3.前妻はスーパーモデル
「……装備よし、手土産よし!」
「竜のことは竜へ」と思い立ち、“竜の巣”の入り口まで自力で来たは良いものの。
晴天の崖を飛び交う竜たちは、私など目に入らないかのようだ。
「やっぱりまだ、認められてないのかな……」
ドラグの本家グロウサリアと、“彼らの長”の分家ノクサリア――なんやかんやあって和解したとはいえ。
それでも、「ツノ磨き」について彼女に訊ねるまで、お屋敷には帰れない。
「こうなったら……」
いっそ手土産を開封して、鼻の良い彼らを匂いで釣るか――。
ギルド&カフェで包装してもらったコーヒーを、取り出そうとしていると。
『後妻……?』
ボソボソと声をかけてきたのは、青い鱗の小柄な竜。
あのスマートな身体と顔の良さは間違いない――ドラグの従兄弟その1だ。
「ボロネロ! ちょうどいいところへ来ましたわ」
『後妻、キノコの匂い、美味しそう……』
話がちゃんと通じるかは、毎度のことながら微妙だが。彼なら、彼女のいるノクサリア家の屋敷へ連れて行ってくれるかもしれない。
『これ……やっぱり、キノコーヒー?』
ボロネロは私の抱える包みに鼻を近づけ、ふんふんと匂いを嗅いでいた。
「さすがですわね! こちらシオン領名物、ノーム族マスターが厳選したキノコ入りコーヒーです」
これを彼女――前妻さんに届けたい、と話したところ。
彼は細い翼を広げ、『乗って』と背中を首で指した。
「まぁ……ありがとうございます!」
何とか足はゲットしたが――やっぱり少し、胸が騒ぐ。
ひとりで、あの前妻竜のところへ行くのは今回が初めてだから。
それでも。
「担降り」を避けつつ、至福の「ツノ磨き」を守るためなら、手段を選んではいられない。
『で? 後妻さんはスキンケアもまともにしないで、朝から何しに来たのかしら』
巨大な洞窟の中に埋まる、紫とピンクの豪奢なお屋敷。
その門前で、赤い雌竜が鱗を研いでいた。
威圧に負けてはいけない――あくまで私が領主家、ドラグの現妻なのだから。
「ご機嫌よう前妻さん……その、今日はゲルダにご相談が」
『なぁに? アタシは朝のルーティンで忙しいの。今日も朝からキャバレーで――』
こちらを見ようとしないゲルダに、手土産を差し出せば。
彼女は包みと私、そしてここまで連れてきてくれたボロネロを順に見て、ため息を吐いた。
『……珍しいじゃない、アンタがアタシを頼るなんて』
長いため息の直後、彼女の身体が縮んでいった。
赤い鱗は薄っすら赤みを帯びた肌へ、まっすぐな一本ツノは滑らかな額へと変わっていく。
やがて人型に戻った彼女は、豊満な身体と燃えるような赤髪を揺らした。
「スーパーモデルの変身シーン……課金しなきゃ許されないレベルだな」
「あら、なんか言った?」
「それより」と、彼女は私の手から包みを引ったくり、屋敷の中へ通してくれた。
「まさか、あの引きこもりと喧嘩でもしたんじゃあないでしょうね?」
「ええと……そうではないのですが」
そうとも言い切れない――と、呟くと。
ゲルダは太い眉を吊り上げ、「アレは返品不可よ」とリビングのドアを開けた。
「ほら、座りなさい。ボロネロ! アンタはお茶淹れてきて」
「……後妻、聞いた? ゲルダ、夫遣い荒い」
「さっさと行きなさいな!」
ここの夫婦も相変わらずだが、これで成り立っているのだから結構なことだ。
「それで、どんな喧嘩なのよ」
「ええと……」
今更ながら、なんだか恥ずかしくなってきた。
よく考えたら、「私は竜のツノフェチです!」と公言するようなものだ。しかもドラグの前妻に。
「そんなに言いづらいことなの? 言っとくけど……アタシと引きこもりが籍入れてたのなんて、せいぜいひと月の間くらいよ」
それは、この世界に来たばかりの頃ドラグから聞いた。
「だから、大したことなんて言えないわ」
「それが……そうじゃなくて」
ドラグの元妻というより、竜人として教えて欲しいことがある――そう言って、彼女の一本ツノをチラ見していると。
「ああもう、ハッキリしなさいよ!」
「……っ!」
マズい、赤い粒子が彼女の周囲に漂いはじめた。
あのフェロモンに触ったら最後――彼女に貢ぎまくりの廃人間にされてしまう。
「実は……その、ツノが!」
「…………ツノ?」




