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19.追いかけっこ









「エイリー、どう思う?」

「瀬川がいる確率八十六パーセント」

「なんでそんなに微妙なんだ」


 高坂が不穏な気配を感じたというあたりまで来たときの、由梨江とスティナの会話である。この二人、スカンジナビア語での会話がデフォルトなので、慧や高坂でも聞き取りに苦労する。

「一応、私の能力は高度演算処理能力が売りなので。叩き出した結果、八十六……いや、八十二パーセントに減少」

「なんで?」

「瀬川が逃げるから」

「早く乗り込もう」

 スティナがつっこんでいこうとするが、高坂が引き留めた。


「ちょっと待ってください。確かに何かが動いている気配はしますが……」


 知覚能力を持つ高坂の言葉はかなり信用できる。由梨江は少し考えるそぶりを見せてから提案した。

「二手に分かれる? 戦力的に配分したら、私と慧、スティナさんと高坂さんになるけど」

 どうしても高坂の戦闘力が低いので、そうなってしまう。というか。

「俺は高坂さんの護衛係では?」

「あ、そうか。なら私とスティナさんだけで行く?」

「それでもいい。邪魔にならない」

 スティナ、微妙に毒舌である。由梨江も言いたいことはずばずば言うが、ここまでではない。

「……気を付けてくださいね」

「って、送り出すんですね」

 送り出した高坂に、慧は思わずつっこみを入れた。しかし、女性陣は「言ってきます!」と手をあげて出ていった。いや、言ったのは由梨江だけだけど。


 慧は黙って由梨江を見送る。心配ではあるが、まあ、彼女なら大丈夫だろうと言う気持ちもある。今ならイデオンと仲良くなれそう。

「由梨江さんが心配ですか?」

 由梨江が消えたあたりを見つめている慧に、高坂が尋ねた。慧はしばらく沈黙を置いてから答える。

「どうでしょうかね。あいつは俺より強いんで、心配すると言うのはあいつに悪い気もします」

「ああ……四年前のことは覚えていますが、あの頃と今ではもう違うのでは?」

「違いません。俺には、ゆりほど思い切りが良く成れない」

「だから暗殺に失敗するんですよ。まあ、あの吉野さんが簡単に殺されるとは思えませんが」

 そう言われると、苦笑しか浮かんでこない。慧はもともと、吉野を暗殺するために孤児院から引き取られた少年だった。吉野を殺せ、と言われ、理由も知らないままに殺そうとした。


 そして、その時吉野とともにいたのが、由梨江だった。四年前なので、当時十四歳。中学三年生だった。まだ子供らしい顔立ちをした当時の由梨江に、慧は剣で負けた。完敗だった。今は仲良しであるが、最初は敵対していたのだ。

 たぶん、由梨江が慧になつくのは、自分が慧よりも強いという自負があるからのような気もする。慧も決して弱くはないのだが、由梨江には負ける。


「……まあ、確かにちょっと怖い気もしますね。底が見えないと言うか」


 高坂にも言われている。自分の半分ほどの年の少女を、高坂はそう評した。

「仕事柄、若い討伐師とバディを組みますけど、力があると言うだけで過酷な道を歩んでいますね、君たちは」

「……高坂さんも一応、力はあるでしょう」

 慧が言うと、高坂は「一応ですね」と笑った。スティナと由梨江が突入していってから既に十分が経過していた。

「さて。私たちも行ってみますか。瀬川に遭遇したら、頼みますよ」

「了解」

 というわけで、少し間を置いた慧と高坂も由梨江たちのあとを追うように歩いて行く。そこには、昔の貴族の屋敷のような建物があり、彼女らはそこに入っていったのだ。広い家だが、剣を振り回すのにはせまいだろう。狭い場所は、大人数で攻め入ることにあまり意味がない。中に入ると、どこからか剣戟の音が聞こえた。

「……二階ですね」

 高坂が言った。慧が階段を探し出し、階段を駆け上がる。一応、高坂に合わせた。


「ゆり!」


 二階にいたのは由梨江の方だった。しかし、戦っている相手はどう見ても……。

「ヴァルプルギスか!」

「見ればわかるでしょ!」

 剣戟の音に聞こえたのは、ヴァルプルギスの腕が鎌のようになっているからだ。由梨江は今日はビーム・ブレードではなく実剣をもっていた。特殊能力対策課が所有する剣で、宮森の予備のものだ。刀ではなく、剣である。

 使い慣れないからか、苦戦しているようだ。しかし、慧たちが現れたことでヴァルプルギスの意識がこちらに向いた。


「おらぁっ」


 相変わらず年ごろの女性らしくない声だった。だが、浄化能力は高いものの由梨江の実際の腕力は一般女性より少し強いかな、くらいだ。しかし、スティナのまっすぐな剣とは違い、由梨江の動きはトリッキーだった。右手で振り下ろした剣は大した攻撃力とはならなかったが、由梨江がひらめかせた左手に、突然短剣が現れた。いや、袖の中に仕込んでいたのか? とにかく、由梨江は慧が援護に駆けつける前にヴァルプルギスを倒してしまった。


「どうなってんだよお前は!」


 慧は怒鳴り声とも取れるツッコミを入れた。由梨江は「普通の討伐師だよ」と語尾に星マークでもつきそうなノリで言った。本当にどうなっているんだ、この女は。

「それより、瀬川は? スティナさんが一緒なんですか」

 高坂が前のめり気味に尋ねた。由梨江が今気づいたように「ああ」とうなずいた。

「私、置いて行かれたんだ」

「は?」

 慧と高坂が同じ反応を返した。由梨江は「いや~」と言葉を濁らせる。


「私がヴァルプルギスの相手をしている間に、スティナさんが追って行ったんだよね。ちなみに、このヴァルプルギス三体目ね」

「お前、どうなってんだ……」


 慧はいましがた倒したヴァルプルギスを剣先でつつく由梨江に呆れて先ほどと同じ言葉を繰り返した。一人で三体連続で倒すとは、どういう能力をしているのか。

「まあ、由梨江さんの能力が人を超えているのは今に始まったことではありませんからね。それについてはあとです。瀬川はどこへ?」

「おそらく、アカデミーへ」

 由梨江の返答は簡潔で、ツッコみどころが多い気がしたが、とりあえずは置いておく。慧と高坂が目を見開いた。

「アカデミーって今、オルヴァーさんいねぇんじゃないか」

「往診に行くって言ってましたね。先に、イデオンさんたちに伝えておきましょう」

 待機組の三人は特別監査室本部にいるはずだ。そちらの方が早いだろう。イデオンとケヴィン、宮森の三人。少々戦力的に不安であるが、そもそもスティナがいるので大丈夫だろう。と、思いたい。

「では、こちらも急いで向かいましょう」

「たぶん、走っていった方が速いね」

 由梨江が言った。だが、走っていくと高坂を置いて行くことになる。というわけで、少々遅くなるが、交通機関を使っての移動となった。幸い、同じ首都内なので移動には言うほど時間がかからない。


 アカデミーに到着すると、由梨江は剣をしまい、銃を取り出した。高坂も同様だ。慧だけは銃が撃てない……というか、当たらないので構えない。外して別の者に当たったらまずい。

「……静かだけど、誰かいます?」

 一応、日本語で話す。この三人ならその方が早い。周囲を探っていた高坂が言う。

「いえ……なんだか、うまく知覚魔法が使えなくて」

「なんでだろう。次元がずれているんだろうか」

 由梨江がいぶかしげに言った言葉は、ちょっと耳を疑うような考えだが、ありえないとは言えない。相手は空間干渉能力を持つ瀬川だ。そして、瀬川がここにいる可能性は一気に高まった。慧と高坂は由梨江が結論を出すのを待った。

「……うん。やっぱり次元がずれてて、『向こう側』に行かないと合流出来ない」

「どうやって行くんだ」

 慧が尋ねると、由梨江は振り返ってニヤッと笑った。

「空間を切り裂く」

「……由梨江さん、時々馬鹿ですね」

 高坂が冷たい目で突っ込みを入れた。娘ほど……とは言わないが、十歳以上年の離れた女性に言う言葉ではない。だが、ツッコみたい気持ちはわかる。


「たぶん、招き入れてくれますよ。私たちならね」


 と、由梨江が示したのは自分と慧だった。高坂は別らしい。

「では、私はお留守番ですか。見ていますので気を付けていってきてください」

 投げやりだ。高坂が由梨江の言うことを信じていない証拠だ。由梨江は「本当なのに」とちょっとすねたふりをして見せた。だが、すぐに気を取り直し、慧の手を取った。

「では行ってみよう」

 ニコッと笑う由梨江に、慧は嫌な予感がしたが、苦情を言う前に強く腕を引っ張られた。肌がピリピリとして、ぐわんと体が揺れた気がした。

「なんだ、今の……」

「ん。入れたみたい」

 由梨江の言葉に目を上げると、そこにはちょっと引きたくなるような光景が広がっていた。

「やあ。来ると思っていたよ」

 瀬川がにやりと笑った。その周囲には、ケヴィン、宮森をはじめ、出てきたのであろうアカデミー暮らしの討伐師たちが倒れていた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


敵どうしが友達になるとか、友達が敵になるとか、けっこう好きです。


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