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6.通院疑惑

 見失った――気づいた時にはもう、黒竜の背中は消えていた。


 翼の傷を克服した夫は、シオン最速のはずのボロネロを撒いてしまったのだ。


『たぶん、人型になって建物入った……後妻、どうする?』


 どうするも何も、追いかける以外の選択肢はない。


「ボロネロ、ありがとうございます!」


 あとはひとりで探すと言い、レンガ道へ下ろしてくれた青竜に背を向けた。


『うん。後で追加のキノコーヒー、よろしく』

「うぅ……こればかりは仕方ないですわね」


 領主権をゲルダから完全に取り戻したとはいえ、グロウサリア家(うち)はまだ裕福とは言えない。


「必要経費だ」と自分に言い聞かせながら、異種族たちでにぎわう町を走り出したところ。


「そんなに走って平気かの?」

「……っ」


 耳元にかかる吐息に、心臓が止まったかと思った。


 固まった首で、おそるおそる振り返ると――異種族の中でもひときわ目立つ燕尾服の少年が、牙をのぞかせ笑っている。


「あ、アレスター……!?」


 このショタじじ吸血鬼――私を文字通り瀕死に追い込むのは、いったい何度目だろうか。


「おお、すまぬ! 朝っぱらから屋敷を出て、町で何をしているものかと思ったのでな」

「だからって脅かすことは……って、今はドラグ様です!」


 買い物袋を抱える彼の腕を引き、「探さなきゃ」と走り出したところで。


「主人なら、先ほど医者のところへ入っていくのを見かけたぞ?」

「え……?」


 ドラグが医者にかかるなんて、どういうことだろうか。

 しかも、浮気未遂現場(ボロネロのツノ磨き)を見られた直後に。


「ツノ磨き……」


 ふと、言葉が口から滑りでた瞬間――。


『グッ』

『あっ、すみません……! 痛かったですか?』


 昨日の、ツノ磨き中の会話が頭をよぎった。


「まさか……」


 ドラグはこれまで、何でもないと言っていたが――本当は、私の過剰なツノ磨きに耐えていたのではないか。


 バラバラだった違和感が、ひとつに繋がる。


 ツノ。弱点。医者。


 気づけば走り出していた。


「奥方殿! よく分からんが、ひとりで平気か?」

「ええ! アレスターは昼食の準備をお願いいたします!」


 シオンの町中にいる医者と言えば、あのスライムしかいない。


 もはや目をつぶっていても歩ける町を駆け抜け、儲かっていそうな外観の医院に飛び込んだのだが――。


「えっ、守秘義務……ですか?」

『いくら竜の奥様といえども、こればっかりはね。ウチも信頼でやってるから』

「……そうですか」


 この先生、スライムなのに口が堅い。

 

 先生は『患者さんが詰まってるからね』と、診察室の壁の隙間から出ていってしまった。

 ドラグは入れ違いで、お屋敷に帰ったという。


「どうしよう……」


 屋敷へ向かう足取りが重い。


 これは本当に担降り(りこん)案件になるのではないか――。


 でも今の私には、元の世界で廃課金したゲーム知識や、ブラックハウジング会社で得た経験くらいしかない。


「慰謝料なんて払えない……って、ちがうちがう」


 今はそんなことを考えている場合ではない。


「ドラグとちゃんと話さないと……」


 いつもより何倍も重い玄関の扉を、そっと開けると。


「おお、帰ったか! 主人は部屋にこもっておるぞ」


 迎えてくれたのは、さっき町で会った当家の執事だった。


「アレスター……」


 竜の巣での出来事に加えて、医者にかかるほどの傷。ドラグが引きこもりに戻るほどの衝撃だったのだろう。


 謝って誤解を解くだけでは、済まないかもしれない。


 カーテンを閉め切った部屋にひとりで居るドラグなんて、もう何か月も見なかったのに――あの姿を想像するだけで、目が熱くなってくる。

 

「あの嫉妬以来じゃな」

「え……?」

「ほれ、お主がどこぞの冒険者に求婚された時のことよ」


 そういえば。ギルドを創設したばかりの頃、そんなこともあった。


「あの時と同じならば、同じように部屋を訪れてやったらどうじゃ?」

「……そうですわね」


 ふわふわと飛ぶアレスターに背中を押され、ドラグの寝室前まで来てしまったが。

 いつまで経っても、扉を叩くことができない。


「前の時って……」


 この部屋に入った瞬間、襲われそうになった覚えがある。

 あの時にしたのが、事故でも何でもない、実質彼との初キスだったのだ――忘れるわけがない。


「……ドラグも成長したし」


 信じよう――。


 扉を叩こうとした手を下ろし、深く息を吸った。


「ドラグ様、失礼します」


「達者でな!」と、アレスターの物騒な言葉に見送られ、部屋の中へ踏み出すと。思った通り、部屋は真っ暗だった。


 カーテンが閉じているにしても、相変わらずこの部屋は暗すぎる。


「ドラグ様……どこですか?」


 あちらは夜目が利くのだから、ズルい。

 こちらも暗闇に浮かぶはずの金色の瞳を見つけてやろうとしていると――。


 ふと、背後からの息遣いを感じた。


『グルルルル』

「……!」


 肩先に何かが触れ、身体が倒れていく。


「ドラグ――」

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