18.強さの問題ではない
幾度か手合わせをしてわかってきたのだが、わりとトリッキーな動きをする由梨江に比べて、スティナは単純に強いタイプだ。正規の剣術の訓練を受けているのだろうなぁという印象だった。めちゃくちゃ強いのだが、それより強いと言う瀬川は何者なのだろうか。
「お、やってるやってる」
アカデミーの訓練場に顔を出したのはケヴィンだ。宮森と手合わせしていた慧はそちらを見て、宮森と共に手を止める。
「帰ってきたのか」
「うん。忙しいのにごめん」
ケヴィンは今日、大学に登校してきたのだ。彼はこの秋から大学生になるのだが、その事前説明会である。こればかりは彼自身の問題ではないので仕方がない。大学にせっかく受かったのに行かない、というわけにもいかないし。
「構わん。今はイデオンさんと高坂さんが情報収集に行っているだけだからな」
慧たちも同行すればよかったのだが、それより訓練でもしておけ、と高坂に言われたのだ。瀬川の相手が簡単ではないとわかった今、正論である。
「っていうか、エイリーも普通に強いんだ……」
ケヴィンがスティナとほぼ互角に戦っている由梨江を見て言った。ケヴィンはスティナの弟子なので、彼女の強さをよく知っているのだろう。
「ゆりは俺よりも強いからな」
「それ、本気なのか?」
宮森がびくっとしながら言った。ちょうど、スティナが由梨江の模擬剣を弾き飛ばしたところだった。先ほどから連続三戦目だが、由梨江は三戦とも負けている。
「……本気だな」
慧は足元に落ちた模擬剣を拾い上げ、由梨江の方に差し出した。由梨江は「ありがと」と受け取ってからスティナを振り返る。
「っていうか、スティナさん強すぎじゃない?」
「そう言うエイリーも相当な腕だと思うが。正直、私と互角に戦えるのなんて、ミカルくらいだからな……」
「ミカル?」
由梨江が首をかしげたが、スティナが答えなかったのでケヴィンが代わりに口を開いた。
「前のアカデミーの校長で、十代後半以上の討伐師ならみんなミカル教官の初期訓練を受けているはずだよ。俺も受けたし。今は室長補佐官で、……どこ行ってんだっけ」
どうやらどこかに出張に行っていて不在らしい。死んでいる、とかではなくてちょっとほっとした。討伐師は死亡率が高すぎて怖い。
「私の代わりに北部での会議に出ているはずだろ」
「……スティナが行くべきだったんじゃないの」
「本当はな。というか、ミカルならもう仕事を終わらせている気がする」
スティナが遠い目で言った。スティナも由梨江も限界値を突破しているとしか思えない強さなのだが、その上が存在するのだろうか。
「……強さだけが問題ならそうなのかもしれないけど、でも、瀬川はスティナさんを追っていくだろうから、どっちにしろそのミカルさんとやらとはぶつからないんじゃないかな」
由梨江が少し考えてから言った。スティナが「ああ、確かに」とうなずいた。彼女は結構素直である。というか、だいぶ慣れてきたが見た目と口調が合わなくて違和感。
「おーい、スティナ姉ちゃん」
アカデミーに暮らす少年の一人がスティナに駆け寄ってくる。スティナが振り返る。姉ちゃんと気さくに呼びかけられても怒らない寛大な討伐師総括責任者である。
「どうした」
「イデオン兄ちゃんたち、戻ってきたって」
「そうか……」
スティナがちらっと由梨江と慧、宮森を見た。さらにケヴィンを加えたこの面子だと、どうしても、みんなスティナの指示に従うことになる。
「……本部へ行こうか」
そう言うことになった。
△
「由梨江さん。腕の怪我は大丈夫ですか」
高坂が真っ先に口を開いて尋ねたのは由梨江の容態だった。慧の隣にいる彼女は、からりと笑って言う。
「大丈夫。オルヴァーさんの治癒術はすごいね~」
自分が放った弾丸で左腕を撃ち抜かれる、という稀有な体験をした由梨江であるが、もう回復していた。全快とは言い難いが、スティナと打ちあえるくらいには回復していた。
痕がまだかすかに残っているので、包帯を巻いているが問題ないと言う医師たちの判断である。ただ、無理すんな、と言われたそうだ。
「何か分かったか?」
スティナが尋ねると、これも答えたのは高坂だった。
「ここから北西の方向に、何やら不穏な気配が見えますね」
さすがは高い知覚能力を持つ高坂である。完全に後方支援タイプだ。
「遠くからうかがってみたけど、よくわからなかった。みんなもいないし、近づいたら危ないと思って」
イデオンがやっぱりにっこり笑いながら言った。スティナが「賢明だな」とうなずく。
「エイリーと手合わせをしてみたが、おそらく、私とエイリーなら倒せる、と、思う。たぶん」
だいぶ自信なさげだが、スティナが言った。
「じゃあ、他三人……っていうか男性陣は、その援護ってこと?」
イデオンが残った三人(もちろん全員男)を見て言った。由梨江が「はーい」と手を上げる。
「高坂さんが見た不穏な気配ってのは、ヴァルプルギスが集まってきてるからじゃないの?」
面倒くさくなってきたのか、由梨江の口調がだいぶ崩れてきている。まあ、確かに、ブルターニュ語で丁寧語を使うのは難しいのだが。
「あ、なるほど……しかし、そう簡単に集まるものですか?」
「うーん。そう言われると何とも言えないけど、可能性の一つってことで」
由梨江の演算能力は、様々な可能性を導き出し、その確率をはじき出しているだろう。彼女が口に出したのだから、その可能性が高い。
由梨江の勘はよく当たるのだが、それも手伝って根拠のない『正解』が導き出されることもある。そのため、彼女自身が理由を説明できない、という事態も多々あった。
「ま、その北西の方向にいるのが瀬川だとして。待ち構えてるってことだろ。準備万端だ」
「……」
由梨江に指摘されるまで、そこにいた面々はその可能性に気付かなかった。瀬川を倒せるかもしれない、ということに頭がいっぱいになっていた。
「罠に対する用意がいるのか……」
「スティナちゃん、そう言うの苦手だよね」
「……」
スティナがイデオンを机の下で蹴ったようだった。なんだかんだ、この夫婦、仲いいんだよなぁ。
「まあ、そのあたりは私と由梨江さんの得意分野なので。由梨江さん、お願いしますよ」
「はいな」
軽い調子で由梨江が高坂に答えた。慧は不安になる。剣をもたせた彼女に、そんな重要な役目を任せてもいいのだろうか。いや、駄目なら後ろから蹴り飛ばそう。というか、駄目でも彼女なら正面から押し切ってしまいそうでもある。
というか、もう乗り込むことで決まっている。そこに瀬川がいると言う確証もないのだが、他に方法も見つからないのだ。それでも一応、慧は言ってみた。
「もしもそこに瀬川がいなかった場合に備えて、待機組も作っておくべきじゃないですか」
「ああ、それは考えてあるよ。僕とケヴィン、トール君はお留守番ね」
トール君とは宮森のことである。彼のフルネームは宮森透なのだが、宮森は言いにくいらしく、彼は『トール』で通っている。
ということは、慧と高坂はこの二人に同行するのか。本来の趣旨を考えれば、スティナがついてくるのがおかしいのだろうが、瀬川がスティナを狙っている可能性を捨てきれないため、おとりとしてついてきてもらうしかない。
「……高坂さん。俺、怖いんですけど」
「仕方がないでしょう。宮森君があの二人について行けるとは思えません。本当は私だってイデオンさんに押し付けたいくらいです」
しかし、今回、スカンジナビアに協力依頼したのは日本側。高坂は義務感でついてくるようだ。おそらく、慧は高坂の護衛要因になるだろう。あの二人の側に寄れば、巻き添えで怪我しそうだし。
もしかしたら、恐ろしい二人を引き合わせてしまったのかもしれない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
私のなかで、スティナは天然だけどゆりちゃんは確信犯。




