閑話 逃亡者
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
薄暗い森の中、一人の幼い子供が、山を駆けていった。
「どこへ行った!」
「探せ!」
龍人族の男たちの声が、山の中に響く。
(もうすぐ、ヒト族の世界だ……!)
暗い地を蹴って、彼女は魔界の山を駆け抜ける。
やがて山は終わり、視界が開けた。
(たしか、この辺りに……!)
谷底を疾駆し、ひとつの滝壺の中へと入り込んだ。
「お前さんが、ケーデルベルスの扇剣かえ?自棄に子供やないか」
するとそこには、長い金髪と、金色の狐の耳、九つの尾を持った、半獣半人が、その後ろの扉を守るようにして立っていた。
──先を越されたか。
そう思っていると、彼女はニヤリと口角をあげた。
「わっちは、魔族ん中でも、現魔王の反対勢力ゆうもんの幹部をしとる。そこで、ケーデルベルスを、わっちの仲間に迎え入れよう思うてな?」
九尾の女は、裕福に膨れてはだけている、細長の胸元から、一冊の短冊を取り出した。
「私が敵方の刺客だとは考えないのですか?」
「わっちのレベルは10000。対して、ケーデルベルスのレベルは、弱体化措置がされておるとはいえ、まだ500そこら。20倍近くも差があるゆうに、勝てるわけなかよ」
一万、だと!?
「却説、応えてもらおうかえ?いずかたにしろ、君の答えは見透いておるがな」
「……」
どうする?
確かに、私はあそこが嫌になって脱走してきた。
だけど、この人物がはたして魔王の手下ではないと言えるのだろうか?
そう私が渋っていると、彼女はその短冊を少女の方へと放った。
そこには、古代魔法文字による文章が、小さな文字で、たったひとつ、こう書かれていた。
『この誓約書に血を落とした者は、互いに嘘をつくことを禁ずる』
「絶対理……」
魔術、というよりは呪術に分類される、最高級の契約魔術。
ここに書かれたルールを破ると、このルールに携わっている者全員に、即死の呪いが発動する。
「……わかった」
彼女はそう言うと、その短冊に何もせず彼女に返した。
「私も、その反対勢力に加入する」
そう言うと、二人は背後にある扉へとはいっていった。




