表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

2.仕返し、ですか?

 陽が落ちはじめる頃。

 あの執事なら、そろそろ起きているはずだと探しに向かったのだが――。


「アレスター! キッチンにもいない……?」


 ドラグのツノ磨きに対する、微妙な反応のわけを訊きたかったのに。


「まだ起きてない……なんてことはないか」


 寝室代わりの棺桶にも、シャワー室にも気配を感じない。


「あの“ショタじじ吸血鬼”まさか……いや、買い物かな?」


 何百年もグロウサリア家に仕えている彼が、今さらサボるなんてあり得ない。

 彼の推しである“歌姫(セイレーン)のショー”が、夕方から開催でもない限り。


 玄関掃除をしつつ、帰りを待つことにするか――。


「箒は……昨日、談話室に置いたかな」


 執事以外使用人のいない当家は、領主夫人だろうと働かなければならない。


 すっかり着慣れたエプロンをドレスの上から身に着け、談話室へ向かっていると。


「なるほどのぅ」


 今の低音は――。


「アレスター……?」


 それに。


「うん。だから、どうしたらいいかな……って」


 談話室から漏れるもうひとつの声は、推し(おっと)の沈んだ声。


「もう、ふた月は我慢してて……正直、気が狂いそうなんだ」


 何だか深刻そうな話をしている――。


 とっさに息をひそめ、扉に背中を張りつけた。

 

 ガタガタと、棚やテーブルを動かす音が聞こえる。

 いつもの掃除中みたいだが――話は、いつもの雑談ではなさそうだ。


「ワシも分かるぞ、その気持ち。自慢の牙をそんな風にされたら……うっかりガブっといってしまうじゃろうな」

「うん、だから……」


 仕返ししたい――。


 ドラグの低い声に、肩が跳ねた。


「え……」と、心の中の声がこぼれた瞬間。


「あれ……エメル?」

「……!」


 マズい。

 考えるより早く、足が廊下を駆けていた。


 だいぶ談話室から離れられたけれど――ふたりとも、追ってきてはいないみたいだ。


「はぁはぁ……ん? なんで私、逃げてるんだろ」


 来たばかりだと言えば良かったのに。


 やはりアレか。

『仕返ししたい』――直前に聞いたドラグの声が、まだ頭を回っているせいだ。


「どういう意味だったんだろう……」


 たしかその前に、アレスターは「自慢の牙をそんな風にされたら……」と言っていた。


「まさか!」


 あれはツノの話だったのだろうか。


 仕返ししたくなるほどに、私のツノ磨きが嫌だった――?


 絨毯を踏みしめる足が、ついに止まった。

 

「でも、あれは……」


 私にとっての、推しへの奉仕――ではなく、夫への愛情表現のつもりだった。


 元の世界ならば大罪に値する、推しとの密着・認知・結婚。それに耐えられない虚弱な私が、せめてもと思って実行している――というのは言い訳だ。


 あのツノを磨くことでしか得られない、“幸せ成分”を摂取しているのだから。


「いったいどうしたら……」


「人の嫌がることをしてはいけない」と、元の世界の両親から教わった。基本道徳は履修済みだ。

 でも、あれに一生触るななんて言われた日には――いくら私でも立ち直れない。


「待って、でも……」


 本当に、あの行為が竜にとって“嫌なもの”かどうかは、まだ分からない。


「うーん。竜のことなら竜へ、かなぁ」


 こうなったら、手段を選んではいられない。


 自室へ駆け込み、無駄に大きなクローゼットを開いた。

 “竜の巣”の崖地帯でも耐えられる、厚めのコートを装備するために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ