第5話【7】
テレビ局の収録スタジオでは、昨日の騒動をめぐる討論が行われていた。
ゲストとして、護神庁から心霊保安部長の土方多歌子ひじかたたかこが出演している。ボーイッシュな髪型と鷹のよう鋭い目元が特徴だ。
ズバリが口癖の初老の司会者がストレートに尋ねた。
「土方さん、ズバリ、お聞きします。なぜ赤羽でゴリラ人形が暴れたんですか?」
土方は嘘偽りなく答えた。右手中指にはオリーブの指輪が煌めく。
「悪徳霊道士による悪戯でしょう。霊能力者が物体に自身の心霊を憑依させることを分霊といいます。心霊を物に憑依させることで遠隔操作できる技ですね」
「遠隔操作?! 伊波いなみさん、どう思われますか? ズバリ、どうぞ!」
大和合衆国で最高レベルと称される国立東京第一大学の教授が私見を述べる。
「あくまで私の意見ですが、やはり霊能力者の方には印が必要かと思われます」
「印とはなんですか? ズバリ、どうぞ」
「印とは民間人か霊道士、霊能力者かを見極めるサインです」
「意義あり」中指の指輪を見せるよう、右手を挙げたのは土方だ。
「お言葉ですが、教授。霊能力の有無で人体に何かしら施すのは、人権の観点から慎重な議論が必要です。昨今のカルト事情を鑑みて私見を述べられていると思いますが、普通の民間人、左胸の心臓でも霊能力に目覚めるレアケースがあるゆえ、公共放送で述べるのは慎重になられたほうがよろしいかと思います」
テレビ画面に映る女性初の心霊保安部長に、その車いすの老人は手を叩いた。
「教授が静まった。さすが土方くん、安心して見てられる」
「長官、『くん』ではなく、『さん』とお呼びください。もしくは『氏』で」
「もー細かいんだから、風間ちゃんは。この場合、風間さんか。面倒な時代だ」
「私の世代からすれば普通の感覚ですよ、桃ノ宮長官」
トイプードルのよう小柄な秘書官から諭される老人の名は、五代目桃ノ宮園太朗もものみやえんたろうだ。大和朝廷を支える三ノ宮の一角、桃ノ宮当主にして、石化した両足のために十二守護神将を統括する天将を退き、現在は桜ノ宮当主と入れ替わるよう護神庁長官を務めている。
「私は土方氏と呼んでいる。彼女の《鷹之剣》《たかのつるぎ》は老犬には厄介なんだよ、お猿さん」
と、持参したご自慢の桜餅を口にするのは桜ノ宮清太朗さくらのみやせいたろうだ。護神庁前長官で、現在は十二守護神将の一人にして天将を務める。
「それで、反逆者の息子はまだ眠っているのか?」
手土産の桜餅と、好物の桃餅を交互に頬張る長官が問う。
「まだベッドの上だ。なにせ出血多量でひん死状態だ。あと三日はかかる」
「りょーかい。で、その女の子の眼はどうなんだい?」
「お察しの通り、我らのご先祖様が戦った忌まわしき魔女の眼だ」
「大和革命か。俺らは生まれてねーからわかんねーな。魔女狩りの報復か」
「注目すべきは、その子が売国博士の子供だったことだ」
「待て。子供ってどういうことだ? いなかったはずだ」
「歌舞伎役者ならわかるだろう?」
男ならわかるだろ、そんな目配せに、園太朗はタオルケットを置く両膝を何度も叩いた。「うらやましいな、あの野郎が!」
だがしかし、石なのでカチカチに堅く、拳が痛くなった。
「あー、俺の足を石にしやがって……あの魔女が! クソをぶん投げたくなるわ」
両足はお多福の面をした御多福幸子の霊力により石化した。二年前に起きたGFE大和江戸城襲撃事件を鎮圧した勲章として庁内で語られている。
「ゴリラかよ。お前さんはお猿さんだろ?」
「あー、猿だが」残りの桜餅と桃餅を交互に平らげる。
口をくちゃくちゃ鳴らしながら、「猿で思い出した。日光のボス猿に怪しい動きがあった。カラスが一羽帰ってこない。どう思う?」
老犬の眉間に皺が寄る。「一羽……だけか?」
「一羽じゃねーなら戦争だわ。赤羽の件といい、何かを起こしている」
「その赤羽で起きたぬいぐるみ事件だが、御多福が近藤のせがれを殺神隊に入れたくて起こした事件と孫から聞いた。もしも、せがれと接触していたら面倒だな」
「そうさせないためのお前の孫だ。が、魔女の方が上手だったか」
「魔女と将軍が手を組めば面倒だ……なんにせよ大和合衆国となってもうじき節目の百年だ。その前にISCがあるか。敵はそこらじゅうにいるな。戦国時代さながらの戦乱だな、お猿さん」
「いーや、一千年だろうよ、ワンちゃん。不死山噴火まで長生きしたくねーな。勇者様が復活すれば、俺らで大和を守れるかわからんぜ……どうする?」
「勇者様……骸骨戦士に霊力が効くのか。どれ、琵琶湖文章を読み返すか?」
「いま?! いちいち開けたくねぇって、こんなゴツイ金庫」
長官室の壁には巨大な金庫が埋め込まれている。強力な呪縛と最新科学が融合した厳重なセキュリティをもって、長官自ら書物を保管しているのだ。
「とりあえず、十二守護神将を再編しねーとな。一度、江戸に集めるか」
清太朗も桜餅を食べ終え、秘書の風間から手渡されたおしぼりで手を拭く。
「ずいぶん弱気だな。なら、ガイアに行ったお前のせがれを呼び戻せばいい」
「老犬が元気すぎんだよ。あいつは大統領候補だ。左胸に心臓があんだから」
と、テーブルに飾る家族写真を眺めた。家族というより、桃の一族だが。
「売国博士を連れ戻すためじゃなかったのか?」
「残念、孝行息子じゃねーんだ。ガイアでカジノ三昧だと聞いているよ。まったく……ISCまでに殺神隊を潰すことを優先する!」
「仮面の件もあるからな。異論はない。神将たちには私が伝えおく」
「よろぴく」と、机の万年筆を手に取る。どこかへと手紙を記すようだ。
「そうだ、清ちゃん。この夏にガイアの魔法省から交換留学生の誘いが来た。若手の魔法使いにISCの警備研修をしたいと。可愛いお孫ちゃんを行かせるか?」
とたんに清太朗の顔が真っ赤に染まり、立ち上がって吠え出した。
「愛月は行かせんぞッ! あんな悪魔がのたうち回る国なんざ、ふざけんなッ!」
「んだよ、ジジバカ! じゃあ、梅の姫に話をすっからな。ついでに京都であのハゲと会ってくるわ。東京で魔女が出たぞ、と」
「なら、八つ橋を頼む。しばらく平安京には行っていないんだ」
「相変わらず仲が悪いですな、戌神様と酉神様は」
ため息一つ、西郷達彦さいごうたつひこ大統領へと筆を走らせた。




