第6話【3】
「ラブ助、また今度だ。風間さん、出してください」
赤羽神社前にて灰色のワゴンが停まり、一人の心霊保安官と一人の女刑事を降ろす。神社の責任者の気配に気づいたのは神社の守護精霊、アカバネノカミだ。
「こんどぉー、大変じゃ! 大変じゃ!」
右胸に心臓を持つ近藤愛之助は参道から駆け寄る巫女少女姿のカミに気づく。
「カミちゃま、どうしたんだ?」
「一平が刺されたんじゃ!」
「え、一平ちゃんが?!」
仰天するカウボーイに、女刑事はビクッと肩が跳ねた。
左胸に心臓を持つ白石美空にカミは見えていない。
「いきなりどーしたんですか、近藤さん?!」
車中にて近藤と勇月と話したからか、表情に生気が戻っていた。
道すがら、飲み干したエネルギードリンク二本の効果かもしれない。
「カミちゃまが、一平ちゃんがスズメバチに刺されて赤羽病院にいるって」
「え、スズメバチ?!」
二人は直ちに病院へと踵を返す。とはいえ、病院は神社と目と鼻の先だ。向かいに赤羽中央公園がある。祭りの際に近藤が白虎の戦士と戦った魔界があった場所だ。
「兄貴じゃないですか?! それに姉御も」
「た、隊長……すみません……」
「なんでまたスズメバチに刺されたんだよ」
救急外来の病室で点滴を刺され、辛い表情で横たわる水色袴姿のメガネ男子、林手一平がいた。傍らには同じ袴姿のグリーンパーマの芦田聖夜が付き添っている。
「駅前にいたら、スズメバチの巣を駆除してくれって相談がきたんです」
「どういう相談だよ」
「兄貴がいろんな相談を受けるからじゃないっすか」
「俺のせいかい」カウボーイは口をへの字に曲げる。
「俺は虫嫌いなんで、一平に任せたらこの有様です」
「まさかレッドゴリラではなく僕を刺すとは……恐るべし、スズメバチども」
ゲッソリとした患者が語る。医者曰く、本日は安静にしなさい、とのこと。
「隊長……お願いがあるんです……」
「なんだよ、一平ちゃん。ゴリラの写真集でも買ってきてほしいのか?」
「それもあるんですが……スズメバチの巣、まだあるんです」
「えぇ?!」
「僕の仇を討ってください……」
悔し涙を流す部下だ。「駆除したことねーよ」
赤羽の地域住民に好かれようと近藤は様々な相談に応えてきたが、スズメバチの巣の駆除は初めての経験だ。ハットの顎紐を指先でこねる。
そこに動物図鑑を抱えた小太りの中年女性が現れた。
「すみません、病院の売店にゴリラの本がなくて、動物図鑑を買ってきました」
「……こちらの方は?」
聖夜がいう、「依頼者の関せきさんです」
関淳子せきじゅんこは図鑑を手渡しながら頭を下げた。近藤はそれを白石に渡す。
なんで……と困惑する白石だ。
「すみません、神社の方に相談したばかりに」
「いえいえ、困った人を助けるのがラブヘルパーですから」
「やっぱり、警察に電話すべきだったんですかね」
白石は自身が赤羽署の刑事であることを名乗りつつ、
「警察では駆除していません。たしか北区の場合は区役所に電話して、業者派遣だった気がします。駆除費用は自己負担だったような……」
スズメバチの巣を駆除する場合、まずは市町村区役所に電話しよう。
「そーなんですね……私、神社の方なら大丈夫だと思って」
「隊長……仇を……」
「わかりました! 駆除しましょう!」
「兄貴、大丈夫なんすか?」
「麻酔弾でやってみて……ダメなら業者に頼んでください」
刺されたくないのが本心のカウボーイは関宅へと向かう。
地下鉄南北線志茂しも駅のそば、広い庭で樹木が生い茂るレンガ調の関家があった。
東京第一大学の研究者だった夫の祖父方が建てた家と話す関淳子は望遠鏡を覗きながら、家庭菜園の傍ら大きな木の枝にぶら下がるスズメバチの巣を指さす。
「あの二股の木の枝に……ほら、ハチが飛んでます!」
手をかざして目を細める近藤は木の枝にぶら下がる巣を確認し、愛銃の7インチバレルのマグナム442型サムライイーグルを構え、そして麻酔弾を一発撃った。
「当たりました?」
銃声に両耳を抑えた白石が尋ねる。
「近づかないとわからないっすね……」
望遠鏡で様子を見ながら、数分時間を挟んで巣に近づく。
どうやら当たったようで、ハチたちが地面に散らばっていた。
近藤は家主の許可を取り、巣を枝ごと高枝用ハサミで切り落とし、そのまま土に埋めたカウボーイに、
「カウボーイさん、頼みがあるんですけど、いいですか?」
一部始終を目撃していた関の息子、中学生で坊主頭の竜平りゅうへいが近藤に何かを依頼した。骨折しているのか、右腕を三角巾でつっている。
「頼み? なに、まだ巣があるの?」
「違います違います。あの、これを見てほしくて……」
ポケットからネックレスを取り出した。蝶をモチーフにしたものだ。
「春休みに池袋で買ったんですけど……それから不幸が続いて、気味が悪くて」
「不幸……?」霊眼となった近藤が手に取る。
すると、彼の霊力に反応したのか、一羽の黒い蝶がそのネックレスから現れて曇り空へと羽ばたいていった。「なんだ、あの蝶……」
「やっぱり悪霊が憑いていたんですか?」
「そうかもしれない……」
「えー、マジかよ?!」
不安がる竜平に、カウボーイが思慮を巡らすのを止めて微笑んだ。
「冗談だよ。でも、蝶の霊がいたのは本当だよ」
「なんすか、人が悪いっすね。本気で悩んでいたんですよ!」
頬を膨らます中学生だ。「もしかして、その右腕のこと?」
「そーなんすよ。中学で野球やってて、四月初めに大会があったんですけど、日曜日に自転車乗っていたらコケちゃって、骨折して出られなかったんです」
「それは災難だな」
「でしょ! しかも、弟の小学校で飛び降り騒動が起きたじゃないっすか。赤羽でめちゃくちゃ事件が起きていたし、このネックレスのせいかなって」
「いやー、気のせいだって。ちなみに、このネックレス借りていい?」
「てか、あげます! 怖いんですもん、それ!」
「わかった。じゃあ、一応、この家をお祓いしとくね。塩ある?」
近藤は関親子と白石が見守る前で、盛り塩と御朱印でのお祓いを済ませた。
病院へと戻る道すがら、ネックレスの蝶を見つめる近藤に白石が尋ねる。
「ぬいぐるみ事件もそうですけど、そのネックレスにも悪霊が?」
「悪霊なのか、善霊なのかはわからないんですけど、蝶がねぇ……」
「蝶……車の中で話した女のことですか?」
ドキリ、近藤の足が止まる。
「誰が聞いているかわかりませんし……あれは、護神庁の車?」
赤羽神社の前に、リムジンを改造した特殊車両が停まっていた。
「こ、こんどぉー!」
鳥居の向こう参道からアカバネノカミが駆け寄る。デジャブだ。
「カミちゃま、誰か来ているのか? 土方さん?」
「違う! 桃ノ宮もものみや様じゃ!」
「ちょ、長官?!」
「今、本殿にいらっしゃる。愛之助、お主に会いに来たのじゃと」
カミに連れられて、境内本殿へと大慌てで向かう近藤だ。
本殿の静寂な空気は神聖さが混じり、聖域のよう心霊の一切の穢れを許さない。
深紅色制服の心霊守護官二名が護衛する中で、桃の家紋付き白袴姿の老人が車いすに乗って、二頭の龍が絡み合う大きな鏡、龍鏡の前でカウボーイを待っていた。
「よう、久しぶりだな。反逆者のクソガキ」
護神庁長官、桃ノ宮園太朗もものみやえんたろうは口角を上げた。軽く右手をあげて挨拶される。
「そこでいい。座れ」
「桃ノ宮長官、ご無沙汰しております」
畏まる近藤はハットを脱ぎ、正座で応対する。
「そんな堅苦しい挨拶はいらねーよ。女刑事は外にいるな?」
「白石警部ですか。いますが……」
「中に入れてくれ。お前たち二人に頼みがある」
緊張の面持ちで並び座る心霊保安官と警察官に、桃ノ宮は気になったことを話す。
「反逆者のガキ……お前、何を持っている?」
「何って……」
近藤はズボンに手を突っ込む。中には先ほどの蝶のネックレスだ。
「それだ。ちょっと見せてくれ」
不思議がる女刑事は近藤に目配せする。男は口を一文字に結んで渡した。
ネックレスを親指と人差し指で軽く掴んだ老人は目を細める。
「どこで手に入れた?」
「えっと」説明するのが難しい。「近隣住民からスズメバチの巣の駆除を依頼されまして。そのお宅の子供が池袋で買ったと聞きました」
「スズメバチの駆除とは農業アイドルかよ。しかし、池袋か……」
ぶらぶらと蝶を揺らす。皺が目立ち、いかめしい顔つきへと変わっていく。
「あの、長官、何か……」近藤が不安がった。
「いや、気にするな」
笑みを浮かべた。サングラス姿の女性守護官に渡す。
「それで本題だ」車いすの肘当てで頬杖をつく。
「お前さんらは、付き合っているのか?」
二人が顔を見合わせ、全力で白石は首を振った。
近藤が答える。「赤羽を守る心霊保安官と刑事なだけです」
「そーです、そーです! 恋愛感情など酸素ほどもございません!」
それはそれは、と隣の男の心が密かに傷つく。
「そうか……残念だ。だが、あの子の記憶を取り戻すには、赤羽で暮らすのがいいとワシは思うんだよ。どう思う、カウボーイ?」
「あの子の記憶……?」
「話が前後してすまない。三船未来の件だ」
白石の背筋が伸び、頭が前のめりに傾いていく。気になるのだ。
「三日前に目が覚めたんだが、記憶がない。記憶喪失だ」
「記憶がない……?」近藤が呟く。
「大仏みてーな、あの眼のせいかもな。しかし……」
石のよう堅く動かなくなった両足を手のひらで何度も叩く。
「ネックレスの霊力……俺には覚えがあるんだよ。なぁ、ガキ……魔界で魔女と会ったんじゃねーのか?」
護衛二人が固唾をのみ込んだ。そして、懸念を伝える。
「長官、警察官の前です。場所をお選びください」
「んな細けぇことはどーだっていいだろうがッ!」
老人の一喝が護衛のサングラスと本殿の霊気を割った。境内の神馬が暴れるので、アカバネノカミが慰める。
老人の瞳は家紋の桃となり、虹彩が左右とも六色に変化した。六色の霊眼は天眼と呼ばれ、桃ノ宮は最強位の霊力を持つとされる。
「で、どうなんだ?」
近藤は瞼の裏でその魔女を浮かべた。「会いました」
「だろうな。何を話した?」
「病院で話した通りです」
「だが、お前は『魔女と会った』と話さなかった。背任行為か?」
冷や汗を垂らす横顔に、女刑事は意を決して会話の間を作る。
右腕一本挙げ、まっすぐな眼差しで長官に尋ねた。
「すみません、魔女ってなんしょうか? 教えてください!」
ガックリ、頭が垂れた護衛の二人だ。長官の気迫が彼らの霊力を蝕んでおり、白石の一言で緊張が解けたのだろう。
呆気にとられた表情から、再び両膝を叩いて笑い出す桃ノ宮だ。
「魔女って、大きな帽子をかぶって黒い服を着て、ホウキに乗るんですよね?」
「そうかそうか。警察官は魔女を知らないか。大和革命はわかるよな?」
「はい。そこで魔女狩りが起きたと……でも、都市伝説か何かですよね?」
困惑する女刑事に、近藤は告げる。
「都市伝説じゃないんですよ。魔女狩りは事実なんです」
「死神は人間の心臓を食うが、魔女はガキの脳みそを食うんだよ」
「え、脳みそ……」白石が絶句した。
「フィクションの世界では、だいぶ魔女は脚色された。だが、実態は違う。魔女によって、大和革命が起きたと言っても過言ではない。江戸幕府が倒れた理由だ。だが、ここで全てを話すことはできない。もしも知りたければお前たち、正義を果たせ」
「正義……とは?」近藤が恐る恐る聞き返す。
桃ノ宮は人差し指を二人に向けた。
「三船未来の記憶が戻るまで、ここ赤羽で守れ。それがお前たち二人への特命だ」




