21 腹ペコ幽霊
「……うぃる、おそい」
寮の自室に戻ると、玄関の前で頬を膨らませているユウカがいた。
「ごめんな。ちょっと出掛けてた」
そう言いながら、俺は彼女の頭に手を置く。しかしその手は、すっと彼女の体を通り抜けて空を切った。
……そういえば、こいつ幽霊だったんだよな。
あまりにもはっきりしているし、食べ物も食べるから余計生きてる人間にしか見えなくなっていた。
彼女は、そんな俺に抱きつくと、下から目線にそう言った。
「……おなかすいた。うぃる、ごはん」
「お前、ご飯って、今朝行くとき昼飯と夕飯作りおきしておいただろ?」
すると、彼女はしばらく俺の体の中に顔を突っ込むと、こう言った。
……おいそれ、ちょっと怖いから止めてくんない?
「……おやつ、おいてなかったから」
腹の中から直接声が聞こえてくる。
ちょっと気持ち悪い。
(……にしても、おやつが置いていなかったからってどういう意味だ?)
「……え、えーっと……」
「……おやつ、おいてなかったから」
しばらく考えると、俺はとある結論に達した。
「え、えーっと、つまり、おやつがなかったから、代わりに夕飯の分をおやつにした。ってことか?」
少し驚いてそう応えたが、しかし彼女は頭を横に振って、同じ言葉を繰り返した。
服の上から彼女のさらさらした青い髪の毛が左右に揺れ、同時に内蔵を軽く刺激されるような気持ち悪さが俺を襲う。
「……おやつ、おいてなかった……から」
(正解じゃないのか!?)
じゃ、じゃあいったい、どういう意味で……ハッ!まさか!?
「えっと、つまり、まさかとは思うが、俺が用意しておいた昼食は、量が少なかったから、お代わりとして仕方なく夕飯の分も食べてしまった……ってことか?」
「……(コクリ」
そんな様子のユウカを見て、俺は呆れたように額に手をやった。
まさか、予想の上をいく答えがそこに待っていたとは……。
「……こういうとき、お前の空腹度がわかればいいのに……」
【現在のユウカの満腹度:10%】
調べられるんかい!
アーカイヴスさん万能過ぎだろ!?
【アーカイヴスのレベルが2になったため、口に出さずに発動することが可能になりました。
詳細:口に出さずにアーカイヴスを開くことが可能になりました。
各種Q&Aに対して、自動で回答する機能が追加されました。
自分のレベルより低いレベルの人物のステータスを閲覧できるようになりました】
あぁ……。
そういえば以前そんなこと言ってたな……。
「……うぃる。どうか、した?」
アーカイヴスのチートっぷりに呆れていると、ふとユウカが心配した風な声をかけた。
「いや、何でもないよ。それじゃあ俺も飯にするし、ついでにお前の分も作ってやるよ」
そう言うと、俺は一度荷物を自室に置いてからキッチンへと向かった。
暗い紫色をした大地の上に、二人の男女の姿が見えた。
男の方は、フードを被っていてよく見えないが、背は高く、フードの隙間からちらつく角から、彼が鬼族であることがわかった。
もう一人の方は、猫耳と猫尻尾のついた、幼い少女だった。
その二人が、こんな大地の上で何をしているかというと……。
「視界は広くとれ。視界がせまいと、思わぬ攻撃に対処し辛くなるからな」
「はい、師匠!」
少女はそう言いながら、あらゆる方向から飛んでくる剣を、必死に回避する。
半獣半人とはいえ、その動体視力や身体能力は、純粋なセリアンスロゥプには劣らない彼女だが、しかしそれをもってしても、彼の剣撃を回避するのは容易いことではなかった。
半獣半人。
獣人、セリアンスロゥプと、奴隷であるヒト族との間に希に誕生することがあるとされる、いわゆる希少種。
しかし、誇り高い獣人たちは、そういった『混じり者』を蔑む傾向にある。
彼女も、その一人であった。
そのために、この少女は、彼──レイジーに出会うまでは、父親であるセリアンスロゥプに、母同様奴隷として扱われてきた。
そんな彼女の日常の中で、唯一母親だけが、彼女に優しくした。
だが彼女も、そんな父親がために死んでしまうことになった。
死因なんて、その頃は考えもしなかった。
母親のお陰で、かろうじて残っていた自我は、その頃から崩壊を始めていた。
毎日あの男のために居酒屋で乱暴に扱われ、夜になれば玩具として弄ばれた。
辛い日々が、しばらく続いていた。
そのしばらくが終わる頃には、もう自我なんて無いも同然になっており、ただ『終わる』ことを待つだけの存在になっていた。
諦めていたのだ。
こんな汚く薄汚れた世界を。
そんなある時、私は彼に助けられた。
どうせ終わるだけを待つ命だ。
それなら、助けてくれた彼に対して、恩返しの意味も込めて彼に一生を捧げよう。
それが、現在の彼女──エクサクムである。
耳元の空気を切って、ビュンとしなる風切り音に汗を流しながら、彼女は体の動かしかたを頭の中で再構築していく。
あらゆる方向から繰り出される、同時二点、三点の突や斬を避けきって、彼女は息を弾ませる。
しばらくすると、その攻撃の雨がやんだ。
ほっと一息をついた瞬間に、更に新しい斬撃が首筋スレスレで停止する。
「終わりって言うまで続いてるんだから、気を抜かないこと。始めは言わないから、いつ訓練が始まるか気を抜かないこと」
「はい、すみません……」
彼はエクサクムの頭を撫でると、そう注意した。
「今日はもうそろそろ終わりにしようか。疲れただろ?ちょっと休憩しよう」
レイジーはマントの下から水筒を取り出すと、最初にエクサクムに手渡した。
「ありがとうございます、師匠、じゃないご主人様」
猫耳の彼女は、そうお礼を言うと、ありがたくその水筒を受け取った。
「んくっ、んくっ、んくっ……ぷは……」
水筒の口から溢れ落ちた白い液体を舐めとり、彼女はレイジーにその水筒を返した。
「にしても、不思議ですよね、その魔法道具」
「だろ?俺のお気に入りなんだよ。この『不枯筒』は」
不枯筒。
いくら飲んでも、湧き水のように飲み物が現れる魔法の水筒。
蓋を閉じて開ければ、ランダムで様々な飲料が楽しめるのである。
因みにこれは、レイジーの師匠の遺品でもある。
「俺が死んだら、お前に譲ってやるよ」
「そんな不謹慎なこと言わないでください、ご主人様!」
「ごめんごめん」
レイジーはエクサクムの頭を撫でながら、そう微笑んだ。
「……っぷは~。にしても、水に困らないのは本当に有難いのは確かだな」
もしかしたら、逆さまにして放置すれば、ちょっとした池くらい作れるかもしれない。
そんなことを考えるレイジーであった。




