第6話【2】
大國魂神宮は大和国時代初期に建立されたといわれる。
くらやみ祭りはその地域が武蔵国と称されていた時代から始まり、ゴールデン・ウイーク期間に開催される伝統的な祭りで、大和朝廷から無形文化遺産と認定された。
近藤愛之助が訪れた日、午前中はくらやみ祭りの中でも重要な祭儀『例祭』が執り行われ、午後六時からは『くらやみ』という由来となった『神輿渡御』が行われる。
これは大太鼓の響きと提灯の灯りとともに、八基の神輿が神社本殿から御旅所へと向かうものだ。
大和朝廷を支える三ノ宮の一角、桜ノ宮が管理する神社ともあり、都内神社に所属する心霊保安官、管理責任者は催事を手伝うしきたりがある。
しかしながら、近藤は赤羽おバカ祭りでの事件で負傷して入院していた。
退院したのは一昨日だ。右脇腹の傷により、シャワーで体を洗わなければならない。
病み上がりなので、祭りの運営委員会から祭りの手伝いは免除された。とはいえ、手持ち無沙汰は周りの保安官の視線が気になり、屋台のゴミ収集を自主的に行う。
午前中の祭儀が終わった。桜ノ宮の当主にして大國魂神宮の最高責任者、冠と袍を着用した正装姿の桜ノ宮清太朗が一休みしようと社務所へと向かっていた。
そのとき、近藤は一人でせっせと社務所の裏でペットボトルのゴミを分別していた。
群衆の中から一人、紺色スーツの若い女が声をかけたのだ。
「桜ノ宮様、少しお話を」
「そこの者、下がれッ!」
と、警護する心霊守護官と私服警察官がその女を取り囲んだ。
高齢の守護官が唾を飛ばすほど厳しい口調で警告した。
「この方を誰だと心得るッ! 気安く声をかけるのではないッ!」
「すみません……どうしても、話したいことが」
「え、白石さん?!」
怒鳴り声を聞き、近藤が脇から顔をのぞかせる。注意を受けているのは赤羽署の新米警部、白石美空だ。
「佐竹中将、この方は知り合いの白石警部さんです」
近藤より先に彼女をかばったのは、清太朗の孫にあたる桜ノ宮勇月だ。後方を歩いていた正装姿の彼が仲裁に入る。
「戌神様、ここは私の顔に免じて、無礼をお許しください」
祖父の顔を見せる戌神様は白石の顔に見覚えがあった。
「君は赤羽の……勇月、ここは君に任せる」
「感謝申し上げます」
戌神様は社務所の中へと入っていた。
近藤が白石のもとへと駆け寄り、ざわつく群衆の目から遠ざける。
社務所の脇、こぢんまりとしたベンチに彼女を座らせた。眠れていないのか、頬がこけて目の下にクマができている。
「白石さん、どうしてあんなことを」
群衆が祭儀の奉仕者へ声をかけることは禁止されている。
虚ろな表情で白石はポツリポツリと話す
「三船未来ちゃんのことで……戌神様にお話したいことがあって」
「何も突撃しなくても……」
現在、ウサギのぬいぐるみ事件で加害者遺族となった三船未来は護神庁の保護対象となった。なぜなら、彼女の額から第三の眼、別名魔女の眼が開眼したからだ。
その眼を目撃した白石には護神庁から一方的に緘口令が言い渡されている。
護神庁へと話に行こうにも、警視庁参事官から直々に止められ、その件を話す機会が与えられず、今回の強行策を実行した。結果、護神庁と警視庁の間に亀裂が入ったが。
座る白石を見下ろすよう立ち尽くすのは正装姿の旧友だ。
腕を組みながら告げた。
「白石警部さん、その子に関しては話せません」
やや口調が思い。近藤は死神案件なので話に踏み込めない。しかし、場所が変わればできる話もある。祭りの事件以来、白石と初めて会った。話したいことがある。
「白石さん、赤羽に戻りましょう。美味しいラーメンでも……」
「あれ、近藤くん?! もしや、その人が……?!」
屋台の休憩と相まって、社務所の騒ぎを聞きつけた小松もかが同僚と様子を見に来た。
「あー、面倒くせぇのが来た!」
思わず近藤は天を仰ぐ。尼僧たちは恋愛話が大好物だ。当然、近藤と白石の話を大島から聞いている。ただ、彼女たちは王子様も大好きだ。
「キャー、桜の王子様よ!」
と、小松の同僚たちは乙女心全開で冠を被る優男に瞳を輝かせる。
だが、小松だけは近藤とその女刑事を凝視している。
表で騒がしいからか、紫袴の老人が社務所から出てきて彼女たちを叱った。
とたんに静まる。慣れた様子で、勇月は後で写真を一緒に撮ると約束し、彼女たちを遠ざけた。だが、小松だけはその場に残る。近藤が話す女が気になるのだ。
「近藤くん……その人が例の人ですね」
きょとん顔の白石だ。艶のある茶色髪で百合のよう肌白く、ノーメイクでも遊びに行ける顔立ち、小松は可愛らしく手を丸め、妙に納得した眼差しでカウボーイに告げる。
「がんば!」
「なにが?」
「も~、この人ならともえだって、許してくれるよ」
「ともえ……?」白石は話がよくわからず近藤をちらり、
「余計なことを言うな!」と、その本人はご立腹だ。
「も~、照れちゃって! 祭りに呼んだんなら教えてくれよ~」
「ラブ助、まつもっちゃん、何の話だ?」
「気にすんな。めんどくせぇから」
「そうはいかない。白石さんのことはほっとけないだろ」
「え?! もしや三角関係……?」
その一言に衝撃を受ける自称恋愛研究家だ。
「まつもっちゃん、頼むから静かにして……」
「しねーよッ! こんなウマい話、おやつにぴったりなんだよッ!」
そこに噂を流した黒幕が登場する。ツーブロックにこだわりがあるものの、一千円カットにしか行かない男、大島翔太だ。大鳥居の屋台周辺の警備を担当している。
「勇月、そこで何を……って、近藤じゃねーか! それに、赤羽の女刑事も!」
勇月が振り向く。「ちょうどよかった、伊豆大島」
「地名で呼ぶなって。恥ずかしい」
「どうせ暇だろ? 近藤の代わりにゴミを頼む」
「はあ?! ふざけんじゃねーよ。なんで俺がゴミ収集しなきゃなんねーんだよ」
「相変わらず、大島君って器がちいちゃいんだね。コメ粒みたいだね」
「小松、またそんな風に陰口叩いてやがるのか? わかったよ、やるよ。だが、なんで俺が近藤なんかの代わりを」
「白石さんを赤羽まで送り届けるためだよ」
と、旧友が淡々と話す。大島は合点がいく。
「ああ……そういうことか。わかった、引き受ける」
「なんで納得できんだよ」近藤が慌てふためく。
「なんでって……そらなあ、小松なあ」
「近藤くん、がんば!」
「がんば、じゃねーよ」
「二人きりだ。しっかり、な!」親指を立てる大島だ。
「二人きり? それは聞き捨てならないな」
と、なぜか間に入る桜の王子様だ。
「ふ~、きたきたきたっ! 王子様のご登場だぜっ!」
鼻息荒く興奮する自称恋愛研究家だ。
「どういうことだ、小松」
「あれっすよ、あれ。ドロドロな感じっす!」
「え、うそだろ?!」大島の趣味は恋愛リアリティーショーを見ることだ。意外と恋愛事が好きなタイプでオシャレにも気を配るが、なぜかモテない。
「赤羽派遣が長かったから……それでか!」
納得する大島だ。女刑事が訝しげに尋ねる。
「あの……さっきから何を話しているんですか?」
「別に~、気にしないでください」
と、小松がにこやかに返し、勇月に目配せする。
「俺はただ、ラブ助が心配なだけだ。彼は狙われているんだよ」
「彼は狙われている……ええーッ?!」
小松の頭脳がフル回転する。そして導きだされた真実に両目を泳がせた。
「さ、三角関係ってもしや……うそ、そっち……サイコッ!」
小松は恋愛研究家を自称するだけあり、あらゆるジャンルを網羅している。むろん、同僚の尼僧たちもなかなかの知識を持っている。近藤をめぐる三角関係はかなり歪だ。
「送り届けるぐらいなら、六時の神輿渡御には十分に間に合う」
「OK! 近藤、ゴミはやっとくぜ!」
「近藤くん、とうとうモテ期が来たね。とことん研究させてもらうからっ!」
小松には絶対に相談しないと心に誓った近藤は、桜ノ宮勇月の計らいで、公安部車両に乗って憂鬱な表情の白石と赤羽へと帰ったのだった。




