第6話【1】
先週日曜日に祭りが閉幕した東京都北区赤羽は大型連休を迎えた。
ゴールデン・ウイークともあって、駅前に新しく設置された巨大な展示物を見ようと人々は賑わっていた。そのため、SNSでは連日その写真がトレンド入りする。
『ゴリスタル・カイザーのために初めて赤羽に来ました!』
『ゴリスタル、まじでクリスタルなゴリラじゃん!』
『かっけぇ……フィギュア出たら絶対に買うって!』
そう、彼らのお目当ては祭りで暴走したゴリラの人形だ。
とある国家霊道士、心霊公安官の氷の霊力によって氷漬けされたのち、『人生、楽しんだもん勝ち』が信条の赤羽のドンこと三橋光一郎みはしこういちろうが『駅前に置けばパワースポットになって人がいっぱい来るんじゃないか』というアイデアを閃いた。
取り巻きたちがそのアイデアを実現すべく、それを透明な六角柱の中に入れた。
こうしてレッドウイング・ゴリハルコンは、レッドウイング・ゴリスタル・カイザーに進化したのだ。
六角柱を取り囲む人々に感無量し、水色袴姿のメガネ男子がレンズを曇らす。
「こんなにもゴリさんを見に大勢の人が……ドン、ありがとうございます!」
「こちらこそ礼をいうよ、一平くん。赤羽駅前にも、観光名所となるモニュメントが欲しかったんだ。ゴリラが駅前にいるのは、ここ赤羽だけだろう」
ドンの日焼けした手を仏様のように両手で握るのはゴリラ人形の発案者、赤羽神社に所属する心霊保安官、林手一平はやしでいっぺいだ。彼は幼少期に動物園のゴリラに助けられてからゴリラへ並々ならぬ愛情を持っている。
「一平くんのおかげで街がより華やかになったよ。ありがとう」
「ドン、僕は赤羽に一生住みますよ!」
「なんと、うれしいことを! ラブヘルパーくんはすばらしい部下を持ったな」
彼の周囲を見渡す三橋は上官がいないことに気づく。
「ところで、そのラブヘルパーくんは神社か? 屋台のラーメンがえらく評判で、ぜひとも商店街でその店を出したいんだ……急にどうしたんだ、苦しそうに」
うれしすぎて嗚咽する同僚に代わり、緑髪にパーマをかける芦田聖夜あしだせいやが返す。
「兄貴は大國魂神宮おおくにたまじんぐうのくらやみ祭りで府中ですよ」
ドンは両手を叩いて思い出す。「くらやみ祭りは今日だったか。どれ、用事を全てキャンセルして久しぶりに行こうかな」
取り巻きの若い衆が尋ねる。
「くらやみ祭りって、そんなにすごい祭りなんですか?」
ドンが呆れた顔を向ける。代わりに真の実力者、長田稔ながたみのるが説明する。
「近頃の若者は知らないか。いいか、大國魂神宮は三ノ宮の一角、桜ノ宮様が管理する由緒正しき神社なんだ。赤羽神社とは雲泥の差があるぐらい格式が高い神社だ。近くには大國魂神寺院おおくにたましんじいんといった、武家の名門一家が眠る墓地があるんだよ」
大和合衆国の各所に設置された神社は、地域の心霊や精霊の拠り所だ。神社、神宮、神城しんじょうと格式が高くなる。最高位は大和朝廷の長、天守様が居城する大和江戸城やまとえどじょうとされる。
では、神寺しんじはどんな所といえば死んだ者の遺骨を埋葬する施設、つまり墓地だ。神寺は主にソウリョ系の心霊保安官が管理している。
その神寺にも神社と同じく格式があり、神寺しんじ、神寺院しんじいん、神聖堂しんせいどうと呼び名が変化し、中でも神聖堂は極悪人、殺人者や死神となった霊道士を収容する刑務所でもある。
ドンたちの会話に上がった坊主姿の心霊保安官、近藤愛之助こんどうあいのすけはその大國魂神寺院を訪れていた。大國魂神宮で祭りが開催されるためか、神寺院を訪れる人はまばらだ。
午前九時すぎ、神寺院の前で大仏様のよう印相いんそうを向けるカウボーイハットを被る男がにこやかに会釈する。
「前世がホームベースの男、久しぶりだな!」
「メンチカツ師匠に言われたくないですね」
「おいおい、メンチカツうどんの破壊力はチャーシューメンを超えるぜ」
「メンチカツうどんって邪道の邪道ですよね。コロッケそばみたいな」
「うめぇもんは、うめぇんだよ」
袈裟姿の男は印相を解き、広大な境内、飛行場ほどある墓地を案内する。
「まさに暴食の大罪じゃないっすか。鬼が懲らしめに来ますよ」
前日に連絡をした甲斐もあり、近藤を出迎えたのは島崎勇しまさきいさむだ。
大國魂神寺院に所属するソウリョ系の心霊保安官で階級は中佐、近藤に拳銃を教えた師匠であり、カウボーイハットが彼のトレードマークだ。ちなみに、ラブヘルパーの名付け親だ。
どうしてソウリョなのにカウボーイなのかは、幼少期に祖父と映画館で見たガンマンによる荒野での決闘が忘れられないから、だそうだ。
近藤は二つある手提げ袋の片方を差し出す。
「これ、お供え物です。赤羽で人気のアンパンです」
無邪気な子供のよう島崎は大げさに喜んだ。
「ワォ! 気が利くね、ラブヘルパー! 仏さんの世界では『善い行いは善い報いを生む』という教えがある。美徳のほかに、ちゃんと功徳も積んで……」
弟子を褒めようとしたとき、四年前にあげた帽子がないことに気づく。
「ラブヘルパー、俺があげたハットはどうした?」
「気づくの、おっそ! えっと……死神案件です。入院していた理由ですよ」
死神案件は心霊公安部の担当であり、保安官には緘口令が敷かれる。とはいえ、人の口に戸は立てられぬ、保安官内で真偽不明の噂がよく流れる。
「赤羽で出たって噂は本当なんだな、ゴリラの死神だっけ? SNSで話題だぞ」
「あれは死神じゃないです。一平ちゃんが作ったゴリラ人形ですから。駅前でクリスタルとなって飾られていますから」
「なにそれ、ゴリスタルってこと?!」
「ええ……衝撃ですよ。あれは一度見るべきですよ」
退院後、近藤は赤羽駅で目撃した。一言でツッコめないほど情報量が多かった。
「すげぇな。今度ベイビーちゃんと見に行くわ。ほら、ともちゃんの墓だぞ」
と、近藤は手提げ袋から線香とレモンを一個取り出し、亡き恋人の墓に供える。
『ストレス解消には、レモン丸かじりが一番だよ。近藤くんもやってみ!』
父親譲りの強気な声質なのに、童謡でも音程を外してしまうギャップが好きだった。カラオケで笑われても恥ずかしがらない屈強なメンタルも好きだった。
『笑いたいやつは笑え! ただし、稽古ではガチボコるからな!』
お前は笑うなよ、耳元でささやくドス声も今となってみれば恋しい。
三原みはらともえ、近藤が霊道院時代に交際していた霊道院生だ。三学年時にインターン先の神社で凶悪な死神と遭遇、激闘の末に死神とともに殉死した。
彼女の墓には三原家の家紋である左三つ巴が彫られ、墓石を挟むよう卒塔婆そとばと二本の刀が立て掛けられている。その一本は近藤が愛用した、右三つ巴を彫った刀だ。
ソウリョ式で合掌した近藤はゆっくりと島崎に振り返った。
用が済んだようだ。師匠の島崎は先を行く。淀んだ霊気を払おうと話題を振る。
「聞けよ、ラブヘルパー。今年の霊道院には、とうとう逸材が入ったぜ!」
「去年も『十年に一人の逸材が入った』って言っていましたよね?」
島崎は霊道院で拳銃を教える講師でもある。霊道院は大國魂神宮と神寺院を挟む形で建てられている。霊道院生はそこで勉学と研修を励み、霊道士国家試験を受け、合格後は護神庁所属の国家霊道士となるか、企業などに勤める民間霊道士となる。
「俺は江戸スポみたいに毎年言う詐欺師じゃねーぞ。そうだ、聞いてくれ」
と、何かを思い出したのか、堰を切ってプロ野球の贔屓チームを語りだす。
「去年のドラ1、十年に一人の逸材ピッチャーがさ、右肘の違和感で離脱しちまって、これでタイガースの先発投手陣が開幕一か月で三人も抜けてローテが大崩壊だよ。おまけにバリバリメジャーリーガーの新助っ人、ペーグヤンが打席に立つたび三振して、ジャイアンツファンから『三億円の扇風機』って煽られる始末だよ。どうなってんだよ、今年のタイガースは。弱すぎて神宮球場に行きたくねーよ!」
「じゃあ、行かなきゃいいんじゃないですか?」
「虎党の遺伝子に刻まれてんだよ、あの歌が。行って歌うのが義務なんだよ」
虎党と聞いて脳裏に浮かぶのは白虎の戦士だ。脇腹の傷が痛む。
近藤は話題を変える。プロ野球は詳しくない。
「でも、今年の競馬よりマシじゃないっすか? 今年のG1は一番人気が全部飛んで、荒れに荒れまくっていますから。『誰だ、あいつ』みたいな馬が勝って」
「あー、近藤くんじゃん! アンパン、ありがとーっ!」
「おー、松もっちゃん! 元気そうだね」
ホウキを抱えて笑顔満開で駆け寄る白頭巾の尼僧は小松こまつもか、愛称は松もっちゃんだ。近藤とは霊道院の同期生にあたり、ソウリョ系の心霊保安官で階級は少尉だ。
「もしかして、ともえに新しい彼女ができた報告にきたの?」
「はあ?!」寝耳に水だ。
「おいおい、ラブヘルパーさんよ。ともちゃんを裏切るのか?」
「裏切ってないですよ。松もっちゃん、冷やかすのはやめて」
「冷やかしてないよ! 昨日、大島くんから聞いたんだよ。『近藤が赤羽署の美人警部といい感じなんだよ』って」
あんの……ケチクソブロックマンがッ!
二人の同期生かつ心霊公安官の大島翔太おおしましょうたは赤羽おバカ祭り後、ここ大國魂神宮の祭りを警護している。
「ともえの親友かつ恋愛研究家の小松としては、刑事との恋愛はいかがなものかと」
「松もっちゃん、捏造しないで。そして広めないで」
「へ、なじぇに?」
「あのケチブロッカーが俺への嫌がらせで流してんだろ。あいつ、まだ俺が合格順位で上だったことを根に持ってんのかよ」
「なるほど! 大島くんって本当に器がちっちゃいもんね」
霊道士国家試験合格者順位で近藤は五位、大島は六位だった。一位から十位までの合格者は佐官待遇、護神庁心霊公安部少佐として入庁できる。だが、近藤は父親の金之助の件が影響して反発を招き、心霊保安部預かりで赤羽神社に配属となった経緯がある。
「赤羽で暮らしていくのなら、その警部と結婚するのもありだよな」
「結婚?!」小松のホウキが地面に落ちる。
「いやいやその警部さん、白石さんはキャリアですから。キャリアは全国各地に転勤が習わしですし、来年には赤羽署から他県に転勤しますよ」
「えー、キャリアの人って大変……遠距離恋愛じゃん!」
「それに俺……女の子を引き取ろうかと思っていて」
ぶーッ! 二人は盛大に唾を吹いた。
「こここ、近藤くん、結婚すっ飛ばして何を考えちゃってんの?!」
「ラブヘルパー、お前は赤羽のヒーローだろ? 魔王になってどーすんだよ!」
「俺は赤羽のヒーローですよ。ヒーローだから……その……」
赤羽おバカ祭りで魔界に幽閉された少女、三船未来みふねみくを救うべく、近藤はそこで白虎の姿をした戦士と戦った。そして、殺神隊のボスを名乗る魔女と出会う。名はヒミコ。
苦い表情で説明する。とはいえ、三船については全てを話すことはできない。
「赤羽でバラバラ殺人事件ってあったじゃないですか。その犯人の娘さん、家族がいなくなっちゃたんです。身寄りがいなくて、このままだと護神庁の施設で暮らすなら、俺が引き取って、赤羽神社のみんなで見守るのもありかなって。加害者遺族ですし……」
「護神庁の施設か……」
その単語に島崎の目が鋭くなる。ハットの顎紐を結び直す。
「赤羽で起きたウサギのぬいぐるみ事件でさ、俺のベイビーちゃんもウサちゃんを持っていて、思わずお祓いしたよ。その子にお祓いしたか?」
島崎は既婚者だ。今年の四月に幼稚園に入学した娘がいる。
「護神庁がしたんじゃないですか?」
「なるほど……てっきり近藤がしたかと」
会話の真意がわからない小松が二人の横顔を何度も交互に見る。
「荒川へ、ベイビーと釣りに行こうと思うんだが、何か釣れるか?」
「荒川で? そういえば……暇つぶしに公安官がスズキ釣りしていましたね」
「ほー、スズキが釣れるのか。その子と一緒に釣りをするのもいいね」
「でも、荒川の釣りはケガする人がけっこういて、危ないんですよね」
「へー、島崎中佐って釣りが趣味だったんですね」
小松が尋ねると、両手で釣り人のポーズだ。
「いーや、全然やったことねーんだよな、これが」
「何も釣れないと、ベイビーちゃんの好感度が落ちますよ?」
「ベイビーちゃんに嫌われたくはねーな。じゃあ、やめとくか」
「へ、なじぇに?」
「落語はどうです? 林手亭はやしでていの野ざらしは面白いですよ」
「野ざらしか……聞いたことねーな」
林手亭とは落語の一門だ。ちなみに、林手一平の実家でもある。
「近藤くんって、落語聞くの?」
「いーや、あんまり聞かない」
「へ、なじぇに?!」
「そーいうことだな、ラブヘルパー。暇なら祭りの準備を手伝ってくれよ。もうすぐ十時だ。都内の心霊保安官がうじゃうじゃ来るから案内ぐらいしてくれ」
「病み上がりですよ、俺」
「見るからに元気じゃねーか!」
と、肩を小突く島崎だ。
「じゃあ、手伝うので新しいハットをください。釣りの帰りに置いてきちゃって」
「帰りに……じゃあ、このハットをやるよ。次は忘れんな!」
ありがとうございます、近藤は師匠から新たな帽子をもらう。
持ち主のカウボーイがツルツル頭のせいか、少々湿っていた。




