013 殿下の頭部装具が落ちました。王族品位は固定不足でございます
王城での現地確認は続きます。
侍女の微笑みは戻しません。
そして、王太子殿下と再会します。
王太子殿下の声は、廊下の向こうから聞こえた。
「……中央か」
侍従が答える。
「やや右でございます」
短い沈黙だった。
けれど、王城の廊下には、なかなか重く落ちた。
王妃陛下は扇を閉じた。
ぱちん。
上品な音である。
ただし、その音を聞いた王妃陛下付きの侍女が、そっと視線を下げた。今の沈黙に、王太子殿下の頭部周辺事情が深く関わっていることを、王城の皆様は理解しているらしい。
私は聖女加護管理台帳を抱え直した。
王太子殿下付き侍女の微笑みについては、確認を終えた。
自然な微笑みを戻す加護は、再契約しない。
侍女たちは、殿下の自尊心を支えるために笑わなくてよい。帽子が曲がっていれば、曲がっておりますと答える。不自然であれば、不自然でございますと答える。
人を鏡にしない。
ここまでは、かなり明確になった。
問題は、その鏡を見るべきご本人が、廊下の向こうにいることでございます。
「エルミナ嬢」
王妃陛下が静かに言った。
「このまま、レオナールにも会っていただけるかしら」
「承知いたしました」
断る理由はなかった。
王太子殿下の健康維持と発言前思慮補助三倍は、王家中枢分の仮契約に含まれている。契約相手として、確認は必要である。
そう自分に言い聞かせても、指先は台帳の角を少し強く押さえていた。
一週間ぶりに会う。
あの舞踏会場で、私を偽の聖女と呼び、婚約破棄を宣言し、三秒後に髪を散らした方。
謝罪文は改善していた。発言前思慮補助三倍も効いている。けれど、紙の上で改善した人と、目の前に立つ人は、同じようで少し違う。
私は、深く息を吸った。
「参りましょう」
王妃陛下が歩き出す。
私はその半歩後ろを歩いた。
婚約者だった頃なら、王太子殿下の部屋へ向かう時、私はいつも少し急いでいた。
殿下を待たせてはいけない。機嫌を損ねてはいけない。式典前の寝癖を整えなければならない。公務前の顔色を調整しなければならない。
今は違う。
私は急がない。
王妃陛下も急がない。
廊下の窓から入る午後の光が、白い床に落ちている。その光は、何も盛られていない。ただの光だった。
悪くない。
王太子殿下は、小さな控えの間にいた。
鏡の前で、じっと立っている。
以前より少し痩せたように見えた。顔色は悪くない。王太子殿下の健康維持加護は、正常に働いているようである。
そして。
頭部には、金色の帽子があった。
いや、帽子と呼ぶには少し髪に近い。
髪と呼ぶには、少し帽子に近い。
たいへん判断に困る、王族品位に満ちた何かが載っていた。
艶のある金色。整った前髪。左右の流れも美しい。
ただ、どこか、ほんの少しだけ、王太子殿下ご本人より礼儀正しい。
王族品位維持頭部装具。
先ほど侍女長クラリスが使った言葉を、私は思い出した。
通称は、まだ言わない方がよい。
たぶん。
王太子殿下は、私を見た。
その瞬間、表情が忙しく変わった。
驚き。安堵。気まずさ。言い訳。未練。
それから、何かを言いかけた口が止まる。
発言前思慮補助三倍。
効いている。
かなり効いている。
以前なら、ここで「やはり戻ってきたか」か、「私のそばにいるべきだと気づいたのだな」あたりが飛んできたはずである。
今の殿下は、それらを喉の奥でどうにか踏み止めた。踏み止めた結果、眉間にたいへんな力が入っている。
「エルミナ」
「ご機嫌よう、王太子殿下」
私は礼をした。
婚約者だった頃の呼び方はしない。
その一線に、殿下は気づいたようだった。喉が一度、静かに動く。
「……来てくれたのだな」
「王妃陛下より、王家中枢分の仮契約確認を承りました」
「そうか。契約、か」
殿下は、小さく繰り返した。
胸の奥に、ほんの少しだけ痛みが走る。
王太子殿下は、それを見逃さなかった。
以前なら、見逃していただろう。今は、見た。ただ、見たからといって、何を言えばよいかまでは分からないらしい。
それでも、何か言おうとした。
「謝罪文は、読んでもらえただろうか」
「拝見いたしました。以前の文書より、謝罪として整っておりました」
殿下の肩から、少しだけ力が抜ける。
「その一言で安心している自分が、少し情けないな。だが、読んでもらえたならよかった」
その言葉には、安堵と悔しさが混じっていた。
謝罪文の出来を褒められて安心する王太子殿下。
かつてなら想像もできなかった。
王妃陛下は何も言わない。ただ、息子を見ている。
私は台帳を開いた。
「ただし、追伸部分については、謝罪文本体とは別に分類いたしました」
「別分類か。今の私には、その言葉だけで嫌な予感がする。聞かない方が王族品位を守れる気もするが、聞かずに済ませるとまた同じことを繰り返すのだろうな」
発言前思慮補助三倍が、嫌な予感と学習意欲を同時に働かせている。
たいへん優秀である。
「頭髪関連文書として保管しております」
「頭髪関連文書」
殿下は、ゆっくり繰り返した。声が少し低い。
王妃陛下が、わずかに扇を握り直した。
「それは、正式な分類名か」
「ローゼンベルク家内の管理分類でございます」
「名を聞こう。いや、聞けば傷つく気がする。だが、知らないまま傷つくより、知って傷ついた方がまだましだ」
発言前思慮補助三倍は、殿下を前向きに傷つかせている。
私は覚悟を決めた。
「王太子殿下頭皮関連暫定箱でございます」
控えの間が、停止した。
王太子殿下の表情も停止した。
頭部装具だけが、王族品位を保っている。
殿下は、王族らしく口元を引き結んだ。だが、目だけは明らかに揺れている。
「……箱にするな。いや、書類をまとめる必要は分かる。分かるが、その名は王族の尊厳を削りに来ている」
「書類保全上、分類名は必要でございました」
「では、せめて頭髪と言え。頭皮は近すぎる。距離が近い。あまりにも、現実に近い」
「頭髪関連照会箱という案もございました」
「そちらにしろ」
「ただし、略称が頭髪箱になります」
殿下はしばらく黙った。
頭部装具が、ほんの少しだけ右へ寄った。
「……頭皮箱よりは、ましだ。ましだが、王族の尊厳が箱単位で削れていく感覚はある」
「書類量に応じた分類でございます」
「その書類量を私が増やしたことまで含めて痛い」
王妃陛下が静かに目を閉じた。
侍従は壁を見ている。
私は台帳を見た。
王太子殿下は怒鳴っていない。
これだけ頭皮箱で殴られて、怒鳴っていない。
発言前思慮補助三倍。
やはり効果はある。
ただし、怒りは抑えても、頭部装具は動く。
王族品位とは、繊細でございます。
「レオナール」
王妃陛下が言った。
「あなたの頭髪関連照会が多いのです」
「分かっております、母上。分かっているからこそ、箱の存在を否定しきれないところが、今とても苦しいです」
「品位を気にするなら、追伸を減らしなさい」
殿下は何か言いかけた。
飲み込んだ。
飲み込んだ顔で、鏡を見た。
頭部装具がやや右。
殿下は、そっと手を上げる。
しかし、途中で止まった。
私の視線に気づいたらしい。
「これは、契約対象外なのだな」
頭部装具のことである。
直接名を出さないあたりに、王族品位が残っている。
「本日の頭髪は、契約対象外でございます」
「これは頭髪ではない。そこは、今の私にとってかなり重要だ」
「では」
殿下は一瞬だけ、王族らしい顔で黙った。
「王族品位維持のための、頭部装具だ」
「承知いたしました。頭部装具」
「繰り返すな。自分で言っておいて何だが、かなり傷つく」
「申し訳ございません」
「通称は」
殿下が聞いた。
自ら傷口に近づいている。
発言前思慮補助三倍は、そこまで止めなかったらしい。
私は少しだけ視線を伏せた。
「記録上、必要な場合のみ使用いたします」
「何だ」
「カツラでございます」
「記録するな」
「管理上、必要でございます」
「管理するな」
「装着角度、保管状態、王族品位維持への影響を確認する場合がございますので」
殿下は額に手を当てようとして、途中で止めた。
装具に触れるか迷ったらしい。
手を下ろした。
成長である。
「母上」
「何です」
「私は今、かなり耐えております」
「見れば分かります」
「褒めていただいても」
「耐えるのは当然です」
王妃陛下は強かった。
殿下は、少しだけ肩を落とした。
その姿が、以前より人間らしく見えた。王太子としての輝きは少し減ったかもしれない。
けれど、私はそちらの方が見やすかった。
私は台帳の別項目を開いた。
「侍女の皆様の微笑みについても、確認いたしました」
殿下の表情が変わる。
さきほどまでの頭部装具の羞恥とは違う。
少し、真面目な顔だった。
「クラリスたちから聞いたのか」
「王妃陛下のご依頼で、現場を確認いたしました」
「私は、彼女たちに無理をさせていたのだな」
その問いには、もう答えが含まれていた。
私は、静かに言う。
「殿下が求めておられたものは、職務上の礼節を越えておりました」
殿下は、その言葉をすぐに飲み込まなかった。
口元が少し歪む。
怒りではない。
痛みを、どう置けばよいのか分からない顔だった。
「王宮職務上の礼節維持補助は、必要範囲で検討できます。ですが、殿下の自尊心を支えるため、侍女の皆様が自然に微笑んでいるように見せる加護は、再契約できません」
「分かった。いや、分かったと言うには軽すぎるな」
殿下は鏡を見た。
鏡の中の王太子殿下は、整っている。頭部装具はやや右。けれど、以前のように、周囲全員が「完璧です」と微笑む空気はない。
「私は、今日の私はどうだ、と聞いていた。髪が落ちる前も、後も。装具になってからも」
装具、という言葉で少し傷ついた顔をした。
自分で言ったのに。
「そのたびに、誰かの微笑みを待っていた。返ってくる笑顔を、自分の正しさの証のように扱っていた」
殿下は、鏡越しに私を見た。
「私は、人の顔を鏡にしていたのだな」
王妃陛下は、何も言わなかった。
私も、すぐには言わなかった。
言ってしまえば簡単である。
そうです。
その通りでございます。
やっとお分かりになりましたか。
でも、その言葉は、今ここで必要なものではなかった。
「今後は、鏡をご使用ください」
私は言った。
殿下は、一拍遅れて、少しだけ笑った。
「厳しいな」
「実務でございます」
「そうか。実務なら仕方ない」
殿下は鏡に向き直った。
「この装具が中央かどうか、侍従に確認してもよいか」
「職務上の事実確認であれば、問題ございません」
「自然な称賛ではなく、事実確認」
「その通りでございます」
殿下は自分で鏡を見た。
右手を上げ、頭部装具をほんの少しだけ直す。
慎重に。
かなり慎重に。
さきほどより、中央に近くなった。
侍従が横から言う。
「中央でございます」
殿下は、侍従を見た。
「職務上の事実か」
「その通りでございます」
「ならば、受け取ろう。ありがとう」
侍従は礼をした。
自然な微笑みはない。
けれど、嘘もない。
殿下は、それを受け取った。
王妃陛下が、小さく息を吐く。
ほっとしたのか、疲れたのか。
おそらく両方でございます。
私は台帳へ記録した。
王太子殿下、鏡使用を開始。
職務上の事実確認で対応可能。
自然な称賛補助、不要。
そこまで書いた時、殿下がこちらを見た。
「エルミナ」
「はい」
「私は、お前にも同じことをしていたのだな」
手が止まった。
控えの間の空気が、少しだけ変わる。
「私がどう見えるか。私が正しいか。私が王太子として輝いているか。お前は、いつも答えていた」
殿下の声は静かだった。
「いや、答えさせていた」
言葉が、胸の奥へ落ちた。
遅い。
本当に遅い。
けれど、今の言葉は、以前の殿下なら出なかった。
「殿下」
私は台帳を閉じた。
「私は、王太子殿下の婚約者として、長く隣に立っておりました」
殿下は、少しだけ目を伏せる。
返事はしなかった。
ただ、聞く姿勢を取った。
それだけでも、以前よりはましだった。
「その間に、私自身も、当たり前になっていたことがございます。殿下を支えること。王城の空気を整えること。誰かが笑えるように、誰かが怒らないように、誰かが困らないように、先回りすること」
声は、思ったより落ち着いていた。
「ですが、それはもう終了いたしました」
殿下の手が、わずかに動いた。
「婚約も、婚約者特典も、終了しております」
「私が終わらせた」
殿下は、絞るように言った。
「その通りでございます」
控えの間に、短い沈黙が落ちた。
今度の沈黙は、気まずくはなかった。
痛いだけだった。
「今後、必要なものは契約で確認いたします。不要なものは戻しません。無理に笑う加護も、殿下の自尊心を支える加護も、自然な称賛も、対象外でございます」
殿下は黙って聞いていた。
王妃陛下も、何も言わなかった。
「そのかわり、必要な健康維持、発言前思慮補助、王家中枢の運用補助については、契約通り確認いたします」
殿下が顔を上げる。
「契約相手として、か」
「王妃陛下より、王家中枢分の仮契約確認を承っております」
「婚約者としてではなく」
私は、少しだけ間を置いた。
「はい」
これだけは、短く答えるべきことだった。
殿下は目を伏せた。
「分かっている。私が、その立場を壊した」
王妃陛下の扇が、少しだけ動いた。
「私は、まだ分かっていないことが多い」
殿下は、苦く笑った。
「そこは否定しないのだろうな」
「事実でございますので」
「そういうところは、変わらない。いや、私が今まで聞いていなかっただけかもしれないな」
「契約相手として、正確であるよう努めております」
「そうか」
殿下は、また鏡を見た。
今度は、私ではなく、自分を見た。
鏡の中の王太子殿下は、以前より少し地味で、少し疲れていて、少しだけ現実に近かった。
そして、頭部装具は中央だった。
「エルミナ」
「はい」
「頭皮箱という名称は、変えられないか」
王妃陛下が、ほんの少し肩を落とした。
私は台帳を開かずに答える。
「検討は可能でございます」
殿下の顔に、希望が差した。
「本当か」
「王太子殿下頭髪関連照会箱、という案がございます」
「頭皮箱でよい」
早かった。
たいへん早かった。
私は深く礼をした。
「承知いたしました」
王妃陛下が扇で口元を隠した。
侍従が視線を下げた。
殿下は、少しだけ悔しそうに頭部装具へ触れそうになり、また手を止めた。
触らなかった。
成長である。
ここで終われば、たいへんよかった。
王太子殿下は怒鳴らず、侍女の微笑みに頼らないと認め、鏡を見ることを覚えた。
頭皮箱の名称も、一応は受け入れた。
頭部装具も中央である。
このまま確認書へ移れたなら、王城の午後はかなり美しく終わっただろう。
けれど、王太子殿下は王太子殿下である。
彼は、私へ向き直った。
そして、深く礼をしようとした。
おそらく、謝意を示そうとしたのだ。
王族として。
誠意を込めて。
今までの自分を恥じて。
とても、よい心がけだった。
ただし。
その礼は、頭部装具には少し深すぎた。
王太子殿下が頭を下げる。
深く。
たいへん深く。
王族としては、見事な礼だった。
す。
金色の何かが、殿下の頭から静かに前へ滑った。
控えの間が止まった。
王妃陛下の扇も止まった。
侍従の呼吸も止まった。
私の聖女加護管理台帳の上に、王族品位維持頭部装具が着地した。
ふわり。
たいへん上品な着地だった。
品位だけは、最後まで守ったらしい。
私は台帳を見た。
台帳の上に、金色の頭部装具。
記録と現物が、完全に一致している。
姉がいれば、きっと赤ペンでこう書いただろう。
品位、滑落。
「……返してくれ」
殿下の声は、王族としてぎりぎりの品位を保っていた。
ただし、頭部は品位を保っていなかった。
私は、台帳ごと両手で持ち上げた。
「殿下」
「何だ」
「本日の頭部装具は、固定補助の対象外でございますか」
「今、それを確認するな」
「落下後の現物確認は重要でございます」
「現物と言うな。私の尊厳が、物として扱われている気がする」
王妃陛下が、ゆっくり目を閉じた。
「レオナール」
「はい、母上」
殿下は、王妃陛下には反射で返事をした。
頭部装具なしで。
「頭を下げる時は、先に固定なさい」
「学びました。代償は大きいですが、忘れようがありません」
「一つ賢くなりましたね」
「母上、その言葉は今、とても刺さります」
控え室の侍女たちは微笑まなかった。
誰も、微笑まなかった。
ただ一人、若い侍女の肩が、ほんの少しだけ震えた。
クラリス侍女長が、静かに一歩前へ出る。
「体調不良でございます」
嘘である。
だが、職務上の優しさだった。
王妃陛下は何も言わなかった。
私は頭部装具を慎重に持ち上げ、侍従へ渡した。
「保管状態は良好です。落下時の損傷も見当たりません」
「だから今、それを確認するな。いや、損傷がないのはありがたい。ありがたいが、確認の順番が私の心に優しくない」
殿下は低く言った。
だが、怒鳴らなかった。
かなりすごい。
侍従は震える手で頭部装具を受け取り、殿下へ戻す。
殿下は、背筋を伸ばしたまま受け取った。
顔は赤い。
耳も赤い。
頭部は、かなり心細い。
それでも、殿下は逃げなかった。
装具を自分の手で載せ直した。
鏡を見る。
右。
直す。
左。
直す。
中央。
今度は、侍従に聞かなかった。
自分で見た。
「中央だな」
小さく、殿下が言った。
侍従が静かに答える。
「職務上の事実として、中央でございます」
「なら、よい」
殿下は息を吐いた。
その息には、屈辱と安堵が半分ずつ混じっていた。
私は台帳へ記録した。
王族品位維持頭部装具。
礼法時、固定不足により脱落。
落下後の損傷なし。
今後、深礼前の固定確認を推奨。
「その記録は残るのか」
殿下が聞いた。
「残ります」
「削れないか」
「事故防止記録でございます」
「事故か。確かに事故だな。二度と起こしたくない」
とても切実だった。
王妃陛下の応接室へ戻ると、確認書の最後の項目が追加された。
王太子殿下の健康維持、正常。
発言前思慮補助三倍、継続。
自尊心確認時自然微笑み補助、再契約不可。
装具角度確認は、鏡および職務上の事実回答で対応。
頭皮関連照会箱名称、現状維持。
王族品位維持頭部装具、固定確認を推奨。
「最後の項目は必要かしら」
王妃陛下が言った。
「現物落下を確認いたしましたので」
「そうね」
王妃陛下は署名した。
私は控えを受け取る。
王城の窓から、午後の光が差し込んでいた。
来た時と同じ光だ。
何も盛られていない。
けれど、少しだけ違って見えた。
王太子殿下は、まだ頭皮箱の名前を気にしている。
頭部装具も、これから何度も右へ寄るかもしれない。
謝罪も、理解も、まだ始まったばかりである。
けれど、少なくとも今日は、人の微笑みを鏡にしないと決まった。
そして、頭を下げる時は先に固定することも学んだ。
それだけで、王城の廊下は、少しだけ歩きやすくなった気がした。
帰り際、王太子殿下から小さな封筒が届いた。
早い。
私は嫌な予感とともに封を見た。
差出人は、王太子レオナール殿下。
件名は。
『礼法時における頭部装具固定補助の必要性について』
私は封筒をセドリックへ渡した。
「頭皮箱へ」
「頭部装具でございますが」
「頭皮に近いです」
「承知いたしました」
分類は、ときに広い。
馬車に乗る前、私はもう一度だけ王城を振り返った。
白亜の城は、以前より少し静かだった。
侍女の皆様は、無理に微笑まなくてよくなった。
王太子殿下は、鏡を見るようになった。
頭部装具は、一度落ちた。
そして頭皮箱は、また少し増える。
進歩とは、時に箱と落下を伴うものでございます。
【あとがき】
ここまでお読みいただきありがとうございます。
第13話は、王太子殿下との再会回でした。
頭部装具は中央でしたが、礼には固定が必要でございます。
自然な称賛は、再契約対象外でございます。
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