
「私は既に落書きに加担しています。捕まれば同罪です」
「まぁ、それもそうだし、政府の回し者だったら、その場で壊せば良いだろう」
リーダー格の男は、伝書箱から巻紙を取り出していた』。
3回目の飛行から帰投した黒コンドルは、メッセージを読んだ反政府組織からの返信の手紙を携えていた。芽亜理はスペイン語の手紙に目を通していた。林原はスペイン語の文章はまだ得意ではなかった。
「ロドリゴQたちのような反政府不満組織はわかっているだけで5つあるようです」
「他に5つか」
「そのうちの一つで最大で最強なのが、合成麻薬犯罪組織でもあるラ・ファミリア・マルケスだそうです」
「バラバラな上に、一番大きいのが日本語で言ったらマルケス一家か」
「林原さん、取りあえずマルケス一家を内部抵抗勢力として支援しますか」
「現地民の不満が溜まっているのは確かだが、犯罪組織はな…。それにまとめるのにも一苦労ありそうだ」
4回目の飛行で帰投した黒コンドル。ロドリゴQたちの仲間が合成麻薬犯罪組織の下っ端に殺されたと伝えた。ロドリゴQたちは感情的になり、犯罪組織と抗争に発展したので武器供与などの助けを求められた。
5回目の飛行では加速銃の3Dプリンター用設計図を送る。磁気を帯びた鉄製の弾丸の作り方や加速銃の取り扱いに説明書も合わせて黒コンドルに託した。
5回目の帰投でロドリゴQたちの行動を画像で追体験することになった林原たち。
「ロドリゴQたちのピックアップトラックに黒コンドルも同乗しているのか」
「そのようですね」
「このシーンは早送りで良いから、何かことが始まったところから再生してくれ」
林原は黒コンドルの目が捉えているリマの街を行く景色が早送りされるのを眺めていた。芽亜理はマウスで操作していた。
『ピックアップトラックは犯罪組織の拠点となっているクラブのエントランスに突っ込み停車した。ロドリゴQたちはトラックから飛び降り、クラブの中にエタノール燃料をばら撒く。トラックは強化されたバンパーを多少凹ませながバックし、クイックターンをすると火のついた火炎瓶を投げて急発進した』。時々乱れてノイズが混じる映像を見ている林原たち。
「あんなことしたら、報復が大変なことにならないのですか」
「…たぶん、報復に来たところを返り討ちにするつもりだろうが、上手くいくのかな。芽亜理、報復の所まで早送りだ」
「早送りよりもチャプター飛ばしで探してみます。…あぁ、このあたりです」
芽亜理は画面を次々と切り替えていた。
「おぉ、たぶんこれだろう。再生してくれ。…ロドリゴQのアジトは入り組んだ路地の奥にあるこの4階建ての建物のようだな」
「3Dプリンターの加速銃では、犯罪組織の武器に対抗できるとは思えませんが」
「地の利で、ゲリラ戦のようなことをするのだと思う」
『ロドリゴQが窓から加速銃を構えて見下ろしていると、建物の前までやって来るマルケス一家の手下たち。先に発砲したのは、ロドリゴQの仲間の一人であった。そのことで居場所が特定され、ロドリQゴたちが潜む3階に銃弾が集中した。ロドリゴQの仲間が一人また一人と撃たれて、その場に倒れた。20分ぐらいの間にロドリゴQの仲間は全滅し、瀕死のロドリゴQだけ生き残り窓際にいた。返り討ちどころかあっさりと犯罪組織の勝利となった。黒コンドルはそれを見届けると飛びたとうとした。しかし、路地の先の通りに戦車や装甲車が現れ、激しい砲撃を始める。今度はAIが派遣したと思われる政府軍が犯罪組織を壊滅させようとしていた。数秒後、黒コンドルの目の前に瓦礫が降り注ぎ、映像が真っ暗になった。離れた所で散発的な銃声が聞こえていた。黒コンドルが瓦礫をどかそうとしているサーボモーター音がするものの、瓦礫を動かすことはできなかった』。
「なんかどうしょうもない。戦いを見させられてしまったな」
「でも、黒コンドルがこうして戻ってきているのですから、先を見ましょう」
『2時間程経つと銃声や悲鳴が聞えなくなった。戦車や装甲車が去っていく音も微かに聞こえていたが、黒コンドルは瓦礫の下の暗闇の中にいた。黒コンドルはバッテリーを節約する省エネモードでじっとしていた。すると瓦礫が動き出し、隙間から外光が射してくる。次々に瓦礫が除去されていく。黒コンドルの目の前にあった大きな瓦礫が取り去られると、その向こうに荷運び用パワード・スーツを装着した血まみれのロドリゴQが立っていた』。
「ロドリゴQの奴はパワード・スーツを松葉づえ代わりにして生きていたか」
「感情的であまり頭が良くないようですが、体はタフですね」
「でも、生き残ったからには彼を利用するか」
「これからどうすれば良いかという手紙が入ってますけど、このような人は使えますか」
「一挙に反政府組織2つを叩くことに成功したオルタナ・シモノフAI側だが、ロドリゴQが生きていることや我々が支援していたことは気付いていないようだから、使えるだろう。取りあえず…、医者のメンバーがいる別の反政府組織があったよな。そこで傷を治せと手紙に書いておこう」
「しかし林原さん、その組織はアンデス団と言いますが、受け入れますかね」
「ただ助けてくれでは、恩に着せられるだろうから、バラバラの反政府組織を統一しにきたと、上から目線で行けと指示してみるか。ダメならロドリゴQの運命はそれまでだな」
林原は上手くいけば良い程度で、それほど肩入れするつもりはなかった。
6回目の飛行は損傷個所が見られる1号に代わり黒コンドル2号にした。6回目の飛行で黒コンドル2号は丸5日経っても戻ってこなかった。
「…撃ち落とされたか、ロドリゴQが殺されたかだな。もう4日待って戻って来なかったら、修理した
黒コンドル1号を飛ばしてみるか」
「メンテナンス・スタッフによると修理には5日かかるるそうです」
「わかった。慌てる必要はないから。待とう」
林原が言っているとブリーフィング室にノックをして担当の下士官が入ってきた。
「特別ドローンが、たった今帰投しました」
下士官は黒コンドル2号を置いて行った。
さっそくメモリーの映像を再生した林原たち。不必要な移動シーンなどは早送りして飛ばし、ロドリゴQが目つきの鋭い中年男性と公園で会話しているシーンで再生した。
『公園には木陰でくつろぐ家族連れなどが映っている。それを背景に血で滲んだ包帯を巻いているロドリゴQはアンデス団の副団長を名乗る男と話していた。黒コンドル2号は公園内の木にとまり様子を撮っていた。
「俺はマルケス一家を壊滅させたばかりだが、統一した反政府組織作りに協力する気はあるか」
ロドリゴQはハッタリをかましていた。
「ほぅ、あんたがマルケスをやったのかい。でも政府軍が動いたと聞くが」
と副団長。
「騙して動かしたのが俺だ。しかしその代償は大きく、生き残ったのは幸運な男は俺だけだが」
「それで、こんなにケガをしているのか」
「国境なき地球党の領域内じゃ、伝統も宗教も言語もなくなってしまう。こんなのはまともではない。
どうだ」
「それはそうだが、今の政府を倒す力は俺らにはないぞ」
「だから、同志を集めて力をつけるのさ。今回俺が生き残った意味は、それをやれと神が
お命じになられたのだ」
「しかし…、な、まだいくつも組織はあるぞ」
「俺には策がある。だが、この体では思うように動けない。まずは治療して欲しい」
「そう、神がかかったことを言われても、あんたを信じるわけにはいかんな。何か奇跡でも起こせば別だが」
「わかった。そこの木にとまっている黒コンドルに神の預言を喋らせよう」
ロドリゴQは揺るぎない自信に満ちた表情で言った。
「黒コンドルよ。神が私にお命じにられた言葉を告げよ」
とロドリゴ。黒コンドルは数秒間、黙って思考していた。
「我がしもべロドリゴQよ。志を同じくする者を束ね、宗教や伝統を冒涜するものを打ち払え」
黒コンドルは、芝居がかったスペイン語で言い放った。副団長とその側近たちは、あ然として黒コンドルを見ていた。
「あ、あんたは救世主なのかい。仲間として受け入れよう。とにかく傷を治して策を聞こうじゃないか」
副団長は神々しいものでも見るようにロドリゴQと黒コンドルを見ていた。
「これで納得してくれたか。信心深い者にしか神のご意思は届かないのだよ」』
「ロドリゴQの奴、芝居が上手だな。これで内部抵抗勢力が一歩踏み出せるわけだ」
「しかし奇跡だけで、人がまとめられるとは思えませんが」
「我々が支援を続ければロドリゴQもそれらしいリーダーいや、救世主に育てられるだろう」
林原はロドリゴQの決め台詞シーンを何回も再生させていた。




