遠くない未来
『彼が人類を呪った日。』
会戦の幕開け、動乱の息吹。『鬨を挙げ、勇む群集よ!我は三度、地を平和で満たそう。貴君らの名誉にかけて宣言する!!』戦乙女など馬鹿馬鹿しい神話も、あの白髪の麗人が聴衆に誓えば“是”真実だったと思い知った。けして彼の人が女々しいとか、女人の様に線が細いとか、愚弄の意味を揶揄するのではなく。超然的な美しさも彼が、『天から遣わされたのだ』と風潮されれば瞬く間に浸透し皆が陶酔したのだ。
種を知っている側からすれば、何と可笑しい事だろう。昔、議場に生き早々と引退した者が―民の目に触れた事がないと言うことで―借り出されているのだから。確か彼には守らなければ為らない“家族”ができた筈だ。「こんな戸頃で油を売ってよいのだろうか、」満場一致で同僚だった者達は首を傾げた。否、一人だけ笑うものが居る。
今宵、場を掌握した銀髪の女に杯を預け並々と酒を満たす。「さあ、呑め。祝いだ」黒く笑う男は今年で四十手前。だのに若々しく微々たる罪悪感も無い、勧められた女は素気無く断った。(帰れるのだろうか、巣食う不安は細く丈夫な糸を吐き散らす)寡黙ではなく無言を通す心情に同情はする。けれども共感している暇はなかった「疲れたのなら、さっさと寝ろ。暫らく忙殺される、休養は取れるうちに取っておけ」非常な男は彼女の心情の労いよりも実益に加担する男だ。
そして、案の定。
運命だったのだとでも決定付けられていたかのように女は壇上の上で目を閉じた、一番後悔したのは誰だろう。彼女か、はたまたその夫か。それとも…、生け捕られた犯人はもがき喚き口角から泡を撒いて汚らしく汚してゆく。舞台から引き摺り下ろされ、連れて行かれる者の発する全ての音が男の耳から抜け落ちていた。聴衆のざわめきも遅滞効果にしか届かない、何もかもが男の感覚から速度を奪った。まともではないらしい視覚は物事の一部始終をゆっくり再生していた、己の足音だけが高く響く。抱き抱えた親友は掠れた言葉を、彼に託す『あの子を助けて』
後日、彼女の夫に非情な報せが渡った。
『極秘任務ニヨリ失敬シテイタ者伏ス、亡骸ハ此方デ対処スル』受け取った書面をくしゃくしゃにして、場所も弁えず膝をついて泣いた。泣いた、泣いた。彼女が最後に懸念しただろう、杞憂を思って泣いた。ただ静かに呻くしか彼には出来なかった、それが如何にももどかしい。子がなければ、友がなければ、仕事がなければ或いは絶っていたかも知れない。
(予定調和だけど哀しいな、)




